21:山脈の洞窟
丁度日が落ちた頃、都合の良い洞窟を見つけて、僕たちは野宿をすることになった。
僕にとっては、初の野宿だ。
二人一組で仮眠を取ることになり、残りの一組は、火の番と獣の襲来に備えることとなった。先に僕とオニキスが仮眠を取ったため、現在は二人で、夜更けの星空を見上げながら、火の番をしている。
獣自体は、フランが結界を張ってくれているから、滅多に寄りつかないだろうとのことだった。それからフランが余っていたのだという杖を、一本僕に貸してくれた。杖を無しに魔術を使うと目立つらしい。
夕食には、目玉焼きと厚切りベーコンを食べた。
朝ご飯は、キノコのシチューだそうだ。
旅とは中々豪華だなと思っていたら、街をたってすぐは豪華で、徐々に徐々に食べる物が少なくなっていくと聞いた。そうなったら今度こそ、僕は食べないようにしようと思う。それに僕は、基本的には眠るが、寝なくても魔術で体力を回復できるため、皆の疲労が溜まってきたら、一人でも寝ずの番が出来るようになりたいと考えていた。
「眠くないか?」
その時不意にオニキスに話しかけられた。
「うん」
「――じゃあ、少し訊いても良いか?」
「なに?」
僕が首を傾げると、座ったままオニキスが、こちらに向き直った。
「俺は、人間と魔族は、全く違う生き物だと考えていた」
「実際に違うんじゃない?」
「……じゃあ何故、さっき人間の村を助けたんだ?」
「命には変わりがないからかな」
オニキスが何を訊きたいのか、僕にはよく分からない。
勿論僕だって、僕がしたことなんて、ただの偽善だって事はよく分かっている。
あの村一つ救ったからと言って、何が変わるわけでもない。
そもそも救ったと考えること自体がおこがましいだろう。
あれは結局、ただの僕の自己満足の結果だ。
「あの村をそのまま見過ごせば、お前が口頭で説明しなくても、魔王が討伐されてなお災害が起きると、周囲の街に知らしめることが出来た」
「ごめん……邪魔をして」
「いいや。見過ごしていたらと、今考えてもゾッとする。それでは、俺の故郷を滅ぼした奴らと何も変わらない。俺を勇者たらしめるために、村を滅ぼした≪聖都≫の人間と」
「そうかな」
僕はたき火の炎を眺めながら、俯いた。パチパチと枝が燃える音がする。
「――どうしてお前は、そんな風に、寂しい顔をしているんだ?」
「え?」
唐突に言われ、首を傾げた。思いの外、明るい声が出てしまう。なのに僕は、笑うことは出来なかった。
「アルト。お前は、正しいことをした。良いことをした。俺が保証する」
オニキスはそう言うと、僕の方まで歩み寄ってきて、隣に腰を下ろした。
それからゆっくりと頭を撫でてくれた。僕の方がずっと年上なのだから、なんだか気恥ずかしい気がした。誰かに頭を撫でられた記憶なんて、ほとんど思い出せない。
「俺はな、恐らく魔王を倒すことで、みんなを救いたいと思っていたんだ。そのはずだった」
「うん」
それは正しいと僕も思う。
「だから、これから償いの旅をする中で、そしてお前に人間の世界を見てもらう旅の中で――救える人々がいたら、助けたい。協力してくれないか?」
「僕が?」
僕に出来る事なんて、限られている。何も出来ないことの方が多いかも知れない。
もっと極端に言うならば、何もする気が起きない場合だってあると思う。それはきっと、しても無駄だと感じた時だ。そしてしばしば、僕はその感覚を味わっている。
「そうだ。アルト、お前に、誰よりもお前に、今、頼みたい」
「どうして?」
オニキスには、フランだってルイだっている。
何もわざわざ僕に頼む必要なんて無いはずだ。
「お前は優しい」
「僕は優しくなんか無い」
「ただ優しさを諦めているだけだ」
「優しさを諦める?」
首を傾げると、不意にオニキスに抱き寄せられた。
「優しいことは、良いことだ。優しさは、罪じゃない。弱さでもない。強さだ」
「――……っ」
僕は、そうは思わない。
だけど、そう続けることが何故なのか出来なくて、思わずオニキスの胸元に、頭を押し付けた。何故なのか、泣けてきた。
僕は本当に、優しくなんて無いのだ。ただ、自分勝手なだけなのだ。だから、だからそんな風に言って貰う価値なんて無い。オニキスの方がずっと優しい。その優しさに、甘えてしまいそうになる。そんなことはあってはならないことだと、僕は良く分かっていた。だっていつかオニキスには、僕のことを、しっかりと殺して貰わなければならないのかも知れないのだから。
「俺がずっと側にいる」
「ずっと?」
そんなの無理だと笑おうとしたけど、僕には出来なかった。
そうして夜は更けていった。
朝方、僕とオニキスは、キノコのシチューを作った。
フランは中々起きてこなかったが、ルイは、規則正しく太陽と共に目を覚ましたらしかった。神官は規則正しくて、魔術師は夜型なのだろうと、僕は一つ学んだ。剣士というか勇者は体力があるから、どちらでも大丈夫なのかも知れない。
オニキスが無理矢理フランを起こしてきた時には、ルイが全員分のシチューを、お椀に取り分けてくれていた。
「美味しい」
ルイはいつも美味しそうに食べる。それがここ数日で分かったのだけれど、やはり自分が作った料理を褒められると、照れくさくなってしまう。
「ん、美味い」
フランがまだ眠そうな顔で、スプーンを動かしながら頷いた。
それらを眺めながら、オニキスが地図を広げる。
「今日中に山脈を下って、麓の街で一泊しよう」
「嗚呼、来る時にも泊まったところな。なんだっけ、ええと……」
「≪ボルケーノラミア≫だよ」
三人の話を聞きながら、そう言えば、昔はこの辺りに火山があったんじゃなかったかなと僕は思った。僕だって、一度や二度は、人間の土地に出かけたことがあるのだ。
それから僕らは、山脈を下った。
≪ボルケーノラミア≫についたのは、日が沈む手前のことだった。
三人は迷うことなく、宿兼酒場へと進んでいく。
僕は、おずおずとその後をついていった。
店の中は、大きな複数の声であふれかえっていて、思わず驚いてしまった。
その店の二階に、二人一部屋で、二部屋取り、僕らは荷物を置きに出かけた。
僕はオニキスと同じ部屋で、フランとルイが同じ部屋だった。
昨日の火の当番もそうだったのだけれど、何故この組み合わせなのかはよく分からない。
それから四人で合流して、下の酒場へと向かった。
空いている席を無理矢理探し出して、座る。
「何か食べたい物はあるか?」
フランにそう聞かれたので、僕は首を振る。そもそもどんな食べ物があるのか、分からないのだ。するとオニキスが立ち上がった。
「適当に選んでくる」
「あ、僕も行くよ」
そうしてオニキスと、ルイがカウンターの方へと向かっていった。
どうやらあそこで注文する様子だ。
残された僕を、フランがじっと見ていた。
「……?」
首を傾げると、フランがニヤリと笑った。
「昨日は、オニキスと随分話し込んでたみたいだな」
確かに話しはしていたなぁと思い出す。
「特に変わった話しはしてなかったと思うけど。起きてたの?」
「……俺的には、結構良い感じの雰囲気だったと思ったんだけどな。まぁ、起きてた」
「良い感じ? 良い感じって何? それと、遅くまで起きてるから、朝眠いんだよ」
「うーん……オニキスは苦労しそう。後な、俺は早く寝ても、朝は眠いんだよ」
「苦労?」
フランの話はいまいち分からない。
そんなことを考えていた時、番号札を持って、オニキスとルイが戻ってきた。
その番号札を見て、店員さんが食べ物や飲み物を持ってきてくれるのだという。
不思議なシステムだなぁと僕は思った。