8:過去――魔王一日目(2)
「あの……」
「なんでしょう、陛下」
「僕はずっと此処に座って居るんでしょうか?」
シモンさんに尋ねると、目に見えて彼が真っ青になった。
「失礼いたしました。何なりと罰を……」
「い、いえ、そう言う事じゃなく……あの、本当、気を遣わないで下さい」
「そう言うわけには参りません――ロビン、陛下をご案内しろ」
「はい」
シモンさんに向かって頷いたロビンさんが、一歩前へと出た。
「不肖の私目が、ご案内させていただきます」
「あ、よろしくお願いします」
僕もまた立ち上がると、頭を下げてから、ロビンさんが歩き始めた。
慌てて僕は、後を追う。
大きな部屋だけ有って、扉まで辿り着くだけでも十分前後かかった。腕時計を見ていたので間違いない。扉の前にいた、使用人二人が、重そうな扉を開けてくれた。
廊下は薄暗く、点々と壁の左右に蝋燭が備え付けられ、灯りを採っている。
先ほどの部屋には、豪奢なシャンデリアがあった。
それから僕はロビンさんに先導されて、長い回廊を歩く。
ロビンさんは何も言わずに、僕のペースに会わせるように、ゆっくりと歩いてくれる。
腕時計で確認したところ、四十分ほど歩いたところで、漸く豪奢な扉の前で、ロビンさんが振り返って僕を見た。
「こちらが魔王様の御部屋となります」
「……そうなんですか」
「扉を開けても構いませんか?」
「はい」
僕が頷くと、重そうな扉を、軽々とロビンさんが開けた。
中を見て、僕は硬直した。
かなり広い部屋だったからだ。どこの大富豪の応接間だ、といった風情のソファとテーブルが置いてある。
ロビンさんが隣に逸れたので、僕は中へと入ってみた。
奥に四つ扉がある。
一つずつ開けてみると、これまた広い上、大きすぎるベッドがある部屋、書斎兼机が有る部屋、見たことのない形をしていたが恐らくお風呂と洗面台のようなものがある部屋、トイレのようなもの、という四部屋だった。どれも本当に広い。トイレまで広い。
「あの、ロビンさん」
「宜しければロビンとお呼び下さい」
「はぁ……あ、あの、聞きたいことがあるので、良かったら少し中でお話しさせてもらえませんか?」
「もったいないお言葉です」
するとそれまで扉の外に立っていたロビン(さん)が中へと入ってきた。
僕はふかふかのソファに座り、正面の席に彼を促した。
ああ、コーヒーか何かを用意した方が良いかもしれない――そう考えていたら、僕の正面にあった豪奢なテーブルの上に、二つのカップが現れた。角砂糖の瓶と、陶器に入ったミルクも現れる。え、なんでだろう?
「流石は魔王様。無詠唱魔術をお使いになられるだなんて」
「無詠唱魔術?」
「脳裏で想起するだけで、詠唱無しに魔術を使う手法です」
あ、なるほど。それで先ほど涼しくなったりしたのかと腑に落ちた僕は、神様に貰ったメイン技能が魔術だったことを思い出した。
「あ、良かったら飲んで下さい」
「魔王様が御自ら用意して下さるなんて、光栄の極みです」
「いやそんな大げさな……」
「大変失礼だとは思うのですが、コレは一体どういった飲み物でしょうか?」
その言葉と、深々と頭を下げたロビン(さん)を見て、僕は息を飲んだ。
「珈琲です。そこの砂糖やミルクを入れると甘くなったりまろやかになったりします」
「こーひー? さとう? みるく? ですか」
「怪しいモノじゃないので、良かったら一口」
僕はそう告げてから、カップを傾けた。大変美味しい。僕はブラックが好きだ。
「!」
カップを傾けたロビン(さん)が、目を見開いた。
「美味しいです……こんな飲み物が存在するのですね。流石は魔王様」
いや、魔王とか関係ないだろうと思いながら、僕は苦笑した。
そうだ、それより聞きたいことがあったのだ。
「あの、所で僕は、どのようにして現れたんですか?」
前の魔王様が居たらしいが、次の魔王が現れるまでこの地を統べていた宰相や城を管理していた人がいる以上、やっぱり僕は、この場に急に現れたことになるんだと思う。その割に、ここに来た瞬間には皆が、あの部屋にいたのが不思議だ。
「魔王様がお生まれになる場合、大概玉座にて、光から生を受けます」
「ええと、つまり僕は、今生まれたところと言うことですか?」
「はい、その通りです。0歳でございます」
「……僕は自分のことを一八歳だと思ってました」
「確かに魔王様の外見は、人間で言えばその位のお歳に見えます。しかしながら、魔族は皆自然から生を受けるため、外見年齢は多様なのです。大抵は赤子の姿で生まれるのですが、魔王様のように、既にご成長なさっている方もいます」
なるほど、コレが転生と言うことなのだろうかと僕は納得した(魔族ではなく魔神らしいが)。
確かに僕は、外見はまだ見ていないから変わったのかどうかは分からないが、年齢は特に変わらないまま移動したようで、かつ自我はきちんと持っているし、ちゃんと転生して生まれ直したらしい。コレで地球の方は安定するのだろう。
珈琲を飲みながら、僕はそんなことを考えた。
そして、どっと疲れた。
「教えてくれて有難うございます。あの、少し眠っても良いですか?」
「承知しました」
「ご飯の時間になったら起こして下さい」
「――お食事を召し上がるのですか?」
「え? 食事無いんですか?」
「いえその――……魔族は、人間とは違い、娯楽でしか食事をしないので、お疲れのご様子ですから、お食事をなさるとは思わず――大変失礼いたしました。早急に用意させます」
「あ、まだお腹空いていないので、本当にいつでも構わないです」
「もったいないお言葉です」
「それじゃあ起きてから、またお願いすると思うので、用意などは特別しなくて構わないです」
魔族は娯楽でしか食事をしないのかと、僕は一つ頭が良くなった気がした。
また、ここに至るまで、そしてこの部屋にも窓がないことを不思議に思ったが、疲労感故に、とりあえず眠りたかった。
何せ僕は、交通事故にあって死に、自称神様に会い、その上いきなり魔王になって此処にいるのだ。怒濤の一日である。
そんなこんなで、僕は眠ることにしたのだった。