【4】花都:エーデルワイス
目をさますと俺は、自分の部屋で寝ていた。朝の光が差し込んでくる。
まぁ自分の部屋と言っても、此処は宿屋であるが。
「――……っ!?」
そう気づいてから、目を見開いた。
真横に、スカイが眠っていたからだ。
「え、え?」
慌てて体を起こす。
「んー、起きた?」
寝ているのかと思っていたら、ぱちりと目を開き、柔和にスカイが笑った。
「な、な、な」
「いきなり倒れたから部屋に運んで介抱してたら、ぎゅーって手を握られて、離すのも可哀想かなって思って添い寝しちゃったんだよね。それに俺ほら、手フェチだから」
「……」
思わず口をポカンと開け、スカイをじっと見る。
手フェチ……って、まさか、前に夕食の時にペロペロ人の指を舐めたのは、そう言う意味合いのセクハラじゃないだろうな。
「安心して、昨日は何にもしてないから」
しててたまるか!
何せ同性だぞ!
そうは思ったものの、困惑のせいで、俺の口からは何も出てこない。
「寝顔、可愛かった」
ゾゾゾとその言葉に怖気を覚えて、俺は飛び退いた。
「あのさ、ソルト」
「は、ひゃ、ひゃい?」
やばい、盛大に舌を噛んでしまった。
「焦るの分かるよ、俺も。冒険者になったばっかの頃、焦ったこともあるからな。けどさ、無理は一番良くない。お前にそれがやれるだけの実力がない、とか、そう言うことが言いたいんじゃない。ただね、無理しちゃ駄目だと俺は思うんだ」
スカイはそう言いながら起き上がり、ずいっと俺に詰め寄った。
「世界は広いし、時間なんて腐るほど在るんだ」
「え、あ」
「だから。焦るな」
不意に真剣な色を水色の瞳に宿し、ジッとスカイが俺を見た。
反射的に何度も頷くと、フッと彼が笑う。
――チャラそうにみえるが、案外、いい奴なんじゃないだろうか。
人を見た目で判断しては駄目だと改めて俺は、己に刻んだ。
「うん。分かったんなら、良し」
「……ああ。ええと……部屋に運んでくれたんだよな? 有難う」
「お礼は体でして」
「は?」
「ちゅーで良いから」
何を言われているのか分からないでいた俺の唇に、スカイが触れるだけのキスをした。
チュっと、本当にそんな音がした。
驚いて目を見開きながらも、熱くなる自分の頬を自覚する。これはあれだ、照れたとかではなくて、単純に恥ずかしかったのだ。羞恥だ羞恥。そして、やはり人は見た目で判断すべきかも知れないと認識を改めた!
「可愛い」
「う、うるせぇな」
何考えてんだよコイツと思いながら、俺は勢いよく、壁際まで逃避した。ゴシゴシと腕で唇を拭う。
「今日は何するんだ? ソルト」
「へ? や、依頼こなすけど」
「はーい、駄目駄目。俺の話ちゃんと聞いてた?」
「は?」
「焦るな、って言うのはだからつまり、ちゃんと、休めって事」
スカイはそう言いながら立ち上がった。
「なんなら、街案内でもしてやろうか? デェトだデェト」
「結構です」
「何その即答」
「何で男とデートしなきゃならねぇんだよ」
「――……そうやって、男は無理って拘るの、やっぱり好きな女いるからってのが本音?」
「いや、違うけどさ」
世界観の違いです!
とは、さすがに言えないので、俺は顔を逸らした。
「じゃあなんで男駄目なの?」
「そう言われましても……」
「別にそれでも良いけどな。お前本気で何にも分かって無さそうだから忠告しとく。ソルトの恋愛対象とか、性的関係結ぶ相手にお前自身が男をいくら想定してないんだとしても、だ。お前をそう言う目で見る奴は絶対いる。だから、気をつけな」
スカイはそう言うと俺に歩み寄ってきて、ポンポンと頭を二度軽く叩くと部屋を出て行った。残された俺は、言われた言葉を咀嚼し理解するだけでも一杯一杯だった。
残された俺はと言えば、部屋に置いてあった、冒険者ギルド付属の冊子を眺めてみることにした。若干お腹が減ってはいたが、まだ、食堂が開いている時間ではない。
それに、そろそろ、この世界のことも理解しないとならないだろう。
何となくそんな気がしたのだ。
まず、この大陸は、スィリエディア大陸と言うらしい。
ひっくり返すのに失敗したお好み焼きのような形の大陸が、海に浮いているようだ。
そこに様々な種族の住む数多の国々がひしめいているとの事である。
今俺がいるのは、大陸の北西部で、ライベリア山脈というもので他と分断されているドルトモンド地方という所らしい。
ドルトモンド地方には、三十の国があるそうだ。
一番大きいのは、人族のエルナーデ王国で、他の国々は連邦制を敷いているので、あまり国家間に差はないらしい。その他、何処の国にも属さない小さな村落や、獣人族の国などもあるのだとか。
他には、山脈を越えると、エリファス帝国という有名な人族の国があるらしい。
なお、連邦制を敷いている国々は、国家よりも、各都市を重視しているらしく、勿論国境線上に関所はあるらしいが、基本は、≪花都≫≪水都≫≪時都≫というような、都市の名前で認識されているらしい。
そうなったのは、面倒だったので熟読しなかったが、≪マロニエ・フィールド≫の五賢人の功績らしい。何で我が家の名前が此処に出てきたのだろうか。≪マロニエ・フィールド≫は、無職で家にいると体裁が悪いと言われて無理矢理押し込まれた、俺の伯父さんが所有していたルームシェア物件である。
ちなみにこの五賢人は、”黎叡の賢者”、”始創の賢者”、”時奏の賢者”、”威守の賢者”、”空碧の賢者”の五人らしい。いっきに中二病っぽくなったな。
で、俺が現在いる場所の続き。
スィリエディア大陸のドルトモンド地方、カズルアルダ連邦ナイズ国の、≪花都:エーデルワイス≫。
なんでも、冒険者の集う都市だそうで、近隣には魔物の巣喰う≪冷汀の森≫があるらしい。
この辺は既に学んだ。裏の顔が花街だというのも既に知っている。
比較的危険な場所なので、貴族が姿を見せることはあまりない(へぇ貴族がいるんだこの世界)。近隣に獣人族の国家があるため獣人族差別も少ないが、かわりに、獣人拉致の被害多発地域でもある(獣人は何度か見かけたな)。
なるほどなぁと大体のことを学んだ俺は、続いて、本腰を入れてギルドなどについて考えてみることにした。
まずは、大陸統一冒険者依頼斡旋ギルド『宿り木』:エーデルワイス支部。
――冒険者ギルド『宿り木』≪花都≫支部との事だ。
これは、大陸統一冒険者ギルド『宿り木』というのが、スィリエディア大陸全域にあるらしい。そこで冒険者登録をすると、各地で冒険者として依頼を受けられるようになるそうだ。支部名は所在地だとのことである。また、銀行も兼ねていて、何処で預けても何処ででも引き出せるそうだ。コレは地球のATMもびっくりだろう。何でも二十四時間営業だそうで、常に人もいるらしいからなぁ。
では冒険者とは何か。
GランクからSランクまでの冒険者が存在するらしい。
冒険者とは左手の甲にある冒険者証明書を兼ねた魔法刺青(冒険者ギルド脱退時には消去できるそうだ)をしている者兼冒険者ギルドから依頼を引き受ける者のことであるそうだ。
ちなみに、冒険者同士の有志の集まりのギルドや、ギルドまで行かずとも固定でパーティを組む人々が多いそうだ。その場合は、右手の甲か腕に紋章を刻むらしい。パーティはランク関係なしに組めるのだとか。しかし、有志でギルドを設立する場合は、冒険者ランキングでA以上のランクの人が結成者でないと駄目らしい。そうでないと、ギルド単位で、冒険者ギルドから仕事を引き受けられないのだそうだ。
ちなみに、メンバーのランクは低くても良いんだとか。だから、B以下の人々でたむろっている場合も多いらしいが、そう言う場合は、気の合う仲間とパーティを組んで、そのパーティとしての紋章をお揃いにしているらしい。
後は、なんにも知らずに冒険者ギルドの扉を叩いた俺ではあるが、薬師ギルドなども存在するらしい。そちらは、専門の学校を卒業したり、師匠から許可が下りれば、薬師としてのランクが得られるのだとか。まぁ学校に行くあてもなければ、師匠のあてもないし、別に良いんだけどな。そもそも薬師になりたいわけでもないし。
冒険者ギルドの存在意義は、魔物退治らしい。
勿論各国共に自警団というか騎士団などあるらしいのだが、量が多すぎて対処できないらしく、腕に自信がある人々に頼んだ結果こうなったのだとか。
ほっとしたのは、魔王とかそう言うのが存在しないことである。
後は、冒険者制度は、無職への対策というのもあるようだ。それと、騎士が討伐した場合、武器や食物として貴重な魔物の素材は放置されて腐ってしまうので、ソレを持ち帰ってくれるから都合が良いというのもあるらしい。
そんなこんなで、冊子を一通り俺は読み終わったので、立ち上がった。
ひとまず実際に街中を見てみたいというのがあったのだ。
まだ一回も、ちゃんとこの街を見ていないのだから。
それに――この世界に来たときに、杖と一緒に落ちてきた俺だが、あの杖が日常的に使える代物なのか、ちょっと判断がつかないので、今後の依頼を考えて、普通の武器が欲しいと思ったのだ。要するに、買い物に行こうと思い立ったわけである。
まだまだ無駄遣いは出来ないが、俺は昨日、それなりに稼いだのだから!
と言うことで、朝食を食べた後、お金を引き出してから、俺は街へと出かけた。
象の肌に似た色(間違っても象牙色ではない)の直方体――煉瓦のような形の石畳が、街全体を覆っていた。中心部に向かうにつれてなだらかな坂になっている。流石は≪花都≫というだけあって、至る所に花が咲き乱れていた。
冒険者ギルド『宿り木』がある通りは、街の入り口付近で、一般的な飲食店(? 中に入って食事を頼むと出てくる形式)しかなかったが、右側の通路を抜けると、一面が露店だった。カゴ一杯の林檎やオレンジが目を惹くし、見たことのないケバブにちょっとだけ似ている串焼きなんかが売っていた。
角を曲がって隣の道にはいると、今度は飲み屋街だった。
恐らく、『宿り木』の裏口あたりから直通していそうな通路である。
東南アジアを思わせる、不思議な異国感の軒並みだった。
その隣の通路まで突っ切ると、そこは花街だった。
声をかけられたが、スルーさせていただいた。何せ、声をかけてくれた方、失礼ながら同性だったのだもの! いやぁ、さすがにやっぱ、俺、きついわ、同性。何がきついのかよく分からんけど。ただ確かに、ちょっとビックリするくらい、客引きの少年は可愛かった。しかし、日中から営業しているものなのか、ああいう場所は。
最後に、『宿り木』を真正面に見た場合、左側に当たる通路へと出た。
そこが、武器店や服飾の店が並ぶ通りだった。
とりあえず、最初に目についた武器店に入ってみる事にする。
扉を開けると、カラランと音がして、暖色のランプの明かりが漏れてきた。
見たところ、ランプ程度の文明の利器は存在する様子である。
地球上でランプが発明された頃、他の技術がどうなっていたのか俺は知らないが、現在までにこの世界には水道が存在することと、トイレには洗浄魔術がかかっていて、普通に紙が置いてあるところまでは確認済みだ。
「……ファンタジック」
壁に並ぶ剣や杖を見て、思わず俺は呟いた。
「いらっしゃぁい。どんな武器をお探しですか?」
ぼんやり突っ立っていると、奥から、金髪の少年が出てきた。目は緑色だ。十歳くらいだろうか。
「あ、えっと、初心者の冒険者が使うような、魔術師の杖と、後は――……」
少し考えてみる。とりあえずの目的物は、杖なのだが。何かと刃物はあった方が便利だと思うのだ。例えば木の根を切らなきゃならない場合だってあるかも知れない。何せ俺はきっと、今後も、採取を多く行うはずなのだから。
「短剣を一つ下さい」
「はいよ、杖と短剣ね。ご予算は?」
「なるべく安いのでお願いします」
相場の値段など知らないし、どの程度使えるのかも不明なのだから、リーズナブルであることに越したことはない。元々、そんなに予算もないしな。
「んー、それなら、≪我儘姫の杖≫とかおすすめかなぁ。後は、≪短気な短刀≫」
「おいくらですか?」
「杖が、20000リラで、んー、お兄さん美人だから9800リラに値切ってあげようか」
少年の言葉に、それって値切るって言うか、最初からそこまで安くできるって意味だよなと俺は思った。大体今時美人だからおまけするなんて、そんなお世辞通るか!
「……予算的に、6700リラしか出せないな」
「ええっ、杖だよ杖? 普通杖って、15000リラからなんだよ!?」
「……」
俺はショボーンとした顔をしてみた。
「っ、うあ、もう――!! 父さんに怒られちゃうよ!! 頑張っても、8000リラが限度っ!!」
「じゃあ8000リラで」
俺がそう言って笑うと、息を飲んだ後、何故なのか赤面してから少年が顔を逸らした。
引きこもる前は、新宿・渋谷・池袋で酒豪で名を馳せた俺だ。キャッチのお兄さんから値切るのには慣れている。ただし顔を真っ赤にされたことはないので、この反応はよく分からない。アレだろうか、怒ってしまったのだろうか少年は。
「短刀はいくらですか?」
「2000リラ」
「1300リラかぁ。良い買い物をしたなぁ」
「って、ちょっと! 僕が子供だからってなめてる!? なめてるよね!? 明らかに舐めてるよね!? 1500!」
「うん、じゃあ1500リラで。有難う」
「う」
値切れてほくほくの気分で、俺は、杖と短剣を受け取った。
「お兄さんさぁ、いつもそうやって生きてきたの?」
「ううん。まさか」
だって、この異世界に生を受けて(?)、まだ数日だ。
「嘘だ。絶対有名な詐欺師でしょ。名前教えてよ」
「ソルト」
「ソルト? 聞いたこと無い」
「いやだからさ、本当に、詐欺とかしてないんです」
「あ、そう? ふぅん。信じてあげるよ、今回だけ。僕は、リクト。今は店番してるけど、本業は、鍛冶見習いで修理の方が得意だから、壊れたら指名してね」
「え、この杖とか壊れやすいのか?」
「安かろう悪かろうだよ」
「ははは」
俺は空笑いをしたが、とりあえず少年に再度礼を言ってから、店を後にした。