14:その名は絶望
目を開けると、正面には光球があった。1200年ぶりにみる、自称神様だった。
「魔王業はどう?」
「……その」
「嫌になっちゃった? まぁ、種族とか技能とか、与えた特典とかはもう変えられないけど、魔王はあくまでも職業だからさ、他のことをやりたくなったら、とりあえず魔王の所には名前だけ残して、他のことして過ごしても良いからね。君の十代前の魔王なんて、面倒くさいから一魔術師になりますって言って、魔術師として暮らしてたよ。その後他に魔王になりたいって人がいたから、魔王辞めて貰ったんだけどさ。彼も不老不死だったから、今でもどこかで魔術師やってるかもね」
自称神様の朗らかな声に、何となく僕は脱力しそうになった。
こんなに簡単に会いに来られるのならば、もっと早くにそうすれば良かった。
「やだなぁ、今回は特別だよ。面白いことするみたいだったから、いれてあげただけ」
すると笑い声と共に、僕の心を読んだらしく、自称神様が言った。
「『帰還できないこと』と『魔王は悪くない』ことを、これから、あの世界から勇者召喚が行われた時に表示すれば良いんだよね? 基本的にこの空間を経由して、勇者の召喚は行われるから、任せて」
僕は笑顔を浮かべながら、心を読まれないようにする魔術を発動した。
効果があるのかは分からないが。
「――……その勇者達にも、特典はつくんですか?」
「基本的に勇者特典はつくよ。魔王や魔族に対しては、凄い力を発揮するようになる。剣とか魔術とかの力も凄くなるよ。後は一つか二つ、時と場合によってついてる。それが何かは人によるけど」
「もし、二つの条件をのんで、あちらの世界に来る勇者がいたら、もう一つ特典をつけてもらえませんか?」
「ん、聞くだけ聞いてみようか。言うのは自由だからね。君もつれないなぁ、心を読めなくするなんて。相手は神様なのにさぁ」
「不死の魔王アルトを殺すことが出来る」
「うーん、却下だね。何、生きるのに飽きちゃった?」
「……」
「却下の理由はね、基本的に勇者って一人なんだよね。魔王が一人、勇者が一人。召喚された人だろうが、そうじゃなかろうが、各世界に本物の勇者は一人だけなんだ。だから、今後何人も勇者が召喚されるかも知れないけど、その一人一人にそんな特典つけるのは、それも二つの条件で選りすぐった勇者にだけ、その特典を与えるのはさ、結構大変なんだよね。せめて君の世界だけの神様やってるんなら良かったんだけど、ほら勇者や魔王がいる世界は、君の今いる世界だけじゃないし」
「今、僕の所にいる勇者は、本物の勇者ですか?」
「さぁね。どうかな」
「どっちでもいいです。彼に、僕を殺せる能力を授けて下さい」
「神様的には、一人間をえこひいきするわけには、行かないんだよね。それに、彼だって勇者だから、勇者の特典は持ってる」
「彼も勇者です。普通の人間じゃない」
「でもさ、彼。アルト君の事、殺すつもり無いみたいだけど?」
「なんとかします」
「確かに君の側の特典を君の側から削ることは出来なくても、相手にその特典を打ち消すって言う特典が有れば、不老不死の君を殺す、っていうのは可能だけどさ……君って結構自分勝手なんだね。君に死なないで欲しいって思ってる人が沢山いるのに、死のうだなんて」
「……」
「じゃあ、こうしよう。君に心から愛する人が出来て、君が死にたくない、ずっと一緒にいたい、と思った時、その時に君を死ねるようにしてあげるよ」
「……え?」
自慢ではないが、1200年生きてきて、そんなことは一度も無かった。無かったのだ。一体何時、愛する人など出来るのだろう。全く想像もつかない。
「これが神様の優しさ。最大の譲歩だ。じゃ、条件提示の件も了承したし、もう話しは終わりかな」
気がつくと僕は、元々いた私室のソファへと戻っていた。
「何処へ行っていたんだ?」
勇者の声で我に返った。
「――条件を二つ、出す魔術に成功したよ。だけどもう二度と同じ魔術は使えない」
「そうか、やってくれたんだな。有難う」
「だけど僕を連れて行くって言うのはどういう事?」
僕は神様に出された条件のことを思案しながら、口先だけでそう尋ねた。
「倒したはずの魔王が城にいたらおかしいだろう」
「だったら身を隠すよ」
「俺はお前に、人間の世界を見て貰いたいんだ」
「魔術で見ておくよ」
「違う、アルト自身の目で、だ」
「どうして?」
「俺は、≪ソドム≫は素敵な土地だと思っている。人間の土地よりもずっと。だから、その――」
「?」
「お前がしてきたことは、していることは、何も無駄なんかじゃない。それを知って欲しい。そしてもう、そんな絶望しているような顔をしないで欲しいんだ」
その言葉に僕は目を瞠った。
絶望しているのは、勇者の方だろうと、僕は思っていたのに。
僕は、迷子になっていたのかも知れない。
「魔族達には、お前は本当は生きていることを周知して貰う。少しの間、素性を隠して人間の世界を旅してくるんだと告げる。連絡だって定期的に取れるようにするから、何も問題はない」
「そんなこと出来るはずが……」
「出来ない事なんて、何もない」
「……」
僕は嘲笑しそうになって、顔を背けた。
この腐敗した世界には、出来ないことが溢れているというのに、きっと彼は綺麗なものしか見ないで生きてきたに違いない。僕と同じ苦しみを持っているだなんて一瞬でも思った僕が、間違っていたのだ。
「結局、俺が正しいと思っていたモノは間違っていた。だけど、それに気づくことが出来た。それが本当に正しいことであるならば、それは出来ることのはずなんだ」
「馬鹿げてる。ごめん、笑わないって言ったけど、笑わずにはいられないよ。笑いながらしか聞けない」
「もしお前が魔王じゃなかったら、多分俺もそう思っていたんだと思う。今頃な」
「どういう意味?」
「意味はまだ、よく俺の中でも分からないんだ。ただ、そう直感しているんだ。伝説の剣を抜けるって思ったあの時と一緒で」
「不吉の予兆じゃないか。君の中では」
「家族を失った苦しみや恨みを消し去る事なんて出来ない。だからあくまで理性的な言葉でだけ言う。あれも、聖都の人間の醜さに気づくための一歩となった。そう考えれば、良かったことなんだ」
「僕にはそんな風には考えられないよ」
「だから。だから、世界の色々な場所を見て、色々なことを知って、それからまた考えてみて欲しいんだ。それに俺は、お前に世界がどんな風に見えるのかも知りたい。それでもやっぱりお前が絶望する世界だったらな、魔王。俺が責任を持ってお前を殺してやる」
「倒すんなら兎も角、君に僕は殺せない、分かってると思うけど僕は――……」
不老不死だと言おうとして、僕は言葉を止めた。
唇を掌で覆う。
自称神様は言っていた。
彼もまた、勇者特典を持っていると。そして時と場合によっては、一つか二つ、何らかの特典を持っているのだと。もしそれが――僕を殺せるというものだったならば? これまでに来た勇者には、その特典の持ち主はいなかった。それは――……本物の勇者ではなかったからではないのか? ともすれば目の前の彼、そうでなくとも今後召喚されるだろう本物の勇者は、その特典を持っていない方がおかしい。各世界に一人本物の勇者がいるのだとすれば、あのような条件を出そうとも、必ずその勇者は、この世界へとやってきて――僕を本当の意味で倒すはずだ。殺すはずだ。勇者と魔王の関係とは、元来そう言うモノではないか。ならば、ここでオニキスの提案に従って、新しい勇者の召喚を待つなり、オニキスが本物の勇者だとするならば、機を見て殺されるよう仕向ける方が適作だ。
「……ちょっとロビンと相談してみるよ」
僕は短く答えた。
すると目の前で、勇者がホッとした顔をした。