1:勇者召喚



僕が魔王になってから、大体三百年に一度くらい、勇者はどこかの世界から召喚されてきた。それこそ、始めは、ドキドキしていてガクブルだったが、最近慣れてきた。
大抵召喚するのは、大陸の中心にある≪聖都:ローズマリー≫である。
後は持ち回りで、大陸の各国の宮廷魔術師や神官が、召喚の儀式を行うこともあるらしい。
何故なのか、大抵そうして召喚されてくるのは、地球は日本の人々だ。
僕が(暇つぶしとして)調べた限り、この大陸の古代文字と呼ばれるモノは、基本的に英語と日本語だから、世界地図の陸地の位置等こそ違うモノの、僕が知る嘗ての世界と何らかの関わりがあるのではないかと考えている。
(だって自称神様だって、あちらからこちらへすんなりと僕を移動させてくれた)

魔王としての僕の状況を少しだけ捕捉したい。
トラックに轢かれて死んで、この世界へと降り立ち、外見年齢はそのままに不老不死となった僕は、現在魔王と呼ばれていて、魔法攻撃が得意である。
だけど誓って言うが、僕は魔王になってから、”人種族”に、何らかの攻撃を加えたことはない。それでも、定期的に、僕を倒すために、地球は日本から、勇者が召喚されることは知っていた。
そして今回も――……また、新たに勇者が召喚されたのだという。
「いかがなさいますか、魔王様」
この城と魔界を包括的に収める宰相をしてくれているロビンが、淡々と言った。
ロビンは、銀とも金ともつかない髪の色をしていて、それを前髪は短く切り、残りは後ろで一つに束ねている青年だ。
青年(に見える)とはいえ、実際には、1250歳は越えていると思う。
なにせ、1200年前に僕が魔王になった後、始めて部下になってくれたのがロビンだからだ。少々つり目で、毒舌だが、慣れればそれも、どうと言うこともない。わざわざ出来の悪い僕のために、厳しいことを言ってくれているんじゃないのかとすら思う。
「ロビン、ごめん。僕はさ、やっぱり、魔王を勇者が倒しましたって言うようなハッピーエンドが好きなんだよ。だから、なるべくこの近隣に住む魔族達の保護を優先させるべきだと思うんだ」
「最後まで此処に残ると仰っているのですか? 無謀だ」
「国のけじめをつけるのも、責任を取るのも、僕だ。例えそれが無謀だとしてもね。だからさ、ロビン。君なら、何処の国でもやっていける。僕のことを売ったことにして、すぐに亡命した方が良い」
「――出来ません」
いつもは非常に理性的で論理的なロビンが、あからさまに目を細めた。
「私の主人は、貴方だけです。貴方が魔王であろうと無かろうと。国など捨てても構わない、どうぞお逃げ下さい。貴方は、私の希望なのです。アルト=ライラック様」
二人でそんな話しをしていた時、扉が開け放たれた。
「魔王だな?」
入ってきた青年が短く呟く。彼は剣士である様子だ。
その背後には、魔術師や聖職者等の姿が見える。
「世界を混乱に叩き落とした償い、しかとしてもらう」
身に覚えのないことで糾弾された僕は、ただ自嘲気味に笑うことにした。
僕が死ねば、勇者達は英雄で、ロビン達だってパッと出で現れた僕とは違う、心底尊敬できる上司を見つけられるだろう。どう考えても、これが世界のために良い。
そう思ったから、僕は床へと、杖を投げ捨てた。
「相手にしてやる、さっさと来い」
僕が淡々と告げると、勇者パーティの総攻撃が始まった。
頬と肩に、勇者から裂傷を受けたけれども、圧倒的なレベル差があるせいか、大した問題だとは感じなかった。
――僕が勝つのは、時間の問題だ。
そう思った瞬間、勇者が音速で剣を振り、刀が僕の首の真横へと突き当てられた。
何度か瞬きをして、現状理解に努めようとしていると、唐突に床の上へと引き倒された。

「っ」
鈍い痛みに目を細めると、正面から僕の顔をのぞき込みつつ、勇者が腕を組む。
なにやら僕の言葉を待っているらしかった。
「まぁ、なんとかなるかな」
僕にはそれ以外の模範解答が見つからなかった。
「なんとか、だと……俺の家族――両親も妹弟も、魔王が配下に命じて村を陥落させたせいで亡くなったんだ」
しかし僕の言葉を耳にとめた、勇者は、再度僕の首筋へあてがった剣に力を込めた。
――このまま斬られれば、数日は動けないと思う(不老不死効果で、すぐに治癒するとはいえ)。
けれどそれ以上に僕は唇を噛んだ。
「僕は、どこか特定の村を、襲うようになんて指示を出した覚えはないけど……」
僕に心当たりがない以上、僕の配下の誰かが気を回したか、全く別の団体によるテロ行為だろう。