11:過去――魔王二日目(2)
城に戻ってすぐ、僕はロビンに頼み込んで、厨房まで連れて行って貰った。
食材類は出迎えてくれた大勢の使用人の魔族達の誰かが持ってくれている(まだ名前を聞いてはいない)。僕は一つずつ買ったつもりだったのだが、どうやら在庫を全てロビンが買い上げてきたらしく(もしくはただで下さったようで)、思いの外に大量の品物と一緒に、僕は厨房に入った。するとシェフらしき老人が一人と、やはりシェフらしき青年が一人、少年が一人いた。一見してそう分かったのは、地球と全く変わらない白い服を纏っていたからだ。
「魔王様におかれましては、このような場所に足をお運びになって下さるだなんて、光栄至極にございます」
嗄れた声を震わせて、深々と頭を下げて老人が言った。
「昨日は魔王様の高貴なお口に合わない稚拙な料理を出してしまい……ど、どんな処罰でも受ける覚悟でございます」
老人がそう言うと、隣にいた青年が、老人の前に走り出た。
「ウィクスシェフ長! あれは俺の責任です! シェフ長渾身の豚の丸焼きが一番魔王様のお口に合っていたんですから!」
「これリクス! 魔王様の前で、なんと畏れ多い!」
慌てた声でシェフ長さんが恐る恐ると言った調子で顔を上げ、リクスという名前らしき青年を見ながら目を細めた。
「だって、だって、そうでしょう!? ウィクスシェフ長の料理は、≪ソドム≫一です!」
それから振り返った青年が僕に向かって歩み寄ってきた。
すると、スッとロビンが僕の前へと出る。
「どけ!」
「無礼者が」
「シェフ長を処刑なんてさせないからな!」
「現時点では、不敬罪で貴方が最も処刑されるべき魔族です」
そんな二人のやりとりを、怯えたように少年が見つめている。
シェフ長は困ったように片手で目を覆っていた。
「あの……」
僕はなんだかその場に空気にいたたまれなくなって、声を上げた。
「はい」
ロビンが僕に振り返る。
「僕昨日、処刑なしでと、お願いしませんでしたっけ……?」
それともロビンにもその権限があるのだろうか? だとしたら、僕はどうすればいいのだろう。
「――大変失礼いたしました。あまりにもの無礼に、些か腹が立ってしまい」
ロビンが、僕をじっと見てから嘆息した。
「いえ、あの、有難うございます」
僕のために怒ってくれたのだろうと思いそう告げると、ロビンが息を飲んだ。
それにしてもロビンでも、腹が立ったりするのかと、少しだけ驚いた。
「ところで、≪ソドム≫って何ですか?」
話を変えることにして僕が尋ねると、ロビンが応えてくれる。
「ユーナリア大陸における魔族の地、要するにこの土地を≪ソドム≫と言います」
てっきり魔界か何かだろうと思っていたので、僕は驚いた。まぁいいかと僕は頷く。
それからポカンとした顔でコチラを見ているリクスさんへと視線を向けた。
「所であの、ちょっと厨房をお借りしたいんですが」
僕の言葉に、シェフ長が大きく頷いた。
「どうぞお使い下さい――リクス、サリア、下がるぞ」
どうやら少年は、サリアという名前らしい。
シェフ長の言葉に従うように、二人も彼に続いて入り口側の壁際へと向かった。
そこには使用人の人々が置いていったと思しき、大量のじゃがいもなどがある。
「――勝手に使っても大丈夫ですか?」
僕がシェフ長に尋ねると、大きく老人が頷いた。
ロビンはそんな僕らの様子を静かに見守っている。
よし――頑張ろう。
僕は料理なんて普段やらないが、今なら魔術で何でも出来そうだ。
そんな思いで、腕の袖をまくり、まずは調理場を見渡した。
水道らしき物がまず目に入る。
あとはオーブン(多分)。
それからガス台(?)のようなものが5つ、他には台が四つあった。一つは包丁らしき物が乗っているので、切る場所だろう。二つ目は、パンか何かを作るように見える。残りはよく分からなかった。ただ一カ所、明らかに拘束具のような物がついている台を見つけ、ま、まさか此処で人間を……と思い怖くなった。
調味料らしき物は、棚にあって、全てが液体だった。赤、青、黄色、紫、等々。恐らくコレが魔獣の血とやらなのだろうが、味を試してみる自信はない。
僕はその棚の隣にある広々としたスペースの前に立ち、新しい棚が出るように念じた。すると、一番下が比較的大きな扉付きになっている、七段前後の棚が現れた。
その一番上に、本日購入してきた調味料を、入るだけ入れた(移動するように念じた)。それから、しゃがんで一番下の扉を開け、中に――少し思案した後、味噌の入った樽と、醤油の入った樽を出現するように意識した。腐らず劣化しないように、何度も念じた。どうやら成功した様子だったので、やはり魔術で調味料を出すことは可能なのだなと思った。
使っても無くならないようにしようかとも思ったが、先ほどの街の様子を見ていて、僕は、味噌造りや醤油造りを街の人々にして貰ってそれをコチラで買い上げたら、少しくらいは生活が楽になるのではないかと考えたので、それはやめた。
他の棚には、塩、胡椒、ケチャップ、マヨネーズ、食洋酒、みりん、出汁、コンソメ、わさび、しょうが、にんにく等を出現させる。
それから振り返ると、何故なのか、皆がポカンとした様子でコチラを見ていた。
僕は、何か不味いことをしてしまったのだろうか?
「あ、え、すいません、勝手に……」
思わず頭を下げると、シェフ長がフルフルと首を振った。
「いえ、いえ、良いのです。初めて見る品ばかりで、不肖の私のシェフとしての魂が畏れ多くも騒いでしまいまして……」
「そんな畏れ多いです。所で伺いたいんですが、この土地の主食は何なんですか?」
きっとお世辞だろうと思いながら僕が尋ねると、シェフ長が唇に手を添えた。
「基本的には、肉です」
「肉……何肉ですか?」
やっぱり、人肉なのだろうか。
「それは世代によって変わります。前の前の魔王様の代は、50年ほどしか無かったのですが、羊肉が主流でした。ですがその魔王様が勇者に倒され、魔族の多くの者の理性が無くなってからは、時折魔獣を食べる物が現れ、前魔王様が顕現なさってからは、魔王様がエルフの肉を大変好まれたので、理性を取り戻した魔族達もそれを楽しみ、その魔王様が勇者に倒されお亡くなりになり魔族達の多くが理性を失ってからは、人間を食べる者が現れるようになりました」
僕はその言葉に何度か瞬いた。
羊肉――は、良い。
魔獣やエルフは、多分良くないし、人間もちょっと駄目だと思う。しかしながらそれらは、前魔王様とやらの好みと――……魔族が理性を失う?
その言葉と、もう一つ。
「勇者に倒された……?」
僕は驚いてシェフ長を見た。そう言えばそんな話を聞いたかも知れない。
「はい。人間共が、勇者をおくってきて、魔王様のお命を狙い、奪っていくのです」
勇者がいるのか。僕は腕を組んだ。確かにゲームなどをしていると、魔王はボスキャラで、勇者がプレイヤーだったりする。それにしても魔族は寿命がないらしいし、僕は神様に不老不死を頼んだ。しかし勇者の力であれば、不老不死の僕であっても倒されてしまうのだろうか? なんだかとてつもなく怖くなった。正直死にたくない。
「魔族が理性を失うって言うのはどういう事ですか?」
僕が思考を切り替えて尋ねると、今度はロビンが答えてくれる。
「魔王様が存在しないと、貴族以上の魔族を除き、多くの者が衝動に堪えきれなくなって、凶暴性を抑えきれなくなるのです。狂う、というのが正しいでしょうか」
「どうして?」
「月が無くなれば、海が荒れるようなものです」
よく分からなかったが、僕は適当に頷いた。
駄目だ、混乱してしまい、思考がこんがらがった。
とりあえず、当初の目的を果たそう。
「――と、所で、普段、調味料って使わないんですか?」
「前魔王様の代からは、魔獣の血を使っております。前々魔王様の代の頃は、果実で作りだした甘いものを使っておりました」
話しぶりからしてシェフ長は、ともすると城の管理をしていた魔族や宰相よりも長生きしているのかも知れない。
「そのたびに、料理の種類や味も変えてきたんですか?」
「基本的には、魔王様の望むお料理をお出ししますが……私には、私なりの矜持もございます」
「なるほど。あの申し訳ないのですが、少し、此処に今僕が出した調味料を味見していただけませんか?」
僕の言葉に、シェフ長が会釈してから歩み寄ってきた。
その後ろで、リクス青年とサリア少年が顔を見合わせてから、おずおずとその後ろに続いた。
暫く見守っていると、恐る恐る塩を口にし、シェフ長が目を見開いた。
以降全てを凄い速さで確かめていく。
それを見ていたリクスが、同様に調味料を口にして声を上げた。
「美味!! なんだこれ」
「本当だ。美味しいですね、先輩!」
サリアが言うと、リクスが他の調味料を口にしながら大きく頷いた。
僕は地球に産まれて良かったと(もう死んでいるのだが)、本気で思った。
多分、地球とこの大陸では食文化こそ違うが、基本的に食材は同じものもあるのだし、僕が用意した調味料だって、慣れればそう変わったモノには感じないはずだ。
「魔王様! 私は感銘を受けました!」
振り返り、凄い勢いでシェフ長が走り寄ってきて、僕の手を取った。
流石のロビンもその勢いに、呆然としている。
――日本のスーパーって凄いんだなぁ。
僕はそんなことを考えていた。
「……あの、可能でしたら、今日からそれらで味付けをして、牛豚鶏羊魚類やスープを作っていただけませんか? 野菜(?)にもこれで味付けをしていただけませんか」
「かしこまりました!」
とりあえずは、これで任せてみようと僕は思った。
それでもやっぱりどうしようもなかったら、後で、購入してきた食材で自分で作ってみようと思い、それらに腐敗劣化しないよう魔術をかけた。
――後は、コレが成功したら、調味料類や食材を作る仕事を街に作れるように頑張ろう。
そんなことを考えながら、僕は厨房を騒がせたことをわびてから、ロビンと共に外へと出た。