1:ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカ(自称)
俺が騎士師団長になってから、半年が経った。
そんなある日、センリが泣きながら俺の所にやってきた。俺は騎士団長なので、騎士としてセンリの護衛をしているわけだが、この玉座の間には俺とセンリしか居ないし、そもそも護衛が必要なほど国民数がそろっていないし、魔族も居ない。
何故魔族がいない――出ないのかというと、よほど恨み辛みがたまっていたのか、宰相になった青坂が、仕事を放り出して(そもそも仕事があるのか知らん)、魔族討伐に朝から晩まで出かけていくからだ。もう青坂が騎士団長で良かったんじゃねぇのとも思うが、俺に頭仕事など出来るわけもねぇから、別に良いか。
「カイトー……リアスが、リアスがっ」
「あ?」
「『お前の召喚獣なんてろくに魔術も使えないだろ』って言うんだっ、うぁあああんん!!」
俺の学ランの顔を押しつけて、センリが泣き始めた。うわこれ絶対鼻水ついたな。
そもそも召喚獣(=俺)は、未だに魔法を使うという認識がいまいちわかないから、さして間違ってない。泣かれても困る。
「もうこうなったら戦争だ!」
迷わず俺は赤い扇子を開いてから、センリの頭に振り下ろした。パシンと小気味のいい音がした。なにが、戦争だ、だよ。
「お前な、王様ならもう少し国民のことを考えろ」
「ご、ごめん……だけどこのままじゃ、カイトが、ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカに負けちゃうと思って……」
「……あ?」
今俺の耳が、聞き取ることを拒否する長文カタカナが流れた。
「リアスが言うんだ。毎日言うんだ。ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカがどんなに優秀で強いかって……!」
「待ってくれ。なんだそれは?」
「本当、何だって言う感じだよね! カイトの方が絶対にすごいのに!」
「いやそういうんじゃなくて。ミ、ミカ……何?」
「ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカ?」
「ああ。なんだそれ?」
「リアスの召喚獣だよ。忘れちゃった?」
まさか、だ。
――花吹雪のことか? 嘘だろ? 何語だ? フラワーは英語だよな? フォ、フォン? それは……英語、か?
大混乱した俺は、思わず眉間にしわを刻んだ。唾液を嚥下すると、妙に大きな音が周囲に響き渡った気がした。俺が覚えている数少ないカタカナ三文字以上の人物だと、エルンスト・ギデオン・フォン・ラウドンはオーストリア人だったぞ。いやオーストラリアだったか? いや、リアだった気がする。リアのはずだ。しかし花吹雪は、まごう事なき日本人だったぞ。なんだその名前は。どこから来たんだよ。
「お願いだよカイト。カイトの方が強いって戦って証明して……!」
赤い扇子を震える瞳で見ながらセンリが言った。
またくだらないガキの喧嘩が始まったのだろうとは思うが……ミ、ミカ……。
「あ、ああ」
ちょっと気になった。なんだ、その名前は。こうして俺たちは、一対一(+お互いの召喚主)での戦いをおっぱじめる事に決まり、場所を移動することになった。
「しっぽを巻いて逃げずによく来ましたね。この私、ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカの前に」
花吹雪が自信満々にそういうと、高々と杖(木の棒)を掲げた。
俺は思わず目を細めて、耳を疑っていた自分を恥じた。俺の聴覚は正常だった。恥ずべきなのは花吹雪の口だ。
「花氷の貴公子、エンペリオル・フラワーの諱とヒステリカの家名、フォンという称号に誓い、負けることはあり得ません。そうですね」
そうですねって……そうかもな。俺はもう名称的に敗北感を味わった。なんだよ、諱って。諱? 聞いたことがねぇぞ俺は、そんな日本語。それに称号? それはまだいい。しかし家名はどっから出てきた。ヒステリカ……? お前、花吹雪だろ? 家名って名字とはまた違うのか?
「いいでしょう、相手にして差し上げましょう!」
「……」
俺は頑張って笑おうとしたが、笑みが引きつるのを自覚した。無理だ。本気で理解できない。花吹雪は一体何がしたいんだよ。気づけば鉄パイプを握りしめていた。あんまりにもな出来事すぎて、俺はそれからどうやって帰路についたのかは覚えていない。ただ、花吹雪が召喚した『ギガース』と『ポカンポス』を鉄パイプで殴り飛ばしたのは覚えている。なんだか無性に悲しい気持ちになった。何やってるんだろう俺は……。
「流石はカイトだね!」
「……ハハ」
勝ち負けで言えば、俺は圧勝した。しかし心の中の大切な何かを根こそぎ花吹雪に持って行かれた気がした。カタカナは害悪だなと俺は改めて思った。いや、カタカナを恨む前に、花吹雪を恨めばいいのか? 何を恨めというのだ? そもそも俺はねちょねちょした感情は好きくねぇな。だが、何かにぶつけずにはいられねぇよ。なんだよ、エンペリオル・フラワーって!
そもそもの話だった。結構色々とついて行けない。だが、これでも俺はついて行くべく努力をしたのだ。特に会議に出て貢献したと思う。
――ちょっと話をさかのぼろう。
本当に、そもそもだ。
騎士団長にされたのは別に良い。騎士団長何をすんのかは知らねぇけどな。大体、団長なんて言われても、だ。俺の他に騎士団の人間は居ない。青坂だって宰相になったわけだが、宰相が何をするのかは知らないが部下は居ない。国王になったセンリの他にかろうじて居るのが、センリが元々居た国からつれてきた家臣だ。
要するにこの国は未だ何一つ決まっていないってわけだ。とりあえず住まいが落ち着いたのを見計らってその日は会議をすることになった。勝手に決めてくれって思ったが、俺は、ふと思い立って参加することにしたわけだ。何故ならば、カタカナが三文字以上の名称の何かが決まってしまうと困るのだ。『ー』が入るのはかろうじて許せる。
会議は、俺とセンリと青坂と、センリの付き人のラルア・サイザニィラという最近俺も顔見知りになった奴四人で行われることになった。場所は、青坂が魔王城そっくりなものを”取り出した”。現在はそこが王城と言うことになっている。
「会議室も用意してくれてありがとう、アオサ」
センリが微笑んでいる。
アオサ。何でも、自分が召喚したんじゃねぇから上手く翻訳魔技が発動しないんだと。
だから青坂は、アオサ・カミールと呼ばれている。名前が縮小される分には、俺は良い。
「今日はまずね、国名を決めたいんだ」
センリの声に、椅子に背を預けて俺は眉を顰めた。来た。ここで名前をいかにして短くさせることが出来るかが、俺にとっての命題だ。
「僕は、ハイルリルーアっていう名前だから、安直だけどハイルリルーア国にしようかと思うんだけど」
「無理だな」
俺が宣言すると、センリの笑顔が困ったものに変わった。だが、無理なものは無理なんだからしかたねぇだろ。すると青坂――アオサが、俺とセンリを交互に見た。
「そ、そうだ。リルーアとか、どうだ?」
事前に俺が長い名前は嫌だって言っといたからなのか、改善案を出してきた。よくやったアオサ。しかしこの国もすげぇな。魔王と勇者と召喚者が作る国って、いくら新しかろうとも、確実に大陸最強だろう。領土がそれほど広いわけじゃねぇけど、その分隅々まで気を配れるって問だろうしな。俺のバイト先のアクセ屋もそれが理由で、店舗を広げなかったんだったな。
「いいんじゃねぇの」
「う、うん。分かった! じゃあ、リルーア王国でいいかな……王国でも良い? 僕が王様でも良い?」
「いんじゃね」
「ありがとう……!」
センリが目をうるうるさせながら、俺に言った。俺は、赤い扇子で扇いでいる。この土地に来たら、一転して真夏並みに暑いのだ。だが、俺の学ラン(に見える衣装)は魔力を練り込んだ布で出来ているらしく、熱くも寒くもない。露出している皮膚だけが、若干熱いから、風を送っているのだ。時折センリはそれをみてビクリとする。そんなに恐ぇのかよ。
「それから通貨制度や単位や暦は、しばらくの間は大陸共通のものにしようと思うんだけど……」
「嫌だ」
俺が言うと、センリがびくびくしながら、アオサの顔を助けを求めるように見た。
「せ、センリ陛下? ほ、ほら、未だ国民の受け入れをしていないわけだから、新しく取り決めるには今のうちの方が良いだろう?」
「え、あ、うん……だけど新しい国民はみんな難民だから、大陸共通の……」
「嫌な記憶を風化させる意味を込めて、新しい国、新しい時代を知らせる意味でも、変えよう」
すげぇなアオサ。フォローキングと呼んでやろう。口から生まれてきたってこういう奴のことを言うのかもな。
「じゃあ単位や暦はどうするの?」
センリの声に、ぴしゃりと俺は赤い扇子を閉じた。片手では金髪をいじる。
「通貨は円、長さはm、一年は十二ヶ月、一日は二十四時間」
それ以外俺には受け入れられる気がしない。無理だ。
「別に他でも良いけどな。俺は家から出ないから、誰かに買い物だけやってもらって過ごす」
「ま、待って! 困るよカイト……」
困っているのはいきなりこんな状況になっている俺だ。
「だってカイトには毎日騎士団を訓練してもらわなきゃならないんだから! 分かった、単位は変えるから!」
「あ、そ、そうだ。現在の通過との換金とかは俺がやるから。な、陛下?」
アオサは空気が読める。本当、助かる。そもそも俺にガキの相手なんて無理なんだよ。今度は王様ごっこが始まったようにしかみえねぇんだよ。
というはわけで、俺は会議に出て単位の制定にも貢献し、花吹雪との戦争(?)にも勝ちという、なかなかに忙しい騎士団長となってしまった。
ちなみに難民の中から、志願者を募って、俺は騎士団を作ることになった。
軌道に乗ったら師団数を増やすことになっているが、まだ一師団しかない。
俺的には一つで良い。むしろいらねぇ。
はじめこそ俺は、騎士団のメンバー全員に銃を持たせようかと思った。そうすれば確実に、この大陸最強の騎士団になるからな。だが、扱い方を教えるのが面倒で断念した。そのため、精鋭(と言うことにしてあるが、あみだくじで俺は選んだ。俺のカンははずれない)にだけ、銃を持たせて、他の騎士にはナイフ投げの練習をさせている。くじは良い結果をもたらしたらしく、俺は現在では『隠れた才能を見抜く天才』だと謳われている。
なお、俺もやっとこの世界の名前と大陸名を覚えた。
この世界は、幻狼楼と言うのだ。
そしてこの大陸は、犬我愛大陸。
その中の一角がこの、釣瑠璃王国だ。
俺は自分の手で、漢字に起こすという大変困難な手法を身につけたのだ。この手法を身につければ、花吹雪も敵ではない。
なにせ、花吹雪帝だ。俺はこの能力を、”RUBY”と名付けた。俺にしては凝った。
「ちょっと良いか?」
その時、廊下でラルアに声をかけられた。ラルアは三文字以下なので俺も覚えられる。
ラルアは、ラズベリー色の髪と目をしていて、健康的な肌の色をしている。
「あ?」
「もう少しセンリ様に丁寧な対応をしてはいただけないか?」
「……」
なお、俺はラルアがあんまり好きではない。俺の学校には居なかったが、コイツは世に言う風紀委員か何かなのではないのかというくらい、規則規則規則うるさいのだ。
だから単位決めにも出たってのもある。
ぜってぇ、アオサ(略)とコイツだけなら、単位は俺の見知らぬものへと決まっていたはずだからな。許されるはずがねぇ。これからここで生きていくのだとすればな。郷には入れば郷に従えではない。郷には入れば、俺色に染め上げるべきだろ。
俺よりもわずかに背の高いラルアは、アオサと同じくらいの背丈だ。
だが不思議と見下されている気はしない。
――恐らく、口調と表情は厳しいのに、耳の横にたれてふるえているウサギ耳のせいだろう。ラルアは、兎亜人なのだという。プルプルしている。こいつ、本当は俺のことが怖いのだ。それが分かっている分、だが言葉は苛立つものだしで、俺は言葉に悩んだ。勇気はあるのだろうが、(笑)と思ってしまう。(笑)だ。(笑)。感情が身体部位に率直にでるって嘆かわしいな。
「悪いな、気をつける」
「あ、ああ。そうしてほしい……所で騎士団長」
「ん?」
「そろそろ街中にも警備のために騎士を配置したいのだが、候補の騎士は居ないか?」
「あー、探しとくわ」
そんなやりとりをしながら、俺は騎士団員の顔を思い出すことにしたのだった。