【一】第一王子殿下は俺様である(九歳)




 僕は魔術の名門、エゼキリア公爵家に生まれた。
 エゼキリア公爵家は、貴族の頂点の家柄であり、王家を除けばこれ以上上の爵位もこの国にはない。僕の母は現王妹であり、僕自身も王位継承権四位だ。一位から三位は、第一王子殿下から第三王子殿下である。ただ血縁関係にはあるが、絶対王政のこの国にあって、エゼキリア公爵家はただの臣下だ。

「カルナ。わきまえるように」

 たびたび僕は父に、このように言い聞かせられてきた。言われるまでもない。
 僕は生まれた時から、エゼキリア公爵家を将来継ぐ者として躾けられてきたのだから、間違いを起こす事は無い――と、自分に先ほどから言い聞かせている。

 というのも、本日は同い年の第一王子殿下であるゼルス殿下の、ご学友の選定があるそうで、僕はその候補の一人として王宮に招かれている。現在僕は九歳で、王立学院への月一での通学は、十歳になる年度から始まる。これは社交を学ぶために行われるので、貴族は強制通学だ。僕はご学友という立ち位置になってもならなくても、王立学院には同じ時期に入学する事になる。そもそも将来お仕えする君主でもあるから、ご挨拶をしておくようにというのは、両親や乳母、家庭教師の見解である。

 僕は内心で気合いを入れなおした。
 そして父と共に馬車へと乗り込んだ。王都邸宅から王宮へと移動し、普段は新年と生誕祭の挨拶程度でしか顔を合わせた事の無かった王族の皆様と、初めて子供だけで話をする事となった。僕は首元を直し、会場に入る。そこには僕の姿しかない。エゼキリア公爵家の人間は、必ず王家の方よりも早く会場入りする。理由は二つだ。一つは危険が及ばないように、事前に結界魔術を展開するためで、これは今後王立学院では僕が担う事になるもの、もう一つは忠誠を誓っている証明だ。世間に広く知られているのは、後者のみである。

「こんなものかなぁ」

 僕は脳裏に魔法陣を描き、無事に会場中に結界魔術を張り終えた。その後は、巨大な柱時計の秒針を眺めて過ごした。すると少しずつ貴族令息達が到着し始めた。ただ、誰も壁際にいる僕には近づいてこない。それは僕の爵位が高いせいだ。エゼキリア公爵家の人間に話しかけていいのは、王族のみという暗黙の了解があるのだと聞いている。よって僕が友人を得るとすれば自分から話しかけた場合のみなのだけれど、基本的に王族の皆様にご挨拶をしない段階で、僕が自分より爵位が下の相手に声をかける事はないので、入場と挨拶が終わるまで、僕は壁際にぽつんと佇む事となる。

 そこへ先に宮廷音楽家達が入ってきて、準備を始めた。
 ピアノやヴィオラの音が響いてくる。僕はそちらを一瞥してから、再び時計を見た。すると予定時刻ぴったりに、それまで閉まっていた奥の扉が開き、会場に緊張感が漂った。僕も含めて、皆が首を垂れる。皆様の入場だ。

 三名の殿下達を僕は思い浮かべた。
最初に入ってくるのは、基本的に第一王子のゼルス殿下である。その一歩後ろを第二王子・第三王子殿下が生まれた順で入場する。この三人は、全員同じ年なので、一括で護衛出来るのは非常に便利である。後宮制度が根付いているので、全員お母様は別人だそうだが。なお既に同性妊娠魔術が開発されて久しいので、性別は問われない。

「面を上げよ」

 ゼルス殿下の声が響いてきたので、僕もその通りにした。ここからは予定通りの挨拶開始だ。僕が一番先に挨拶をするのも決まりに等しいので、僕は迷わず前に進み出た。

「ご無沙汰いたしております、ゼルス殿下」
「ああ。久しいな、カルナ」

 僕が改めて頭を下げると、あまり興味がなさそうな淡々とした声が返ってきた。挨拶なので許しがなくても顔を上げてよい。僕はそれを知っていたので姿勢を正し、ゼルス殿下を見た。猫のような目をしている。

「息災だったか?」
「はい。お気遣いありがとうございます」

 いつもならば、これで終わりである。僕は続いて、第二王子殿下にご挨拶をするべく、そちらに視線を向けようとした。だが――……

「ああ、そうだ。カルナ、来年から王立学院への通学が始まるだろう?」

 ……――ゼルス殿下に声をかけられた。実際この場は、そのご学友選定の場であるし、僕もできれば選ばれるとよいというのが表向きの体裁なのではあったが……個人的には、それほどご学友になりたいという気持ちはない。ゼルス殿下でなく、第二王子殿下でも第三王子殿下でも、まぁ結果として友人が本日できなかった人物の補佐に回るようにと、それとなく言われているからだ。

「はい」
「無論、俺の手足となってくれるのだろうな?」
「エゼキリア公爵家の者として、いつでもお仕えさせていただきます」
「具体的には、ラズラ語の宿題を期待している」
「……かしこまりました」

 僕は一拍だけ間を挟んでしまった。ラズラ語は、隣のラズラ帝国の言葉だ。帝国は、この国と同じ大陸共通語と、現地に古くからあるラズラ語を会話で用いる。

 ゼルス殿下は、その宿題を、僕にやっておけと言っている。
 本来、優れた臣下を目指すのであれば、お諫めし、ご自身でやるように促すべきなのだろうが、僕は迷った末、引き受けた。ゼルス殿下は、昔から僕の言葉に聞く耳など持たないからだ。不機嫌にさせれば、首が物理で飛ぶ。

「もうよい。下がれ」
「はい」

 そう声がかかったので、僕は第二王子殿下と第三王子殿下にはご挨拶する機会を失った。次の挨拶予定者もずらりと周囲にいたので、僕は素直に壁際へと戻った。