2:全て嘘なら良かったのにな


「ロビン、調べてくれる」
僕がポツリと呟くと、瞬間移動でロビンが消えた。
ロビンも勇者パーティから攻撃こそ受けていたが、僕と同じで治癒能力が大変高い。だからこれまでの召喚されてきた勇者からの襲撃にも耐え抜いてきたのである。なのにいつも僕に逃げろ逃げろと言うのだ。
――それにしても。
”新しい勇者が召喚された”と、僕の元には情報が届いていた。
しかしながらこの勇者の話を聞いた限り、どこかの村の出身であるらしい。
あれか、転生だろうか?
小首を傾げて、僕は、未だに僕へと剣を突きつけている勇者を見上げる。
「戻りましてございます」
ロビンの仕事は早い。視線を向けると、ロビンがコチラへと歩み寄ってきた。
勇者の視線が厳しいモノになるが、他のメンバーに動く気配はない。
「魔王様、コチラをご覧下さい」
優秀なロビンは、そう言うと僕に書簡を手渡してきた。
「ごめん、悪いんだけど、ちょっとどいて」
僕は勇者の剣と腕の隙間からするりと抜けて、それを受け取った。
今度は勇者までポカンとしている。
「――……っ」
僕はそこに書いてある内容を見て、目を瞠った。
実は――今回、≪聖都:ローズマリー≫は勇者の召喚に失敗していたらしい。その為、伝説の剣を引き抜くことが出来た、とある村の青年(恐らく目の前の彼だ)を勇者に仕立て上げたのだという。しかもその村を滅ぼし、魔族のせいだとして、復讐心を煽ったのだとか。要するに、人間の仕業だったと言うことだ。
――だけど多分、それを知ったら勇者は衝撃を受けるだろうし、≪聖都:ローズマリー≫の神官も糾弾されるだろう(勇者パーティの中にも一人聖職者がいるし)。
やっぱりここは、いつも通り僕が倒されて円満解決を目指そう。
僕は思うんだ。
現実を知ることは、必ずしも幸せな事なんかじゃないのだと。
「些細な村だったからすっかり記憶から抜け落ちていたよ。確かに君の村を滅ぼしたのは、僕の命令だ。だけど、君ごときが僕に勝てるかな?」
哄笑しながら、僕はそう言いきった。
「魔王様、何を言って!」
ロビンが慌てたように、僕へと駆け寄ってきた。
「ほら、僕ハッピーエンドが好きだからさ」
彼にだけ聞こえる声でそう言った時、不意に腕を掴まれた。
見ると勇者が、僕の手首を掴み、書簡を奪っていた。
「え、あ、ちょっと!」
「……」
勇者はロビンの調査報告書を見ている。見ている。見てしまった!
「あわわわ」
僕が思わず狼狽えた声を上げると、勇者が顔を上げた。
「――魔族のせいで各地が荒廃しているというのも嘘なのか?」
それは嘘だろう。人間の領地は、昨年大飢饉が起こったらしいし。人間の土地から逃げてきた人間街もこの土地にはあるから、その悲惨さは聞いている。ただ、そう言う時って、やっぱり他に悪を作って、我慢して居るんだと思うんだ、みんな。僕は魔王だからその役目を負ってしかるべきなんだと思う。
「オニキス! 魔王の甘言と偽りに騙されないで下さい!」
その時神官が叫んだ。なるほど勇者はオニキスという名前なのかと僕はぼんやりと考えていた。――そして多分、この神官は、全ての事情を知っているのだろうと直感した。
「見せろ」
勇者の横に、魔術師が歩み寄る。
すると勇者オニキスが、紫色に見える黒い髪の魔術師に、書簡を手渡した。
「いや、見なくて良いよ、うん、それ、ほら、神官さんの言うとおり嘘だよ」
僕が言うと、僕を睨むように一瞥してから、魔術師が視線を落とした。
「っ」
そして息を飲んだ。
魔術師と勇者の視線が、聖職者へと向く。
「おかしいとは思ったんだ。この土地に入ってから活気に溢れていて、みんな気前も良くて、いい魔族ばっかりだったからな。罠かとすら思った」
魔術師がそう言うと、勇者が剣を鞘にしまう。
「知っていたのか? 全部」
「……」
神官が俯きながら唇を噛む。
「俺達はなんの罪もない魔族を虐殺して此処まで来たと言うことか?」
勇者の追求に、神官が泣き出した。
「僕だって嫌だったよこんなの! だけど、話せるはずがないだろ。≪聖都:ローズマリー≫が召喚に失敗したなんて」
「……だからって、俺の村を、どうしてあんな」
やりきれないという表情で勇者が跪く。それはそうだろう。きっとこれまでの旅の間に、彼等には強い絆が生まれていたはずなのだし。神官だって、もっと割り切って、魔王が、つまり僕が嘘をついたと言い通せばいいのに。
「その件は、旅に出るまで僕は知らなかった」
「オニキス。多分ルイは嘘は言ってない。話を聞いた時、俺もルイも、本当に驚いたんだし」
「――フラン。だけど俺は、誰を恨めばいい?」
どうやらルイというのが神官で、フランというのが魔術師らしい。今回は、お姫様や聖女は居ないんだなぁと考える。しかしそれにしても、泣きそうになっている勇者を見ていると可哀想になってくる。
「誰も、恨まなくて良いんじゃないかな? どうしても恨まなきゃやってられないなら、僕のことを恨んで良いよ?」
おずおずと声をかけると、三人とロビンの視線が僕に集中した。なんだか恥ずかしい。
「……魔王様は、優しすぎます」
「そんなこと無いよ、ロビン」
「何回勇者に倒されれば気が済むのですか! 心配するコチラの身にもなって下さい」
「は? お前、何回も倒されてるのか?」
魔術師のフランが、目を見開いた。
「え? ああ、ちょっと。ほら、良く勇者って召喚されるし」
「じゃあ僕たちがしてきた事って……」
「普通にただの虐殺です」
神官のルイに対して、淡々とロビンが言う。
僕はなんだかいたたまれない気持ちになってきたので、パンパンと二回手を叩いた。
「よし! 仕切り直そう! 僕を倒して、帰還しなよ!」
「何も悪いことをしてない奴を、倒せるわけがないだろう」
これまで絶対悪として扱われてきた僕は、勇者オニキスの言葉に首を傾げた。
「存在することが悪なんだよ」
「そんなはずがない」
勇者はそう言うと、神官と魔術師に振り返った。
「全てを信じた訳じゃない。ただ俺は、もう少し魔王と、きちんと話しがしたい」
「お前が決めたんなら、それで良いんじゃないのか? これまでだって俺もルイも、ずっとお前に付いてきただろ」
頷く二人を見て、僕は思わず眉を顰めた。
「嫌、サクッと倒そうよ。僕コミュ障だから、会話なんて続かないし」
「「「……」」」
勇者パーティの面々が、何故なのか残念なモノを見るように僕へと視線を向けた。
隣ではロビンが溜息をついている。
「そもそも僕ひきこもりだから、魔王城からほとんどでないし。街案内も出来ないし」
「……話しをさせてくれ」
「お断りします!」
勇者の言葉に僕はブンブンと首を振った。
「話すぞ」
「え」
「俺は、お前と話しがしたいんだ!」
「いやぁそんなことを言われても……」
「魔王様、勇者もこう言っていることですし、少し話してみたらどうですか?」
ロビンの言葉に、助け船を出して欲しかったのにと思いながら、僕は目を細めた。
「魔術師様と聖職者様は、私目が接客いたしますので」
「え、え」
「行こう」
僕は気がつくと勇者に腕を引かれていた。
「ちょっと待ってよ――」
「待たない」
こうして何故なのか、僕は勇者オニキスと共に、城下町へと出かけることになったのだった。