2:番外編(早)〜食事編〜



さて。
リルーア王国に、もうすぐ始めてとなる春が訪れようとしている。
俺が騎士師団長となるまでの間に、魔王との激戦(?)や大陸の移動(徒歩)があったので、気候も大きく変わり、この土地に建国されてからは初めての春の気配が来たのだ。
俺がそれに気がついたのは、土手にフキノトウが顔を出していたからだ。
――この大陸、食生活がなかなか非凡だ。
主食はロッテロッテという、芋をドロドロに溶かしたおかゆもどきである。俺はおかゆが嫌いだ。ちょっと柔い飯も嫌いだ。固い白米こそが正義だと思っている。そしておかずが二品というのが基本だ。これは、肉と肉だ。大抵肉と肉だ。多くの場合、生の肉と焼いた肉だ。生の肉の方は、見た目こそ肉だが味は刺身だ。未だ許せる。ジャージャーという醤油みたいなものと、ガニヘルテというワサビのようなものをつけて食べるのだ。しかし焼いた肉の方が許せない。俺は元々肉の脂身が食べられないのだ。死ぬほど嫌いだという次元を超えていて、素で吐く。そのため、三食焼き肉付きは(刺身も付いているが)、あまり喜ばしい事態じゃねぇんだよな……。そしてこの大陸、どこへ行っても野菜が出てこない。あれだな。農耕を覚えてねぇんだろうな。狩猟民族の血ONLYなのだろう。
しかし俺は、呟けばマックのチーズバーガーが降ってくるのでさして困っていない。
最近はロッテリアのチーズバーガーを降らせることも増えてきた。
そんな俺が、帰宅しようと土手を歩いていて見つけたのが――フキノトウだ。
「……」
これはお告げか?
俺にフキノトウ味噌を作れというお告げか?
珍しく俺は真剣に悩んだ。味噌はある(取り出せる)。面倒だからこれまでやってこなかったが、精米と炊飯器もおそらく取り出せる。魔王を取り出せたくらい何だから発電所も取り出せるかもしれない。
気づくと俺はしゃがんでいた。そして、無意識にフキノトウを採りはじめていた。

帰宅した俺は、それまで家具がなかった一室をじっと見た。

騎士団長になると同時に大豪邸と広大な領地をもらったのだが、未だ何にも手をつけていないのだ。寝室と風呂とトイレにしか今まで用など無かった。はっきり言ってようと不明の内装設備にされると困るので、中には何もない。水道すらない(ミネラルウォーターを取り出せるからな)。だが俺はこの時漸く決意した。春の訪れと共に、我が家にキッチンを作ることを。
まずは冷蔵庫を取り出した。左の壁に配置してみる。おそるおそる中をあけると、電気を入れた覚えはないのに、中にはきちんと明かりがついていた。よし。
それから水道を取り出しガス台を取り出し(世に言うシステムキッチンを取り出した)、家電製品を取り出し、見た目は完璧にした。
「米」
呟くように呼ぶと、10kg入りの米袋が出現した。
良い感じだな。
後は炊くだけだ。
そこで俺は肝心なことに気がついた。
「……――!! 米の炊き方が分からねぇ」
なんということだ。適当にといでセットすればいいと思っていたのだが、一合とか二合とかが何を刺すのかが分からねぇ。米袋には、計量カップが一緒についてきたが、これをすり切りいっぱいで良いのか? 失敗すれば俺の嫌いな柔らかーい白米になってしまうぞ。どうすればいい?
「ちょ、アオサ」
反射的に俺は名前を呼んでいた。別にアオサのみそ汁を作ろうとさらに意気揚々とした訳じゃねぇから。結構好きなんだよな、アオサのみそ汁。いや、そうじゃなくて。
「……どうかしたのか、カイト。今、千の軍勢相手に――」
「ちょっと米炊くの手伝ってくれねぇか?」
「米?」
アオサを見ると、どこの魔王だよ(まぁ魔王本人か)という、真っ黒い服に紫色のマフラー(?)に、ひらひらのマントを着ていたが、頬も含めて全身が魔族の血(?)で汚れていた。俺が作ったばかりのキッチンの床に、黄緑色の水たまりが出来ていく。本当にこやつは大魔王だよ。千の軍勢とかいっていたが、この国側(むしろ人間側)から参加しているのは、戦っているのはアオサ一人である。宰相業務どこいった。
「一合ってどうやってはかるんだ? とりあえず三合くらい炊きてぇんだけど」
「ああ、ちょっと待っててくれ。二分待っててくれたら、俺が炊く」
「おー」
二分か。千の軍勢とやらを二分で、る気らしくアオサの姿が消えた。
魔法って便利だよな。
一秒でも遅れたらみそ汁も作らせようと思って待っていると、三十秒でアオサは戻ってきた。服まで着替えていた。
「実は俺も炊いたこと無いんだけどなぁ」
アオサはジャージ姿になっていて、首元をゆるめながら、俺の隣にしゃがんで米を見据えた。俺はちなみに学ランだ。センリに悪ぃからな。着ている。そりゃあもう学ラン三昧だ。
「ここに2って書いてあるし、これが二合なんじゃないか?」
「馬鹿かお前。カップの半分で二合ってありえねぇだろ」
「あはは」
笑えなかった。なんということだ。さっきの炊くとかいう自信はどこから来た。使えねぇな。こうなってくると、だ。
「……いや」
俺は、ミカ(略)の顔を思い浮かべた頭を揺らして、何も過ぎらなかったことにした。
しかし俺の魔力は偉大だった。

「は?」

なんと明らかに洗濯物を干している途中だった風の花吹雪が出てきてしまったのだ。
「な、なんですか、いきなり」
花吹雪が反射的に洗濯物を放り出し、木の棒を握った。顔面が真っ赤になっている。あー分かったこの反応、花吹雪帝(ミカ・エンペリオル・フラワー・フォン・ヒステリカ)様が洗濯物を干していたなんて恥ずかしくて言えない、って顔だ。投げ捨てられた洗濯物は、ピエロ服だ。明らかにリアスの服だな。うわー、偉いな花吹雪。
「帝くん、こんにちは」
アオサが満面の笑みを浮かべた。コイツ本当に人当たりが良いよな。
「襲撃ですね、そうですね。加勢します!」
「あーその……」
面倒くせぇかなと思ったが、そうでもなさそうだったので、俺は使えるモノは使え精神を発揮する決意を固めた。
「てめぇさぁ、米炊いたことある?」
「は? 馬鹿にしているのですか。お米くらい家庭科の調理実習で完璧に炊きあげましたが何か? いくら僕が大富豪の末息子で家事に疎そうに見えるからといって馬鹿にしないでいただきたい。お手伝いの方に習いました。何事も社会勉強ですから。生産チート、良いでしょう!」
「三合、はかってくれ――いや。待てよ、俺が三合食べるわけだから……アオサと花吹雪も食ってくか?」
「俺は食べる。帝君は?」
「へ? 何を食べるんですか?」
その言葉に俺は思い出して手を叩いた。
「フキノトウ味噌とアオサのみそ汁を作ろうと思ってるんだよ」
「……和食」
俺の言葉に、ポツリと呟いた花吹雪の瞳が、僅かに潤んだ。気持ちは分かる。
「俺コロッケが食いたいな」
しゃがんだままアオサが言った。
「ソースなら取り出せるぞ」
悪くねぇなコロッケ。俺とアオサは頷き合ってから、花吹雪を見た。
「――僕もごちそうになりたいですが、どうして僕を見るんですか?」
「作ってくれ」
「は?」
「まさか作れねぇのか?」
ここまで話を盛り上げておいてそれは酷い話だ。まぁ盛り上げたのは花吹雪ではないが。花吹雪の出現で話が盛り上がるなんて絶対に貴重だぞ。
「つ、作れますが……取り出せばいいでしょう!? そうでしょう!?」
「手作りが良い」
「帝君は良いお嫁さんになれるな」
このようにして俺とアオサは押し切り、花吹雪の料理の腕前披露が始まった。
白米を堅めに炊くところから花吹雪に押しつけて、俺とアオサは、ダイニングテーブルを出現させて座った。俺は思う。アオサは結構良い性格をしている。
「だけど意外だな。急に料理なんてどうしたんだ?」
「さっきフキノトウが咲いてんのみつけてな」
「フキノトウ? まさかそれを食べる気で?」
「おぅ」
「へぇ。それも意外といえば意外だけど。どちらかというと、これまでにもてっきり一人で何か食べてると思ってたから意外だったんだよ」
「マックか?」
「あーそれは羨ましいけどな。なんていうの、普段小食だから」
断じて違う。焼き肉の方のおかずが食べられないだけだ。MAXおなかがすくと、脂身だけ切り離して食べているけどな。
「俺が三回お代わりする間に、三口分くらいしか進んでないから心配してたんだよ」
「いやそれお前が食い過ぎ」
そんなやりとりをしていると、花吹雪がこちらへと歩み寄ってきた。
ねぎらいを込めて、俺はコーヒーを出現させてやる。
そうして三人で座った。
「後は、かにクリームがさめるのを暫く待ちます」
クオリティ高いな花吹雪。コロッケってかにクリームコロッケかよ。
「それにしても最近は、大陸が平和だとのこと、流石僕です」
「それつっこみ待ちなのか、帝君」
俺は赤い扇子で扇ぎながら、二人を眺めた。
まぁそんなこんなでダラダラしてから、俺達は久方ぶりの和食を食べた。花吹雪は(神)だった。

騎士団員を選ぶことなどはすっかり忘れていた俺だった(ちなみにかにクリームコロッケに夢中でフキノトウのことも俺は忘れた)。