4:砂の海
僕は勇者を連れて魔王城へと戻った。
そして何事か相談するのだと言っていた勇者パーティを残し、ロビンと二人、再び城外へと出た。早くしなければ、今回の戦闘で亡くなったみんなの欠片が、霧散し消えてしまうからだった。
「前回よりは、死者の数が少ないですね」
僕が空中に浮いている砂を両手で受け止めていると、ポツリとロビンが言った。
「彼等は活気がある街だと言っていましたから、一般的な市民は殺さないで、城までやってきたのでしょうね。貴方を守ろうと、身を費やしたモノだけが、亡くなった」
嗚呼僕のせいで、それでも多くの命が失われたのだなと思いながら、俯いて苦笑する。
人の命が失われることに、多いも少ないもないと、僕は思うのだ。
そんなことを考える時点で僕は、多分国の統治には向いていない。
魔族は”自然”から生を受けるから、すぐに多くの命が生まれる。だけど、たったの一人も、同じ魔族はいない。誰も、誰かの代わりにはなれないのだ。
「魔王様」
「うん」
「貴方の命を、皆が守ろうとした。貴方の命はそれだけ重いのです。どうか、お考えを改めて下さい。私も、アルト様を失いたくはない」
「有難うロビン。だけどそれでも僕は思うんだ。僕が居なければ、これ以上死者は増えないんじゃないかって」
「その様なことはありません。アルト様が魔王様に成られて、それまで狂気に身を堕とし人間を襲っていた者達は、皆静まり理性を取り戻したのです」
ロビンは、前々からそう言う。
だけど僕は昔のことは、歴史書でしか知らないから、それがただの慰めの言葉に聞こえるのだ。
「ロビンは優しいね」
「そんなことはありません。死を望む貴方に、生きろと言っているのですから」
「……ロビンから見て、僕は死を望んでいるように見える?」
「ええ、とても」
そうなのだろうかと考えながら、僕は瓶に砂を詰めた。小さな瓶だ。
もう数百は砂を拾った。
――僕は一度死んで、この世界へやってきたはずなのに。
なのにどうして、死にたいなんて思うはずがあるんだろう?
多分僕は死にたい訳じゃないのだろう。何となく、全てに諦観みたいな気持ちを持っているのだと思う。異世界に来て僕が感じたのは、結局、何処にいようとも、僕は僕なのだというただそのことだけだった。部下は沢山出来たけれど、やっぱりコミュ障の僕には、親しい友達なんて出来ない。あちらの世界では、置田がいただけマシだったのかもすら知れない。だからいつも思う。仲間が、信頼で結ばれた仲間がいる、勇者パーティが羨ましいと。だから、それだからなのかもしれない。彼等に倒されたいと思うのは。僕は、絶望する勇者達の姿なんて見たくはないのだ。
きっと、あの時僕が不老不死を望んだのは、長く生きていたら、誰か一人くらい本当に心を許せる相手が見つかるんじゃないかなんて、そんな希望を抱いていたからなのだと思う。
だけど結局僕は、力を得たこと意外なにも変わらないから、そんな相手には未だ巡り会えないで居る。
「すぐに生き返るというか、死なない僕が、死を求めるなんて、馬鹿げた話じゃないかな」
「ですが、痛みはあるでしょう?」
「……そうだね。だけどね、物理的な痛みより、心みたいな名前をした胸の奥の方が痛むんだ。どうしてなんだろう」
もしかしたら僕の内的世界は、醜く腐敗しているのかも知れない。
それだからこんな事を考えるのかも知れない。
「矮小な私でも、少しだけでも、魔王様のお心を軽くすることが出来れば良いのですが」「ロビン。君がいつも側にいてくれるから、僕は何とかやってこられたんだと思う。だけどね、もうそろそろ限界なのかも知れない」
弱音を吐く自分が、なんだか忌々しく思えた。
結局僕は誰かに慰められて、安堵したいだけなのかも知れない。
自分を肯定して貰って、そうすることで、生きていて良いのだと言って貰いたいだけなのかも知れない。
そんな自分自身に、何よりも吐き気がする。
どうして僕はこんなに汚い存在になってしまったのだろう。心が砕け散りそうだった。
「その様なことを仰らないで下さい」
「ごめんね。そうだね、今は、弔いが先決だ」
「……そう言うことではないのですが……確かに時間はありませんね」
そうして僕らは、今回の戦闘で亡くなった皆の遺体を回収して周り、丘の上に墓石を立てた。白い十字架が、また千個近く増えたのだった。
城へと帰還すると、応接間に勇者達がいた。
「オニキスが残るって言うんなら、俺も残る」
最初に口を開いたのは、フランという名の魔術師だった。
紫に見える髪が揺れていた。
「僕も、残らせて下さい……」
続いて、悲しそうに瞳を揺らしながら、聖職者のルイが言った。
「そうだね。勇者一人じゃ危険だし、それが良いかもね」
僕が告げると、隣でロビンが溜息をついた。
「危険なのは、魔王様です。彼等は、魔王様のお命を狙っているのですから」
「あはは、それもそうだね」
朗らかに笑いながら、確かにそうだったなぁと僕は思った。
そんな僕を、勇者であるオニキスが、金色の瞳でじっと見た。
「どうかした?」
「……いいや」
オニキスはそう言うと視線を逸らす。何か言いたそうに見えたが、僕は何も聞かないことにした。
「食事の時間は何時が良い?」
僕は話を変えようと思い、柱時計を見る。今の僕は食事を取らなくても生きていけるが、基本的に人間は三度食事をするモノだと知っていた。
「ロビン、客室の手配と料理の用意を」
「かしこまりました」
僕らのそんなやりとりを、驚いたようにフランが見ている。
「俺達は、お前らを殺す気で此処に居るんだぞ。それ分かってる?」
「無論です。ですがご安心下さい、毒など盛りませんので」
ロビンがまじめくさった顔でそう告げると、紅茶を持っていたルイが咳き込んだ。
このようにして、僕とロビンと生き残った使用人の魔族――そして勇者達との共同生活が始まったのだった。