31:重なる温度(★)
それ以降だった。
オニキスの些細な表情変化を見る度に、僕は何か伝えたくて慰めたくなって、だけど結局何も出来なかった。
≪学都≫での日々を数日過ごし、旅を再開してからというもの、一々僕は、オニキスの表情が、顔色が、気になって仕方が無くなった。
それは今まで以上であり、初めての心境であり、感情だった。
これが――恋人となることなのだろうか?
僕にはそれがよく分からない。
ただ、それでもだけど。
やっぱり恐らく僕は、恋をしているのだろうと、最近では実感しつつある。
一体何処を好きなのかと聞かれることが在れば、恐らくは上手く答える事なんて出来ないのだろうけれど。僕には契機なんて、何一つ無かったから。
――ただ優しくしてくれたからなのか。
――好きだと言われたから、意識して貰ったからなのか。
――あるいは死ぬために、愛する者を見つけなければならないと考えているからなのか。
何一つ僕には分からない。
足がすくむように、いつだって、途惑ってばかりだった。
「やっぱり都で一息つくと落ち着くよな」
旅を再開して直ぐに、フランがそんな事を言った。
「魔族の危険もありませんしね……っ、あ、その」
頷いてからルイが、気まずそうに僕を見た。
ふるふると首を振り、気にしていないと微笑して見せた。僕のそんな様子に、安堵するようにルイが嘆息する。
――その時のことだった。
「俺と、アルトは付き合うことになった」
不意にオニキスがそう告げた。
「「!」」
するとフランとルイが目を見開いた。まさかこんな風に告げられるとは思っていなかったし、恋人同士とは付き合っていると言うことになるのだと、僕は漸くその時悟って、ハッとした。
「――そうか。え、いつから?」
「昨日だ。学都の図書館で」
「じゃあ今夜はお祝いですね」
三人のそんなやりとりを、まるで僕はこの場から乖離してしまったように、聞いていた。
自分が此処にいることに、壮絶な違和感を覚えた。
「大切にしてやれよ、お互いな」
フランが右側の口角を持ち上げて笑うと、左肩を杖で叩いた。
「僕は正直、オニキスの片思いで終わるかと思ってました」
クスクスとルイが笑う。
そこに流れていたのは、平穏で温かい空気だった。
だが僕はいつかこの空間が失われるのだろうと、確信していた。
僕は勇者に消滅させられる運命にある。それがオニキスだったらいいと、恋人同士だと思えば尚更思うのだ。愛する人……多分、に、その手にかけられて、死ねるのならば、どんなに幸せなのだろう。
後は僕が死にたくないと、ずっとオニキスと一緒にいたいと、この胸の煩い動悸を昇華させれば、いつでも死ねるようになるはずなのだ。
また、そうなれば、別に誰の手にかからなくたって、自殺だって出来るようになる。
――ただ、僕はこの旅を始めてから、多分贅沢になっていると思うのだ。
もう少しだけ、もう少しで良いから。
みんなと一緒にいてみたいだなんて、そんな事を考えるようになった。
人間では無くなった僕だけれど、それでも、人間関係を構築し、時に笑うようなそんな空間を知りたいだなんて思うのだ。
日本で生きていた嘗てはそれが上手くできなかった現実がある。
僕は、人見知りのコミュ障で、何一つ見ては居なかったのだ。
長い時を生きてきて、それだけは、少しだけ学んだように思う。きっと側にいてくれたロビンが、教えてくれたのではないかと思うのだ。
だからロビンに僕が死んだ時のために、魔術で残した手紙が届く前に、もう少しだけ、この生を楽しんでみたいと思った。そんな感覚、初めてだった。
僕は、此処にいても良いのだろうか。許されるのだろうか。
今でも頻繁にそれを考えるのだけれど、そんな事すら考えないように、自分を許容してくれる彼等の存在が嬉しくてならない。いつだって涙がこぼれそうになる。
僕には幸せを甘受する資格など無いはずなのに、なのに、なのにそれでも、一緒にいてみたいと我が儘なことに思ってしまうのだ。
僕は人――魔族をいっぱい死なせてしまったのに、僕のせいで。
僕は、僕が魔王であるせいで、”ソドム”に置いて数多の者を死なせてしまった。
直接的にではなく、間接的であるにしろ、やはりそれは、きっと僕の責任だ。
本来であれば、そんな僕がこんな幸せな空間にいて良いはずがないし、ましてや恋などしてはならないし、恋人なんて作ることなどおこがましい。
次の街に着くと、フランとルイがふらりと出かけた。
僕とオニキスは、噴水の前に置き去りにされて、再び二人きりになった。
「言っても良かったか?」
するとオニキスがそんな事を言った。僕には、何が正解か何て分からない。
ただ――少なくとも、オニキスに恋人だと思ってもらえていると勧化れば、胸が痛いほど疼くのだ。
「……うん。ただオニキスが、僕なんかと付き合った過去があると知られることは、余りよくないかもしれない」
「過去? 過去になんかする気はない。俺はずっとお前と一緒にいる」
ずっと。そんな事は有り得ないと僕は良く知っていたから、苦笑してしまった。
僕は、果たしていつまで彼と一緒にいられるのだろう。
「それとも、俺が一緒じゃ嫌か?」
「そんな事無いよ」
僕らがそんなやりとりをしていると、フラン達が戻ってきた。
両手には、紙袋が抱えられている。
それから宿へと向かうと、二人が紙袋から、酒やツマミを机の上に並べていった。
「今日は、オニキスとアルトの幸せを願って乾杯」
フランが楽しそうに笑ってそう言うと、オニキスとルイが酒の浸るグラスを傾けた。
慌てて僕も、グラスを持つ。
硝子同士が重なって高い音を立てた。
様々なチーズやサラミが並んでいる机の上を見据えながら、僕は一口お酒を飲んだ。
「で、オニキスの何処に惚れたんだ?」
「え、あ」
フランに聞かれると、途端に羞恥が募ってきて、僕は上手く答えられなかった。
それから、フランとルイが部屋に戻るまでの間、散々僕は質問攻めにされて、困りながら、酒の性で頬が熱いのか、それとも恥ずかしくて、頬が熱くなっているのか分からなくなった。二人が自分達の部屋へと帰り、オニキスと二人きりになった頃には、既に日付が変わっていた。
「――アルト」
先に風呂に入ったオニキスに、僕は髪をタオルで拭きながら、声をかけられた。
「何?」
「髪を拭いてやるから、こっちに来いよ」
「べ、別に良いよ」
「恋人が、風邪を引いたら困る」
続いたオニキスの声に、恋人同士とはそう言うものなのだろうかと考えて、僕は静かに歩み寄った。すると寝台の上へと腕を引かれ、僕は転ぶようにして、クズした正座のような状態で、寝台の上に座った。
僕からタオルを受け取ったオニキスが、髪を拭いてくれる。
なんだか気恥ずかしくなって、僕は俯いた。
そうして暫く大人しくしていたら、オニキスがタオルを投げたので、僕は櫛を取り出した。
静かに髪を梳いていると、苦笑するようにオニキスが嘆息した。
「なぁ」
「何?」
「良い香りがする」
「同じシャンプー使ってるのに?」
僕が首を傾げてから、櫛をサイドテーブルに置くと、その瞬間腕を引かれた。
「っ」
そのままオニキスの上へと僕が倒れ込むと、無理矢理位置を反転させられて、オニキスが、気づけば僕の真上にいた。
「お前が欲しい」
「え?」
恋人同士になったのだから、一応僕はオニキスのものであるのではないかと考える。
そうして首を傾げていると、首筋に、唇が振ってきた。
「ッ」
驚いて目を見開くと、切ない表情でオニキスが笑った。
「嫌か?」
「え?」
意味が分からず困惑していると、唇に触れるだけの鱚が振ってきた。
「俺は、率直に言って、お前を抱きたい」
「……ッ!」
瞬時に意味を理解して、僕は真っ赤になってしまった。
「駄目か? 嫌なら、我慢する」
「そ、その……」
なんと答えればいいのか分からないまま、頬がただ熱くなっていく。
「やっぱり無理だ。我慢なんて出来るはずがないんだよ、もう」
「オ、オニキス……ッ、んぁ」
そのまま服をはだけられて、胸の突起を唇で挟まれた。ちろちろと舌先で舐められる。
こんな感覚初めてだったから、僕は狼狽えた。
しかしオニキスの手は止まらず、もう一方の手で陰茎を撫でられる。
「フっ、ン」
手を上下に動かされる内に、中心が熱くなっていった。
それから紫色の小瓶を手に取り、オニキスが指を濡らした。
「それ、何?」
「フランの奴が名、初めてだったり久しぶりだったりするとキツイから使えって、わざわざ香油を渡してくれたんだよ」
「香油って何?」
僕が首を傾げると、オニキスが静かに笑った。
「痛くないようにする潤滑油だ」
「?」
何かこれから痛いことが始まるのだろうかと思案して、そう言えば城にいた頃、男同士の性交渉は後ろの孔で行うと聞いたことを思い出した。
「ま、待って。まさか、え?」
オニキスは、そう言う好意を僕にする気なのだろうか?
びっくりして目を瞠っている内に、オニキスの指が、僕の中へと入ってきた。
「ンあ……ひ」
ぬめる感触がして、するりと指が入ってくる。
「や、やだぁッ」
慌てて腰を引こうとしたが、片手で左の手首をキツク掴まれていて、動けない。
「う」
冷たいその感触に体が震えた。
それから指は、一本、二本と増えていき、縦横無尽に蠢き始めた。
「あ、ハ」
吐息をする度に声が漏れてしまう。同時に涙もまた零れてくる。
「!」
その時指にある一点を掠められて、僕は目を見開いた。ビクンと体が跳ねた。
「此処が良いのか?」
僕の姿に微笑して、その箇所ばかりを、指を揃えてオニキスがつき始める。
「や、ヤダ、ッ、止め……ンあッ」
ゾクゾクと不思議な快楽が背筋を這い上がってくる。こんな感覚知らなかった。
その内に香油と言うらしい代物の冷たさはなくなり、タダグチャグチャと音だけが響くようになる。
「うあ、あッ」
僕が喉を振るわせると、オニキスが優しい顔をした。
「入れても良いか?」
「え、う、ン」
最早訳が分からなくなっていた僕は、曖昧に答えた。
睫の上に涙が乗っているのが分かる。
その瞬間だった。
「うああア――!!」
それまでの指とは違う、何か大きくて硬く、太い者が中へと入ってきた。
「や、いや、アッ、ひ、ンア――!!」
僕の眦からは涙がこぼれ、中へとオニキスの陰茎が入ってきたのだと分かる。
ゆっくりと突き入れられたそれは、全て入りきると動きを止めた。
「大丈夫か?」
「あ、ああっ」
大丈夫なはずがなかったが、上手く言葉が出てこない。
内部がまるで、オニキスのそれの形を覚えさせられるように、抉られていた。
「動いても良いか?」
「っ」
しかし聞いているというのに、その時既に、激しくオニキスが腰を押し付け始めた。
「あ、ああ、ン、うあ、あああ――!! ひゃ、ッう、うあっ、やぁああ!!」
そのまま何度も打ち付けられて、僕は次第に訳が分からなくなり始めた。
時折浅く腰を引かれては、ゾクゾクする箇所を突き上げられて、声と一緒に涎が垂れそうになった。
「ひゃッ」
その上、前を手で扱かれ、僕は、体中が熱くなって、熱に絡め取られていった。
こんな感覚知らなかった。
自分の体の熱さと、僕とは違うオニキスの体温。
それらが混ざり合っていくような不思議な感覚がする。
「出すぞ、良いか?」
「うあ」
上手く答えられないまま、僕は感じる場所を突かれ、前を手で扱き上げられて、あっけなく果てた。同時に内部に温かい何かを感じて、オニキスもまた精を放ったことを知った。
そのまま――僕は意識を失うように、眠り込んでしまったのだった。