【四】二次性徴
その後、ザイルは中等部のような場所へ進学した。背が伸び始めて、十四歳の時には、二次性徴が終わっていた。僕はまだ小さいままだ。なので、食事を求める時、僕はザイルを見上げるようになった。
「ゆで卵!」
「……ああ」
ザイルの事を、僕は今ではだいぶ覚えた。
学院の中では、ザイルは『名門伯爵家のご子息』という扱いで、頭脳明晰・成績優秀の優等生なのだが、小学校のような場所の時は、当初ちょっと浮いていた。近寄りがたいオーラが出ていると噂されていて、イジメられていたわけではないが、どちらかというと一人でいる事が多かった。それが、二次性徴を迎えてから、モテにモテている。しかしザイルは誰かを選ぶ事はしない。真面目だ。
また僕はてっきり男子校なのだと思っていたのだが、この世界には女性が存在しないというのも知った。子供は魔術で生まれるらしい。
それと、ザイルは僕の頬にたまにチューをしていたが、二次性徴を終えてから、そういう事はなくなった。
さて――そんな僕にも二次性徴が訪れたのは、ザイルが十六歳になり、高等部のような場所に進学した頃だった。とはいえ、ザイルは百八十cm以上の身長の持ち主だが、僕はギリギリ百七十cmに届かない程度だった……ここに来る前よりも縮んだままだ。まだ伸びる事を祈りながら、僕は牛乳を毎日所望した。
僕がコクコクと牛乳を飲む姿を、複雑そうな顔でザイルが見ている。
「ハルは、綺麗に育ったな……ここまで美しい召喚獣は……それこそ淫魔しかいないが……――精気でなく、ミルクに熱心だからな……」
淫魔という召喚獣については全然知らないが、確かに僕は我ながら外見は非凡になった。鏡で見る度に、綺麗だなと自分の顔なのに思う。でも僕は別に、顔が綺麗になるという個性が欲しかったわけではない。ザイルの役に立てる能力が欲しかった限りだ。
他の召喚獣達も段々人間のような形になってきたりしているし、言葉もペラペラだ。僕は沈黙してばかりだが、召喚獣には召喚獣なりのコミュニティが生まれつつある。僕はそこに入る勇気も出ず、いつもザイルの横に黙って座っている。
「……試すべきなのかもしれない。ハルのためにも。だが……ああ……単に俺がそうしたいだけかもしれないしな……いいや、テストだ……そ、そうだ、テスト……違う、これはただの言い訳だ。あああああ、もう!」
「?」
「ハルは暢気だな。俺の苦悩も知らないで」
「?」
「俺がどれだけお前の事を意識して……はぁ。見た目は育ったが、相変わらず食べ物の単語以外は話さないし、知能は育っていないのか……無垢すぎて、罪悪感が酷い……収まれ、俺の煩悩……」
本日も何やらザイルは思い悩んでいる。きっと、僕が何の力も使えないからだろう。
教室でも、最初は人型という事で一目置かれていた僕であるが、人型じゃなくても他の召喚獣は魔術を使えたり、会話可能で意思疎通が図れるので、現在では、もう僕はほとんど空気のような扱いだ。
さて――そんな僕が夢精してしまったのは、冬のある休日の事だった。
「……」
洗濯はザイルが魔術でしてくれる。即ちバレる。恥ずかしい。
涙ぐみながら僕は真っ赤になって困っていた。
「ハル?」
するといつまで立っても着替えようとしない僕をじっとザイルが見た。
「どうかしたのか?」
「……」
「何でそんなに可愛い顔をしているんだ? いつも可愛いが」
「……」
「とにかく早く着替えろ。ちゃんと教えた通り、俺の前では体を隠すようにして、だ」
その言葉に、僕は取り急ぎ脱衣所へと向かった。
そして着替えて、パンツだけを手に持った。どうしよう……。
「ハル、まだか?」
「!」
焦って僕は顔を出した。するとザイルが、僕が手に持つパンツを凝視した。そして僅かに赤面すると顔を背けた。
「それはオモチャではないぞ? ちゃんと脱いだ衣類はカゴにいつも通り――」
「……」
「――? なんだ? 何か言いたいのか?」
ザイルは言葉を区切ると、僕に歩み寄った。そうしてパンツを奪った。直後、目を見開いた。
「お前、こ、これ……」
見られた。完全に赤面して、僕は俯いた。
「……性欲があるという事は、やはり淫魔なのか? い、いいや、性欲がある召喚獣は別に珍しいというわけではないが……――ハル?」
「……」
「……そ、その。や、やはり、テストしておくべきだな。うん。ハルのためにも。淫魔で無かったとしても、健康のためにも」
ブツブツと若干頬を赤くしながら、ザイルが言った。顔を上げた僕は、その後すぐに、ザイルに正面から抱きしめられた。なおパンツはザイルがカゴに向かって放り投げ、無事に収まった。
「それに、俺のためにも。今後のためにも。召喚獣との恋愛禁忌制度が撤廃された所だしな……」
ザイルはそう述べると、僕の額にキスをした。ちゅーされるのは、随分と久しぶりである。だが、子供時代とは異なり、僕達はもう少なくとも身長は大人サイズだ。だから困惑してしまう。ザイルが僕の顎を持ち上げて覗き込んできたのは、その直後だ。僕が呆然としていると、どんどんザイルの端正な顔が近づいてくる。そして、そのまま唇に触れるだけのキスをされた。
「!」
びっくりして僕は目をこれでもかというほど丸くした。
「おいで。ベッドに行こう」
「!?」
「優しくする。俺に任せろ、大丈夫だから」
そのままザイルに引っ張られて、僕は寝台に上げられた。ポカンとしている内に、服を開けられる。こうして……僕にとって未知の体験が始まる事となった。