【八】衝撃の事実






 半年の療養と準備を経て、僕は十七歳になってから留学した。
 帝国は過ごしやすくて、学ぶことも多かった。ついでにという事で、僕は回復魔術を学ぶことにした。リュクス殿下もほぼずっと同じ講義だった。僕はよい友人にも恵まれ、永住しないかと何度も誘われた。幸い国外追放処分ではなかったし、公爵家の両親からも戻ってきてほしいと手紙が届くので、やんわりと笑って濁しておいた。

「――あっという間だったな」

 僕は今日、二十歳になった。もうすぐ、貴族の義務の王立学院への通学のために、王国へと戻る。二十歳の内の一定期間過ごせばいいから、多少遅れることは許された。

「帰すのが惜しい。ただ――俺は、ゼルス殿下にも酷い事をしてしまった。もう裏切るわけにはいかない。だから、またカルナが戻ってきたいと思った時、場所を用意する係として、今は引き止めない」

 リュクス殿下はとても優しい。何度か僕に告白までしてくれた。本音かは知らないが。ただ、僕は断った。それをリュクス殿下は受け入れて尊重してくれた。本当に冗談だったようで、体の関係を求められた事もない。

「お世話になりました」
「いつでもまた来てくれ」

 こうして、僕は王国へと戻る事になった。
 旅を経てまずはエゼキリア公爵家に戻った。懐かしい王都邸宅では、両親が出迎えてくれた。僕はそこで、自分に弟が出来たという話を聞かされた。

「だからといって後継者を変えるつもりはないが、もし足かせとなるようならば、こちらの事は捨て置いて構わん」

 と、父が言っていた。僕は頷いた。
 母は何も知らないらしい。

 さて――王立学院へ戻るわけだが、僕には結界を張るという任務はもうない。だが……帝国でも様々な魔術を収めた結果、いざ新しい学び舎に足を踏み入れると、非常に気になってしまった。僕だったらもっと別の結界の展開をするのになぁ……。

 周囲がざわついているが、まだ入学時期であるから、遅れてきた僕が珍しいというわけではないと思っているが、どうだろうか。僕は久しぶりに着た王国の装束があまりなじまないなぁと感じつつ、空を見上げる。なんだか嘗ても王都にいた事が嘘のように、記憶が遠い。

 ただ思うのは、今度こそ、完璧にエゼキリア公爵家の嫡子として行動したいという事だ。もう悪役令息だなんて呼ばれるわけにはいかない。ゼルス殿下とも適切な距離を心がけなければならない。

 そう考えていたら、ざわつきが大きくなった。
 僕がそちらを見ると、丁度ゼルス殿下が歩いてくるところだった。周囲の関心の高さに納得した。僕は道の端によけて、他の人々と同じように腰を折った。作り笑いをして歩いているゼルス殿下が、僕の前を通り過ぎようとした。久しぶりだし気づかれないかな、と、そう考えていたら――ピタりと、僕の前を通過する直前で、殿下の足が止まった。

「っ、カルナ……?」
「――ご無沙汰しております、ゼルス殿下」
「戻ってきたのか?」
「ご命令の通りに」

 僕は忠実な臣下であるから、これが模範解答だろう。そう信じたまま頭を下げていたら、直後ふわりと良い匂いがした。抱きしめられていると気づいたのは、それから少ししてからだった。え?

「……会いたかったぞ」
「恐縮です」
「話したいことが山ほどあるんだ」
「ご公務の書類を押し付ける相談でなければよいのですが」
「っ……それもお前以外に相応しそうな人間は一人も見当たらないから、いずれは相談するだろう」
「どのような書類ですか?」
「――後宮を畳んだ。その残処理だな」
「え? またどうして……? これからこそ必要なのでは?」

 まだゼルス殿下に御子がいるという話は聞かない。僕が首を傾げると、ゼルス殿下が苦笑した。

「王妃は一人でいい」
「そうですか。既にご内定なさっているのですか?」
「ああ。俺の中では、九歳の時には内定していたが」
「え!? あの場に運命のお相手がいらしたのですか!?」

 帰国早々、衝撃の事実を聞いてしまった。

「俺はずっとそのつもりで話していたのだが、気づかれなかった」
「ええ。近くにいた僕ですら、微塵も気づきませんでしたからね」
「その後周囲に聞いてみたら、その者は、俺がその者で遊んでいて、その者を練習台にしていたと思っていたそうだ。最初から本命は一人だというのに」
「殿下は恋の噂が絶えませんでしたからね」
「ただの噂だ。相手の反応を見るために、俺が噂を煽った事さえあるが」
「殿下は噂の操作がお上手ですもんね。それで、どなたなのですか?」
「聞いてどうするんだ?」
「至急ご挨拶をして、忠誠を」
「不要だ」
「――エゼキリア公爵家には信用がございませんか?」
「違う。これからゆっくりと気持ちを伝えていく段階だから、まだ言わないというだけだ」
「いや、そこは、力押しの方がよろしいのでは? 埋められる外堀は全て埋めて、王妃様として迎えてから、愛情を注いでも遅くはないと思います」
「そうか? お前がそう言うなら、それも悪くないな」
「ええ。エゼキリア公爵家の人間として、ぜひそれをお勧めいたします」
「だがお前は、俺の溺愛に耐えられるのか?」
「へ?」

 僕はそれを聞いて、ふと考えた。僕はまだ抱きしめられた状態だ。この体勢で、溺愛なんていわれると、まるで僕の話みたいに聞こえて困る。

「カルナ」
「はい」
「ずっと帰りを待っていた」
「ありがとうございます」

 僕がそう述べると、ゼルス殿下が腕を放してくれた。そしてこちらに注目していた周囲を見渡してから、咳払いをした。

「カルナ、まずは話がしたい」
「ええ、なんなりと」
「行こう」

 こうして僕は、ゼルス殿下に促されて、一緒に歩き始めた。
 この一歩が、僕達の新しいスタートとなるのだが、この時の僕は、まだそれに気づいていなかった。まさか本当に、自分が溺愛されるとは、この時の僕は知る由もなかった。





(終)