8:手錠と媚薬と玩具(★)
「な、なぁ、これ……何?」
「手錠だ」
キースは呆気にとられた。服を脱いで寝台に上がれという部分までは、数少ない――正確に言うならば、昨日一度だけ経験があったから、理解できた。そうしたら、ハロルドが、それまで寝台の飾りだと思って過ごしてきた銀色の鎖と、ベッドサイドの棒にはめられていた輪っかを手に取り、キースの手首のそれぞれにはめたのである。
「なんでそんなものがベッドについてるんだ?」
「この部屋を使ってきた歴代の王族が、変態だったということだろう」
「へ!?」
こうしてキースは、両腕を広げる形で拘束された。その前で、ハロルドが瓶を手に取る。昨日ベッドサイドにあったものとは異なる。ハロルドが用意していた香油――正確に言うならば、媚薬である。彼が広く展開している店の一つには、大人の玩具の専門店等もあるのだ。後孔からしか吸収されないその潤滑油を、迷うことなく指に取り、あらわになっているキースの内部へとハロルドは塗り込めた。
少しひんやりしているが、媚薬だなどとは知らないキースは、唇を噛んで耐える。これもまた、王室業務の一環なのだと疑っていなかった。
ハロルドがキースの左の太ももを持ち上げながら、二本の指で、内部を暴いていく。たっぷりと、細い瓶がからになるまで、そうしていた。適量は二滴であるとハロルドは知っていたが、忘れたふりをしていた。
吸収までには、少し時間がかかる。その間にやることがあると、ハロルドは考えていた。その為、指を引き抜いてシーツで拭いた後、じっとキースを見る。それがキースにとっては恥ずかしい。照れているキースを見ていると、ハロルドは嗜虐心を煽られる気がした。
まずは革製の、黒金の輪をキースの根元にはめる。まだ、キースの陰茎は反応を見せていない。事態が全く理解できていないキースは、こういう性交渉もあるのかと漠然と考えていた。彼には、変態趣味の知識は皆無だったのである。
「まぁこんなものだな」
「……? これ、俺はどうすれば良いんだ?」
キースが首を傾げた、その時だった。
「!」
一気に、キースの全身が熱を持った。
「あ」
気づくと声が出ていた。限界まで陰茎が反り返る。出る、と、そう思った時、根元の拘束で止められている事に気がついた。
「あ、あ、あ」
ジンジンと内部が熱い。キースは何が起きたのか分からなかった。全身に、背筋に沿って稲妻が走り抜けていったのだが、ガクガクと体は震え、冷や汗もこみ上げてくる。暑いのに寒かった。
「うあああああああああ」
内部からせり上がって来る熱に、キースは叫んだ。無我夢中で首を振る。黒い絹のような髪が揺れている。青い瞳が涙で滲んでいた。手錠が揺れるたび、金属音が響いた。
それを見て気をよくしたハロルドは、ゆっくりと自分の服を脱ぎ始める。
「ダメ、ダメだ、嫌だ、何、うああああああああああああああ」
「どうして欲しい?」
「助けて!」
キースは本心から泣き叫んだ。するとハロルドが喉で笑った。
「こういう時はな、挿れてくれと、そう言うんだ」
「あ、ああっ、あ……ああっ、挿れて」
「随分とこらえ性がない新王陛下だな」
「いやあっ、だめだ、気が狂う!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしているキースを見て、ハロルドが嘆息した。
それから持参したカバンの蓋を開けた。中には、ずらりと張り型が並んでいる。
細いものから太いものまで、突起付きのものから、本物そっくりの感触のものまで。
さてどれを使おうか、そう考えながら、少し迷った末、魔力で振動する玩具を手にとった。つかつかとキースに歩み寄り、問答無用でそれを押し込む。
「あ、ああ……あ、何、何……な、あああああああ」
すんなりと入った中型の張り型は、入り切るとゆっくりと振動を始めた。その動きは、キース自身の魔力を吸い取り、徐々に早さを増していく。
「あああああああああああああ」
前立腺を突き上げられる形で固定され、早い振動に、キースは悶えた。容赦ない機械的な刺激が、強制的に快楽を煽っていく。媚薬の熱と相まって、すぐに理性は吹き飛んだ。だが、戒められているため、達する事は出来ない。代わりに何度も何度も中だけで果てさせられる。息が上がり、呼吸をするのも声を出すのも苦しくなったが、勝手に嬌声――というより泣き叫ぶ声が漏れる。
「もう、もう、ゃだぁっ――あ!!」
「だが、気持ち良いだろう?」
「うあ……ああああっ、やぁあああああ」
「出したいか?」
「出したい、あ、出したいッ」
それを聞いたハロルドが、小さく笑ってから、キースの前の戒めを外した。
瞬間、白い液が飛び散る。
「さて――どのくらい果てられるかな?」
「ああああああああああああああああ!!!」
ハロルドがそう言った時、玩具の振動がさらに早くなった。そのまま何度も何度もキースは前から放ち、中だけでも果て、現実認識が上手くできなくなっていった。夕食までの間それは続き、夕食の時間になっても終わらない。
途中でやってきた使者に、ハロルドが、今日の相手は自分だと告げて、追い返してしまったからだ。キースは、おぼろげにしか聞いていなかった。
そんなハロルドが中へと入ってきたのは、既に空が暗くなってからのことである。
既にほぐれきっていたキースの中が、熱く絡み付いてくる。
挿入された瞬間にも、キースは出した。それを見て気をよくしたハロルドが、ガンガンと腰を打ち付ける。
「玩具と私のどちらが良い?」
「あ、ああっ」
答えなど返ってこないと思いながら、ハロルドは聞いた。
「あ、ハロルドっ」
「!」
しかし甘い涙混じりの声が返ってきた。うっかりハロルドは果ててしまった。胸が疼いた。ドキリとした。
「――私の方が良いのか?」
「うん、あっ、ああああ」
そのキースの回答に、何故なのか、どうしようもなく満たされながら、ハロルドは荒くなった吐息を鎮める。そうして硬度を取り戻した後、一晩中キースを抱いた。
キースは、いつ自分が意識を失ったのかわからなかった。
目を覚ますと、やはりひとりきりで、すべてが夢だったような気になった。
だが手首に残る手錠の痕を見て、夢ではなかったと確信した時、真っ赤になった。
――なんだか、すごい事をしてしまった。
そう思いながら体を起こそうとして、非常に重い事に気がついた。喉も枯れている。
その日――キースは、初めて仕事を休んだのだった。