20:土砂崩れの村


森を抜け、僕たち四人が最初に辿り着いたのは、≪ブラウンフォレスト≫という村だった。
それまで自然豊かな道だったというのに、いざ足を踏み入れた人間の国最初の街の姿は、悲惨だった。小さな村を囲むように、四つの山がある。そのどの山にも、ほとんど木の姿はない。土肌や岩が露出していた。
村全体は、入ってすぐの小高い丘の上から、全て見渡すことが出来た。
どの家も、柱が崩れ、傾いている。
土石流に襲われたことは、明らかだった。
村の中央にある高台の上の教会だけが、なんとか形を保っている。
「――アルト」
オニキスに名を呼ばれ、僕は慌てて顔を向けた。
彼の方が背が高いから、どうしても僅かに首を傾けざるをおえない。
「これから生存者がいる教会へと行く。その……神聖な場所などは平気か?」
「神様のご加護で苦しくなったりしません?」
続いたルイの言葉に、フランが溜息をついた。
「俺は人間だから平気だけど」
「特に今まで気分が悪くなったことはないよ」
僕が答えると、三人が頷いた。
それから、土砂で足場の悪い、石畳の道を僕らは歩き、教会へと向かった。
ギシギシと音を立てて、古びた教会の扉が開く。
教会にはいるなんて、何百年ぶりだろう。
綺麗なステンドグラスを見上げ、思わず僕は感嘆の息を漏らしそうになった。
「勇者様!」
そこへ、この教会の司祭らしき人が走り寄ってきた。
「魔王退治は、どうなりましたか?」
「成功した」
オニキスがきっぱりとそう告げると、周囲から歓声が上がった。
見渡せば、子供が、老婆が、老人が、女性が、男性が、様々な人々が、毛布にくるまり、震えていた。灯りはと言えば、聖書が載る台の左右にある、燭台だけである。
「では、もうこの村が災害に襲われることはないのですね!?」
若い青年が立ち上がり、オニキスに歩み寄った。
「ああ。魔王の手により災害が起きることはない。魔族達も沈静化したから、災害を引き起こしたりはしない」
フランとルイは静かにその言葉を聞いていた。
計画通りだという表情だった。
だけど――……僕は、このままじゃ駄目だと思った。すぐにまた土石流に襲われるのは、火を見るより明らかなのだから。
「これでまた林業ができます。勇者様、有難うございます。きっと新しく植えた木もすぐに、来年には大きく育つはずです」
青年のその言葉に、僕は我慢しきれなくなった。
「待って下さい」
すると周囲の視線が僕に集まった。だけど気にしている暇はなかった。
「前回土石流に襲われたのはいつですか?」
「一昨日です」
「すぐに雨がまた来る気配がします」
僕は目を伏せ、脳裏に魔法陣を想起した。村全体を守る結界を作るためにだ。
それを一段落させてから、青年に向き直った。
「土石流は、木の伐りすぎで起きたんです」
「え……?」
「木が山に水を蓄えてくれるから、本来は、雨が降っても土砂崩れは起きないんだ。だけどその木がないから、何度も襲われるんです」
「そんな……」
「第一、木の苗は、たった一年で大木に育ったりしません。数年、あるいは数百年かかるものです。木を植えていくとしたら、それは林業のためではなく新たな災害を防ぐためのものであるべきだ」
「じゃあ、この村はどうしたら良いんだよ!? 他に何の特産もないんだぞ!!」
青年が、僕につかみかかってきた。
思わずその手を振り払い、僕は俯きながら吐き捨てるように口にしていた。
「何もない? 生きてる貴方達がいる。どうやって生きていくか、生き残った者が話し合って決めればいい」
そう言うと、青年が言葉を失った。
その表情を見て、僕も思わず息を飲んだ。
「……魔王のせいで災害が起きていたんじゃないのか?」
「……」
「……木が育たないのは、魔王のせいじゃなかったのか?」
「……っ」
僕はなんと答えればいいのか分からなくて、オニキスを見た。
目が合うとオニキスは、フッと優しいような苦笑であるような表情で僕へと視線を返した。
「魔王は倒した。それでも災害が起きるようならば、魔王のせいではないと言う事になる」
「たった今、そこにいるアルトが、村全体に強い結界を張ってくれたから、雨が降ってもしばらくの間は、土石流を避けられる。その間に、村の復興をするんだな」
フランが杖で肩を叩きながら、ニヤリと笑った。
僕が結界を張ったと気づく辺り、流石魔術師だと思う。
「全ては御心のままです」
十字架を握り、ルイが静かに目を伏せ笑う。
そんなやりとりをしてから、僕らは教会を後にした。
「ごめん……」
僕はすぐに謝った。
ただ人々が災害に飲まれて死んでしまうのが嫌だった、だが、裏を返せば、『魔王の仕業じゃない』と自分から公言したようなものだ。僕は魔王なのだから、寧ろ僕がやったと言うことにしなければならないはずなのに。
「どうして謝るんだ?」
立ち止まった僕の隣に立ち、オニキスが首を傾げた。
「……」
上手く答えられずにいると、フランが村を見回した。
「これだけ強い結界が張れるんだな……魔王城に直通できたのが奇跡だ」
フランはその言葉を聞いていない様子で、腕を組みながら教会へと振り返った。
するとおずおずと、先ほどの青年も含めて、何人かが外へ出てきたところだった。
「僕、思うんですけど、確かにこの小さな街には、他に産業無さそうですよね」
僕にもそれは分かっていた。
感情的になっていたのだと思う。あんな風に感情的になるなんて、一体何時以来のことなんだろう。そう思えば、胸が苦しくなってくる。ああ、僕は何をやっているのだろう。被災者に八つ当たり? 最低じゃないか。
僕は、せめてもの罪滅ぼしをしたいと思い、両手を広げて、脳裏に魔法陣を描いた。
すると、四方の山に緑が戻り、大木が規則正しく茂った。
少しだけ時間を戻して、昔の緑を、取り戻したのだ。
時間を操作するのは、とても力を使うから、少しだけ疲れた。
足が縺れてよろめいた僕を、オニキスが支えてくれる。
すると先ほどの青年が走り寄ってきた。
「有難うございます、魔術師様!」
フランに対していっているのだろうと思い、緩慢に視線を向ける。
「ばーか。お前に言ってるんだよ、アルト」
「……え?」
「これからは、自然のことを考えて、木を伐りたいと思います」
涙ながらに青年に言われ、手を取られた。

僕は、ただ自己満足のために、緑を戻しただけなのだと思う。
だから感謝される資格なんか無い。

「アルト様――そして勇者様! ≪聖都≫までの無事のご帰還、お祈りいたしております」

やってきた司祭さんがそう告げ、十字を切った。
こうして、僕らの旅の一日目は終了し、まだ日の高い内に、山脈へと向かうことにしたのだった。