12:過去――魔王二日目(3)
夕食までの待ち時間、僕は城の散策をしようかと考えていた。
ロビンに伝えてみると、「かしこまりました」と頷いてくれた。この人は、どうして僕に対してこんなに腰が低いのだろう。やっぱりそれだけ、魔王というものは凄いのだろうか。
そんなことを考えながら暫く歩いていると、不意にロビンが立ち止まった。
「? どうかしたんですか?」
「来客のようです。追い返しますので、お部屋にお戻り下さい」
僅かにロビンの眼差しが厳しいものへと変わったので、僕は何度か頷いた。
「おいおいロビン。つれないことを言うねぇ」
が。その時、急に僕の真後ろから声が響いた。
「え?」
僕が振り返る前にはもう、ロビンが僕と声の主の間に立っていた。
「お帰り下さい」
「折角、魔王様へのご挨拶に伺ったって言うのに、帰れだと?」
「魔王様はご多忙なので、貴方と話すような時間はないのです」
別に僕は忙しくはない。
しかしロビンは、僕と来訪者の会話を嫌がっているようだ。
お客様は、真っ赤な髪をした長身の青年で、少々たれ目で、泣きぼくろがある。目の色は金色だ。服も深紅で、赤が好きなのかなと僕は思った。
暫く僕の前で、ロビンと青年が、目にもとまらぬ速さで――何と言えばいいのか、手刀の応酬(?)を繰り返していた。ロビンは無表情で、青年はニヤニヤ笑っている。
決着はすぐについたのか、ロビンの攻撃(?)を交わして、青年が僕の前に立った。そして腰をかがめてのぞき込まれた。
「これはこれは、魔王様。へぇ……凄い美人」
「魔王様になんと不埒な――」
「ロビン。俺は魔王様と話してるの。ちょっと黙れよ、いい加減ウザい」
「っ」
ロビンが息を飲んでから、溜息をついた。
「俺はバルバトス侯爵。よろしくな、魔王様」
「よろしくお願いします」
「腰が低すぎるなぁ。それじゃ人生楽しめないぞ?」
ニヤニヤと笑いながら、バルバトス侯爵さんが言った。侯爵というのはきっと貴族なのだろう。僕には貴族社会というのはよく分からないので、侯爵というのがどういう立場なのかもよく分からない。
「よし、俺が魔王の心得を伝授してやる。とりあえず応接間に案内してくれ――いいよな? 魔王様」
「あ、はい。ええとロビン……」
反射的に僕は頷いてしまった。
「……畏まりました」
溜息をつきながら、ロビンが頷いた。
「ただし魔王様に余計なことを吹き込まないで下さい」
そう言うと、ロビンが歩き出した。
「ほら魔王様もちゃっちゃと歩く!」
「あ、はい!」
「うーん。魔王の心得その一は、アレだな。この城にも、≪ソドム≫にも、お前より下の立場の魔族しかいないんだから、敬語をやめろ」
「え」
「魔王様に敬語を使われる方が心臓に悪い奴も沢山いると思うがねぇ」
そう言うものなのかと思いつつ、僕は歩いた。
それから暫く歩くと、僕の部屋ではなく、豪奢な本物の応接間へと辿り着いた。
ふかふかのソファに座った僕は、正面で膝を組み、両腕をソファの背に回してくつろいでいるバルバトス侯爵さんを眺める。
「喉が渇いたなぁ」
それを聴いて、僕が用意をしようと思っていたら、ロビンが先に声を上げた。
「すぐにお持ちいたします」
ロビンは僕の方をじっと見ていた。僕に用意させたくないとその瞳が語っているようだった。よく分からないが、ロビンは彼が嫌いなのだろうか?
それからメイドさんが、僕らの前に、それぞれジュースを置いてくれた。
「しっかしまた、メイガスとは大分印象が違う魔王様だな」
「メイガス?」
「前魔王。俺の悪友だった」
「え、バルバトス侯爵さんの?」
「バルで良い」
「何でそんなに若いんですか?」
「ほら、だから敬語禁止。若いかぁ……そりゃ、魔力量の違いだな。魔力が強ければ強いほど、老化は遅くなる」
「そうなんだ」
務めて敬語をやめ、僕は頷いた。
「メイガスの話、聞きたいか?」
「ちょっとだけ」
「貴方が話したいだけでしょう?」
ロビンがバル(略)を睨め付けた。すると喉で、バルが笑う。
「まぁな。それで、メイガスだけどなぁ、そりゃぁもう、魔王らしい魔王だった」
「魔王らしい魔王?」
「気にくわない奴はその場で殺した。魔族も人間も。アイツの恐怖政治で、荒れ狂ってた魔族達も、秩序を取り戻した。俺みたいに常に理性がある魔族からすれば、喜ばしいことだったな。実際アイツが勇者に倒された後から、魔族の多くはまた狂った」
「狂う?」
そう言えばロビンもそう言っていたなと思って僕は首を傾げた。
「例えば、人間を襲って戯れに殺したり、魔族同士で共食いしたり」
「!」
「血を飲むのを楽しんだり、殺すのを喜んだり――まぁこの二つは俺もたまにやるけどねぇ」
「……そ、そうなんだ」
「ま、俺の場合は趣味。狂ってる奴らは、抑えきれないらしいな。ただメイガスは、恐怖で、そいつらの意識を縛り付けて、一応まともにさせることに成功したんだよ。それに慣れた後は、誰もそう言うことはしなくなったんだけど、いなくなったらまたおかしくなっていった。だから――魔王様には期待してる」
「……」
僕には恐怖政治なんて出来そうにない。
楽しそうに笑っているバルを見て、僕は俯いた。
「自信がないんなら、俺を宰相にしろよ。代わりに、恐ろしい政治をしてやる」
「バル!!」
するとロビンが声を上げた。愛称(?)で呼んでいる辺り、実は仲が良いのかも知れない。
「冗談だって冗談。誰がそんな面倒くさいことをやるかっていうの。前々魔王様の代で宰相やって、もう飽き飽きしてるんだよ、俺は」
「前々魔王様?」
そんなに長生きなのかと僕が首を傾げると、バルが頷いた。
「俺が理性を保っていられるのは、前々魔王様のおかげかもな。本当に良い方だった――……俺が認めるたった一人の主だよ。なーんて現魔王様の前で不徳な発言だったな。悪い」
「いえ」
「今でも倒した勇者が憎くてたまらない。人間だからとっくに死んでるんだろうけどなぁ――新しい勇者が来る度に、それでも俺は全力で殺してる。だからメイガスの治世も長く続いたんだけどな……結局守りきれなかった」
「バル……貴方は、自分のしてきたことを美化して、さも良いことのように言う癖を止めて下さい。理由はそうかも知れませんが、実際には大層楽しそうに虐殺していたと聞いていますよ」
「あ、ばれた?」
溜息をつくロビンと、楽しそうなバル。
僕がこの会話の中で学んだことは、兎に角勇者は沢山来るらしいと言うことだった。そして魔王を殺すのだろう。
「ま、そう言うことだから、魔王様。俺は俺なりに勇者を退治てやるから、心配しないで、何とか魔族連中を支配してくれよ」
「頑張るよ……」
ただし恐怖政治なんて、とても僕には無理だと言うことだけは、よく分かる。
これまでに考えていた、地道に農耕牧畜を普及させる案では、どうにかならないものだろうか――ただし狂う、というのだから、人間の社会と魔族の社会では、やはり違うのかも知れない。僕は、一体どうしたら良いのだろう。そこで僕は、ふと思った。
「バルは、前々魔王様の時の宰相だったんだよね?」
「ん、ああ」
「その時の魔王様は、どうやって魔族を治めてたの?」
「――……各地でバラバラになってた魔族を、この地に集めて、≪ソドム≫と名付けた。みんなで開墾してなぁ。一体感とでも言うのか、自分たちの場所が出来たからか、みんな生き生きしてたよ。あの頃が一番、幸せだった」
懐かしむような表情になり、穏やかに微笑んだバルを見て、僕は目を瞠った。
ならば――僕の考えた農耕牧畜やら、お店を作るやらで商業を発展させたり、建築設備を整えたり、道路を造ったりというのも、少しは効果があるかも知れない。そちらの方面で、出来るだけのことをしてみようと、僕は考えた。
それからバルが帰った後、僕は夕食を食べることにした。
豚の丸焼きと葉っぱの集合体には、今度はしっかりと味がついていた。スープの色も紫色ではなく、なんと、ちゃんとしたコンソメスープが出てきた。雑草のような葉さえ、他の食材ならば、文句なしのサラダである。
今度は食材をどうにかしようと考えながら、僕はその日を終えた。