10:過去――魔王二日目(1)
僕はシャンデリアの灯りが点った部屋で、目を覚ました。
結局昨日は、食事を取った後、再び眠ったのである。
時計を見ると、午前十時だった。
これならば、買い物に行くのにも都合が良い時間だろう。
それから僕は洗面所で顔を洗った後、応接間ではなくどうやらメインの私室らしい場所に、昨夜見つけたクローゼットを開けた。中には、僕が昨日、ここに来た時に着ていたような服が沢山入っていた。しかも一番地味なものを着てみると、まるで僕専用に作られたかのように、ぴったりのサイズだった。しかし地味とはいうものの、どれもなんだか高級感に溢れている。ファンタジックな服ばかりなのだが、コスプレというような感じではない。ファンタジー映画の登場人物が来ているような服なのだ。
その時、丁度、コンコンとノックの音がした。
「はーい」
声をかけると、外から声がした。
「魔王様、外出の用意が調っております」
「有難うございます」
僕はそう言ってから、扉の外へと出た。ロビンがそこには立っていた。
それから長い回廊を五十分ほど歩き、何段有るのか分からない息切れがするほどの螺旋階段を上り、僕らはやっと外へと出た。外に出た段階で時計を見ると、すでに十一時半になっていた。歩くだけで疲れるってどうなんだろう……。
「街までは歩いていくんですか?」
もう歩きたくないと思い、僕は尋ねた。
「馬車を用意してございます」
ロビンのその言葉に、僕は心底ホッとした。
ただし馬車を見ると、馬(?)にはあまり見えないものがそこにいた。
「これ……馬ですか?」
「正確には、馬型の魔獣です」
羽のついた馬と言えば馬である六本足の生物を眺めていると、ロビンが扉を開けてくれた。中は大層豪奢である。座り心地も良い。
僕が乗ると、ロビンもまた中へと入り、すぐに馬車(?)は出発した。
「魔王様」
「はい?」
部屋の扉をノックする時以外、初めて僕は、ロビンの側から話しかけられた。
「本日は、何をお買いになるのですか?」
「ええとね、調味料と食材」
僕は窓の外に見える、異常気象の時のような不思議な色の空模様と、真夏のような暑さに辟易しながら答えた。そして思いついて、馬車の中を涼しくする。
「寒かったら言って下さい」
「いえ……こちらこそ、先に魔術をかけておくべきでした。申し訳ございません」
「いやいやいや、あの、本当気にしないで下さい」
僕がそう言うと、ロビンが頭を下げてから、再びコチラを見た。
「――食材ですか。どのようなものをお探しなのですか?」
「卵とか、塩とか」
「魔獣の卵でしたら、城に。ですが、塩とは一体何ですか?」
「え、あの、鶏の卵です。塩は、調味料です。もしかして、調味料って無いんですか?」
「鶏の卵は、下層の魔族くらいしか食べません……。調味料は、魔獣の血や、一部人間が使っているものなどを、低俗な魔族が多く立ち寄る店には置いてあるようです」
「行き先はそこでお願いします」
僕はどうやら、下層の魔族や低俗な魔族との方が、好みが合うのかも知れない。
それから2時間ほど揺られた頃だろうか。
馬車が止まった。
ロビンが扉を開けてくれたので、外へと出る。
するとまばらにいた人影が、皆地に足を着いて頭を垂れた。
「……?」
「皆魔王様に敬意を払っているのです」
「僕が魔王だって分かるの?」
「魔力の質が違いますので。貴族連中の中には、揶揄する者も出てくるかも知れませんが、私目にお任せ下さい。それにこの場所には、平民やそれ以下の者しかおりません」
案外階級社会なのかと僕は考えた。
それから、ロビンが先導してくれたので、僕は最初に調味料があるという店へと向かった。
小さな店舗で、屋根は布製だった。雨が降ったら大変だと思ったが、もしかしたら魔術か何かで防げるのかも知れない。
僕はとりあえず、棚に並んでいる様々なものを見た。
確かに血などが並んでいる。
人間の使っている調味料とやらを、僕は探した。
「よ、よ、よろしければ、瓶を開けて中身をお確かめく、下さい」
おずおずと、震える声で、店主さんが声をかけてきた。
笑って返すと、目を見開いた店主さんが真っ赤になった。
赤くなるほど、そんなに魔王と話すのは緊張するのだろうか。
ただし有難いことだったので、瓶の中身を少量手に取り、舐めてみる。
それを繰り返して、僕は、胡椒味の粉、砂糖味の粉、バジルっぽい物を見つけた。砂糖味の物を舐めた瞬間、そう言えば魔術で角砂糖を出せたことを思い出した。なるほど、調味料は、わざわざ買わなくても、僕が出現させればいいのか。
とりあえずその三点を購入しようと考えて、お金はそう言えば何処にあるのだろうかと今更ながらに思った。
「どうぞお持ち帰り下さい!」
傍らでロビンが財布を出すのを申し訳なく見守っていると、店主さんにそう言われた。
結局僕は、そのご厚意に甘えた。
次に僕は、食材を求めて別の店へと行った。
見事に果物しかなかった。が、ちゃんと見た目が美味しそうで、此処でも試食させて貰ったのだが、僕の知っている味と見た目だった。だから飲み物は美味しかったのかと一人頷く。鶏肉も、鶏だった。他には、じゃがいもがあった。他は、雑草しかないように見えた。
食材も、僕が出現させられるのだろうか?
後で試してみようと、僕は考えた。
此処ではじゃがいもと卵を買い、コチラもご厚意でただでもらえたので、僕の一応の目的は果たした。
それから馬車へと戻りがてら、僕は考えた。
――それにしても、街の荒れ具合が酷い。
至る所にやつれて今にも倒れそうな魔族がいる上、民家らしきものもボロボロ、数少ない店もボロボロで、地面は全て土だった。雨が降ったら大変だと思う。排水溝などもない。枯れ果てた木々が点々とあり、方々で喧嘩をしているような怒声が響き渡っている。
コレが魔族の普通なのだろうか?
それともロビンが言っていた、下層や低俗、と言うのがこういう状態なのだろうか?
だとしたら、本当に僕の言う事を皆が聞いてくれるのだとしたら、僕は何とかしたいと思った。お金の出し方は、今はまだ分からないので、後で模索してみるが、今の、魔王となった僕には、対策を練ることが出来ると思うのだ。
僕はそんなに優しい人間ではないけれど、ただ本気で何とかしたいとこの時感じたのだ。