【2】冒険者ギルド『宿り木』



 外へと出ると思いの外暗かった。
 日が落ちるのが早いのかも知れない。
 とぼとぼと裏路地を歩きながら、俺は溜息をついた。

 とりあえず身分証的なものを入手できたのだから、後は何とかして、依頼を引き受けられるだけのお金を稼がなければ。しかしそんなあて、俺にはない。現実世界ですらなかったのに、異世界で何て尚更あるはずが無いじゃないか!

 そんな事を考えながら歩いていると、ぼよよんと音がして誰かとぶつかった。

「す、すいません」

 慌てて謝り顔を上げると、そこには頭にターバンみたいなものを巻いた、ふくよかな男が立っていた。露出した褐色の三段腹を、思わず俺は凝視してしまった。すごい、メタボだ!

「気をつけて歩きなさい!」
「は、はい、本当すいません」
「――……おや、なんだ。ふぅん」

 男は背をかがめると、何故なのか俺のことをのぞき込んできた。
 黒いちょび髭がカールを描いている。
 俺の理想の、魔法のランプから出てきそうな感じの、大男だ。
 しかし実際にいると、存外気持ち悪い生き物だな。俺も外見を褒められて生きては来なかったので大概失礼だとは思うが、何となく、

 こちらをなめ回すように見てくるその目に、生理的な嫌悪を感じてしまった。

「いくらだね?」
「――はい?」
「一晩、いくらだね?」

 何の話だろうかと俺は首を捻った。
 あれだろうか、俺が冒険者だと分かったから、護衛を頼みたいだとかそう言う……?
 だとするとものすごく助かる。
 そんな事を考えていたとき、腰をいきなり抱き寄せられた。
 密着した腹の脂肪に、俺は吐き気を覚えた。

「いや、あの……え?」
「可愛がってやろうじゃないかね」
「いやいやいや、あの、俺、あの、男なんですけど」

 コレは、多分、その恐らく、性的な意味だよな?
 顎を捕まれ、顔を近づけられ、ぞぞぞっと俺の背筋を怖気が上った。
 寧ろ勘違いであって欲しい気分だが、男の目が欲情に濡れているようにしか見えなかった。間近で首筋にかかる吐息が、本当気持ち悪い。

「初ことを言うな。男の方が多いじゃないかい、この花都は」
「……え」
「まさか初めてと言うこともあるまい、その器量であるならば」
「……」
「そうなのかい? ならば、手取り足取り、天国を見せてあげよう」

 何を言われているのか分からず呆然としていると、首筋を舐められた。
 気づくと俺は、回し蹴りをしようとし――あっさりと腕を後ろにねじり上げられた。

「痛っ、離せ、この変態!!」
「気の強い男は嫌いじゃないねぇ。大体このように、男娼が買い手を求める時間に一人で歩いていたのは君だ。初めからそのつもりだったんだろう? それとも、酷くされるのが好きなのかね?」
「なッ」

 言葉を失った俺は、これからどうすればいいのか、本気で混乱し、ただ必死に藻掻いた。
 その時だった。

 ――ガン。

 そんな音が周囲に響き渡り、気がつくと、目の前に壁を殴りつけた青年の姿があった。
 蹴飛ばしたのか、正面には、鉄製らしきゴミ箱も飛んできている。

「離してやれよオッサン」
「っ、わしが見つけたんだ」
「うちの新人冒険者を手込めにするって事は、『宿り木』に喧嘩売るって意味だ。後は分かるな?」
「チッ」

 あからさまな舌打ちをし、俺から手を離し、ふくよかな変態は走り去った。

「……」

 俺は呆然と、険しい顔でこちらを見ている青年へと、視線を向ける。
 先ほど見かけた時は死ぬほど気怠そうだった顔が、今では忌々しい者を見る目つきで細められている。――確か、ギルドで受付をしてくれた青年だ。

「あ、あの……」

 歩き去ろうとした青年の姿に、我に返って、俺は声をかけながら追いついた。

「有難うございました」
「……あんた、ここで何してたんだよ?」
「え?」
「本当に客探してるんなら、街の南に行きな。もう少しは上質な客がいる」
「きゃ、客って……え?」

 俺が目を見開くと、再び面倒くさそうな顔に戻った青年が、気怠そうに俺を見た。

「日が落ちてから外にいるのは、買う方か買われる方か、それだけだ。分かってんだろ?」
「いや……え? か、仮にそうなんだろうとして、けど俺男なんだけど……」
「女がほとんど生まれなくなって、まともに成人する数が激減して、どれくらい経ったか何て、それこそ歴史書に書いてあるだろ。中でも此処は、≪花都≫だ。冒険者の街として有名なのが表、裏はその相手をする有名な花街なんだよ。いくら新人でも、それくらい知ってるだろ」

 淡々とした青年の言葉に、通りでこの世界に来てから、ほとんど女の人を見なかったわけだと俺は納得した。が、だが、だか、である。

「え、ちょっと待て。それって、男同士でヤってるって事か!?」
「何を今更……」
「嘘だろ……」

 俺は頭を抱えた。例え俺にチート能力が授かっていなくても、せめてハーレムを形成できたらな、何て夢見ていたからだ。うわぁあぁん。

「それにしてもあんた、買われる予定も買う気も無いんなら、本当に何でこんな時間に外を歩いてたんだ?」
「金がないから野宿しようと思ったんだよ。そっちこそ、仕事は終わったのか? あれか、そうか、まさか――お前こそ、買うか買われるかしようとしてたのか!?」
「あのな……俺は、住み込みで働いているから、仕事は基本的に、24時間なんだよ。ゴミ出しに来てたんだ。そもそも、買われることは一生ありえ無いし、今のところ買いたいと思う奴もいねぇ。それにしても、この街で野宿って……取って食べて下さいって言ってるようなもんだろ」

 馬鹿にするように青年が溜息をついた。俺はムッとする。

「しかたがないだろ、街のことだってなんにも知らなかったんだし、金もないんだし」
「……『宿り木』に泊まればいいだろ」
「3000リラを持ってない」
「新人には宿無しも多いから、一週間分までは前貸ししてる。カロンさんから、説明受けなかったのか?」

 そうか、聞いてみれば良かったのかと俺は思った。
 恐らくカロンさんとは、あの先ほどのオジサンだろう。

「依頼の前金も、最初の一週間は貸す制度がある。あんたが本当に、男娼として生きていくつもりじゃなく、冒険者になる気なら、いくらでもやり用はある」

 青年はそう言うと、改めて俺を見た。
 そこは丁度十字路で、右に行くと『宿り木』、左に行くと――おそらく、性的な店が並んでいるようだった。

「どうする? 好きな方に行けよ」
「冒険者になるに決まってるだろ!」
「へぇ。じゃ、着いて来い」
「よろしくお願いします!」

 歩き出した青年に着いていきながら、ふと俺は思った。

「そういえばお前、名前なんて言うの?」
「――バルト。あんたは?」
「ええと……ソルト」

 って、さっきカードに書いてあったから、俺の名前はきっとソルトで良いのだろう。

「確認するけど、所持金本当に0なのか?」

 バルトの言葉に、俺は勢いよく頷いた。

「自慢じゃないが、今夜の食費もない。明日の昼食代もない!」
「……本当、自慢にならねぇ」

 そう言うとバルトが立ち止まり、急に俺の胸元の服を掴んだ。

「?」
「20000リラ、貸してやる。貸すって言うか、やる」
「へ?」

 聞き返そうとした瞬間、俺の唇をバルトが塞いだ。
 何が起こったのか分からず、俺はただポカンと、端正な瞼を伏せたバルトの顔を見ているしかない。睫が長い。

「……っ」
「この街はこういう街だ。だから、気をつけろ」

 何でもないことのようにそう言うと、スタスタとバルトが歩き始めた。

 突然の事態に理解が追いつかない俺だったが、コレはきっとアレだろう恐らく、この街の危険性を教えてくれたのと、お金をただで貸すのがアレなのでこちらの苦にならないように現物を請求したとかそう言う……?

 いや、え、いや?

 だが、本当に突然のことだったもので、俺は、何も言えないまま、バルトの後ろを歩くしかできない。

「じゃ、俺は裏口から戻るから」

 そこで、俺とバルトはわかれた。
 それから俺は再び、『宿り木』の温かい光に出迎えられたのだった。



***


「よぉ、さっきの新米冒険者。忘れ物かい?」

 受付へと歩み寄ると、オジサンにそう声をかけられた。

「あの、やっぱり、泊めていただきたくて――……なんですけど、金がないんです。野宿しようと思ったんですが、そのええと……」

 はたして此処で、バルトの名前を出して良い物なのだろうかと、俺は思案した。

「いや、野宿は色々と自殺行為だな……そうか。金が無かったのか。そりゃ、悪いことをしたな。前貸しできる」

 カウンターからオジサンが、料金表の記載された羊皮紙を差し出してくれた。

「部屋のランクは、Cになる。ABCの三部屋あるんだが、これは我慢して貰うしかない。後、悪いんだが、自炊も禁止だ。後で返して貰うの前提で、食堂を使って貰うことになる。便所と風呂は共同だ」
「十分すぎます!」

 本気で助かったと思ったら、俺は肩の力が一気に抜けた。

「後はさっき説明したとおり、一泊3000リラで弁当付きだと+500リラなんだが、一律4000リラ貰うことになってる。勿論、弁当はつく。弁当なしでも、昼食も出す。ま、これは、まかないと同じ内容になっちまうんだけどな。これで一週間。返済期限は三ヶ月だ。夕食は、一週間分だけ、全部ツケになる」
「有難うございます!」

 半分泣きそうになりながら、俺は、お礼を言った。

 しかし、一週間だの三ヶ月だの、ABCだの、この世界の言語や暦は、俺に理解できやすいように翻訳でもされているのだろうか。どうせならば、性的嗜好も変換されて欲しかったものだ。

「俺はカロン。この≪花都≫の『宿り木』の総括をしてる、ま、基本は受け付け業務だけどな。受付はもう一人、バルトって言うのがいる。今は、ゴミ出しに出てるんだけどな」

 ここに来た当初とついさっき会いましたという言葉を俺は飲み込んだ。

「依頼を受ける時は、俺かそいつに言ってくれ。最初の一ヶ月間だけ、依頼引き受け金は、うちのギルドで持つから、ランクにあった依頼を気にせず受けて良い」
「はい!」
「ま、色々と分からんこともあるだろうし、何かあったら聞いてくれ。お前さん、名前は?」
「ソルトです」
「ソルトか。さっさと一人前になるんだぞ」

 そう言ってカロンさんは、ニカッと笑った。本当に渋くて格好良い。
 俺もこういうオッサンになりたいものである。
 それから鍵を受け取り、俺は部屋へと向かうことにしたのだった。



***


「おう、帰ったのか。遅かったな」


 パイプを加えたカロンの言葉に、バルトが顔を上げる。

「今日来た新人、宿取ってったぞ」
「そっすか」
「あの顔だからなぁ、てっきり、宿を取らないって聞いた段階で、体を売りに行くんだろうと思ってたから、説明しなくて悪いことをしちまったよ」

 カロンはそういって苦笑すると立ち上がった。

「じゃ、受付あとは任せたぞ」

 この『宿り木』を総括しているカロンには、仕事が多いのだ。パタンとしまる扉を見据えてから、バルトは一人舌打ちした。

 ――自分は、何をした?

 初めは何も知らない様子の新人冒険者を善意で助けようと思っただけだった。
 そもそもその善意だって、普段は働かないのだから、あのソルトとか言う冒険者の、中身を知らないのだから恐らく顔に惹かれた結果だ。

「何で金貸してんだよ俺……しかも」

 唇を奪った。
 バルトだって、今ではギルドの仕事をメインに行っているが、元々は冒険者だ。
 なじみの男娼の一人や二人がいた過去もある。
 だが、男にこれまで惹かれた事なんて無い。
 彼は一目惚れなどと言う幻想は信じていなかったし、そもそも恋という感情に懐疑的だ。

「ま、長く受け付けやってれば、こういう仕事が入る日もあるって事か」

 バルトは一人自分をそう納得させて、それから深々と椅子に座った。
 先ほどのキスには、きっと何の意味もない。

 だからソルトの見開かれた青い瞳が、瞼の裏に焼き付いて離れないなんて言うのは幻想だ。犬に噛まれたと思って忘れよう、噛んだのは自分の方だけれども。

 そんな心境で彼は、カウンターから、外を眺めたのだった。


***



 宛がわれた部屋へと向かった俺は、まずは鞄を椅子の上に置いた。
 中々広い。十畳ぐらい在るんじゃないだろうか。

 これでCランクって……Aだったら、どれだけすごいんだ?

 家具は、寝台と中央の丸テーブル、逆側の壁のチェストだ。正面には窓があり、レースのカーテンが掛かっている。このベッドも俺の感覚からすると、狭く見積もってもセミダブルくらいの大きさに見える。

 街に来てから気がついたが、身長の高い人が多い。
 さすがは冒険者なのか、それとも人種の違いなのか。

 まずもって地球じゃあり得ない色彩の人達が沢山いる。共通点を無理矢理上げるとしたら、肌の色くらいだろう。白とか黄色とか黒とか褐色とか。だが、青や赤い肌の人がいないとも限らないので、断言は出来ない。

 どうやらこの世界、靴は履いたままであるらしい。
 室内でも土足だ。

 それにしてもお腹が減った。気づけば、異世界に来てから、なにも食べていないのだ。

 夕食は確か酒場でとるんだったな。
 盗られる物など何も持っていないが一応しっかりと施錠した後、俺は酒場へと向かうことにした。

 元来俺はお酒が好きだ。
 それもあったし、ファンタジー世界の酒場というものに興味もあった。

 中へと入ると、全体的に橙色の照明に照らし出されている木造の一室だった。
 カウンター席が十五、二人がけの席が二十、大テーブルが五つほど。
 そんな事を何となく確認し、朝食の場所も此処だと、張り紙から確認した。

 空席が、大テーブルの端っこしかなかったので、どうしたものかと突っ立っていると、店員さんに背中を押された。

「はいはい、座った座った! 何飲みます!?」

 差し出されたメニューには、アルコール(らしきもの)しか記載されていなかった。
 異世界初日で飲酒決定か。
 自慢じゃないが、俺はあまり酒癖が宜しくない(本当、自慢にならない)。

「ええと、じゃあとりあえず生中」

 いつもの癖でそう言ったら、店員さん(名札に『ユーナ』さんと書いてある)に首を傾げられた。

「――麦酒で」

 言い直すと、はいっ、と笑顔で頷かれ、彼女は奥に消えた。
 俺が異世界で遭遇した1人目の女性である。
 中々可愛いし、俺好みの巨乳だ。うむ、身近に一人も女性がいないわけではないようだ。

「ユーナがいくら可愛いからって惚れんなよ」

 その時、隣から声をかけられて、驚いて俺は顔を上げた。
 するとそこには、空色の瞳の青年が座っていた。グイグイとジョッキを傾けている。

「競争率高いからな」

 飲み干しジョッキを、ガンと置いてから、青年が唇の片端を持ち上げてニッと笑った。
 額に何か巻いている。
 ターバンともちょっと違う。なんだろう。なにこれ。現実世界のお洒落すら知らない俺には、異世界のお洒落など尚更分からないが、何となく似合っているなと思った。

「お前、新入り?」
「あ、はい」

 しかしてコミュ障の俺にしては、異世界初日からこんな風に、店の店員さんのように義務的な感じではなく話しかけてくれる人が出来るなんて、本当に幸運としか言えない。

「俺はスカイ。お前は?」
「ソルトです」
「よろしくって事で、出会いに乾杯」
「乾杯。よろしくお願いします」

 俺がそう言うと、スカイさんが肩を竦めた。

「固い固い。タメ語で良いから。俺のことはスカイって呼んでくれ。みんなそう呼ぶ」

 ほう、この異世界にも、タメ語という概念が存在するのか。
 だなんて思いながら、俺は頷いた。
 金髪で青い目をしているスカイは、見たところ同年代だ。
 異世界と地球で著しく、外見年齢が異ならない限りは。

「で、また、なんで冒険者になろうと思ったんだ?」
「え?」
「故郷を魔物に滅ぼされて、世界を救う勇者になろうと思って、仕事が無くて――この三つは、三大志望理由で全部暗い話になるだろうから、俺は聞く気がない。だから、他の理由だったら教えてくれ」

 あっけらかんとスカイが笑う。
 これ、多分キレる人がいると思う。
 そして残念ながら俺の志望理由も、三番目だったりするのだ。

「……仕事が無くて。はは、確かに暗いんで、止めましょう」
「え、ああ。悪い、冗談のつもりだったんだけど」

 リア充だな、コイツ。
 俺の中で、そんな判定が下った瞬間だった。
 大きな瞳をきょとんとさせたスカイは、なんというか、これまたイケメンである。

 カロンさんにしてもバルトにしてもそうだったが、この世界、イケメンが多すぎやしないか? 俺に対する異世界からの悪意か?

「けどソルトくらい美人なら、顔でも生きていけるだろ?」
「はい?」

 なんだこれ、イヤミが来たぞ。

「まぁた、≪花都≫で新人冒険者登録するなんて度胸あるよな。お前じゃ、男娼の勧誘ひっきりなしだっただろ?」
「無かったですけど」
「だからタメ語で良いって。それとも、俺とタメ口で話すの嫌?」
「別に。いや、普通に無かったからさ」

 そう答えてから、俺はグイッとジョッキを煽った。
 どうせ夕食はツケなのだ。必死に稼げば、今日くらい羽目を外しても、きっと返済できる。

「ふぅん。よく分からんけど、仕事、男娼なら腐るほど在りそうなのにな」
「だ・か・ら! 俺はそう言うの無理なの。男、好きじゃないの!」

 ちょっと酔ってきたのか、語調が荒くなってしまった。

 ただどちらにしろ、俺に同性愛の趣味はないので、きっぱりと否定しておかなければならないと思うのだ。

「――って事は、欲しい女がいるから、名声を得ようってわけか?」

 そんな俺に怒るでもなく、不意に遠い目をしたスカイが、少しだけ切ない笑顔でそんな事を言った。

「え?」
「冒険者として名を上げれば、今じゃほとんど自由に恋愛して結婚したりできない女とも、縁談くるしな」
「それって、自己紹介?」
「ち、違っ」

 俺の言葉に、スカイが咽せた。

「嫌俺普通にこの大陸の標準的恋愛脳の持ち主だから、男女ともにイけるから」

 ガンとジョッキを置いて、叫ぶようにスカイが言った。

「へぇ」

 まぁ別に彼の恋愛観になど興味がなかったので、俺はメニューへと視線を向ける。
 空きっ腹に酒というのも、あんまり宜しくない気がした。
 本音を言うと、俺は酒を飲む時、ものをあまり食べない。
 だが今日は異世界へ来たりと色々在りすぎて、肉体が確実にカロリーを求めていたのだ。しかし並ぶメニューは見たことのないものばかりである。

 俺は我ながら深刻な顔で、メニューを見据えた。
 横ではスカイが何事か恋愛観を口にしているが、左から右へとすり抜けていく。
 サンドイッチだのキッシュだのシチューだのパンだのは、分かるのだ。

 で、恐らく、『エチゴナ』というのは、横についている挿絵的に米だ。また、『アフラス』というのは、恐らくマカロニか何か、パスタだろう。

 問題は――『エチルゼリア』のロースだとか、『ファイアラント』のリブだとか、だ。
 ロースやリブも、問題ない。
 しかし、エチルゼリアだのファイアラントというのが、一体何を指すのか、俺には分からない。

「なぁ、スカイ」
「って事で俺は、お前の顔が比較的好みで――……え?」
「ん? 好み? 何が? そんな事より、コレ、なんだ?」
「コレ? これって、ああ……エチルゼリア? 魔物肉だ」
「どんな味?」
「豚肉に似てるな」
「うーん……」

 エチルゼリアのロース、フェテルミコ酢ソース添え。
 フェテルミコ酢ソース……? バルサミコ的な代物だろうか。
 果たしてコレは、美味しいだろうか。
 果たしてコレは、俺の胃が受け付けてくれるのであろうか。
 俺がメニューを凝視していると、スカイが呟いた。

「お前もしかして、食べたこと無いのか?」
「うん」
「おごってやろっか? 一品くらい」
「良いのか!? 良いんですか!?」
「お、おう……」

 俺の剣幕に驚いたのか、多少顔を引きつらせつつ、スカイがごちそうしてくれた。
 結論から言うと、まぁまぁおいしかった。

「有難う、スカイ」

 ほろ酔い気分と満腹感で、俺はそう告げた。
 すると顔を赤らめた(きっと酔いのせいだろう)スカイが、静かに俺の肩に手を乗せた。

「なにか、その……困ったことがあったら、力になるから」

 良い奴だなぁと俺は思った。

「ん」

 そのままぼんやりとしていると、右手を取られた。

「っ」

 そして何故なのか、指を舐められた。指の合間を、スカイの舌が蠢く。
 ソースでもついていたのだろうか?
 ぼんやりとした頭で首を傾げていると、最後に手の甲にキスをされた。

「じゃあ、またな。今日は、楽しかった」
「おやすみ」

 なんだろう、異世界式の「おやすみ」の挨拶か何かであろうか。若干気持ち悪いな。
 よく分からなかったが、おやすみって言った事に満足し、そこで俺とスカイは別れた。