4:福音書(日記)
なんでも、魔王を倒した功績で、センリが聖人に列せられることになったらしい。
この大陸のほぼ全ての国は、魔王退治後、その国独自の聖典を追加して新しい宗教を作るのだという。
まだリルーア王国は正確には稼働していない。
もう少し国中を整えて、法整備し、宗教なども布教する用意をしてから、やっと大陸中から独立国としての扱いを受けるのだという。
「そこで騎士団長には二種類の文献の執筆をお願いしたいのです」
珍しく、センリの側近のラルアに単独で声をかけられたと思ったら淡々とそう説明された。
「センリ様に関するものを一編。使徒である貴方ご自身のものを一編」
「何を書けばいいんだよ?」
そもそも俺はこの国の文字をなぜなのか読めるが、かけるのか怪しいぞ。
まだ試したことはないが。
書く時はいつも日本語書いている。
「一つ目は、センリ様のこれまでの偉大で慈悲深い行動の記録です。そして今後もおそばにいらっしゃる限り永劫に」
要するに観察日記を延々とかけということか。
なんたる苦行だ。
夏休みの朝顔は初日に枯らす俺にとっては難易度が高すぎる。
しかし垂れた兎耳を震わせながらも怖くないふりをして俺と喋っているラルアを見ていると、マァ聞いてやるかという気にはなる。
「二つ目はあなたご自身の活躍の軌跡を綴ってください」
赤い扇子で仰ぎながら、俺って活躍どころか活動してねぇだろと思った。
「定期的に取りに伺いますのでよろしくお願いしますね」
そう言うとごっそりと羊皮紙の束を渡された。
両腕で抱える量だった。
面倒なので、普通の紙に書こう。
「昨日は、巡回する騎士の選定もありがとうございました」
「それは副団長にいってくれ」
「すでにお伝えしました」
「それよりちょっと座らないか? 聞きたいことがあるんだ」
俺は羊皮紙を抱えたまま、テーブルセットを取り出した。
するとラルアの耳がビクンとはねて、一瞬立ち上がった。そんなに俺が怖いのか。一体俺が何をしたっつーんだよ。
なんだかシャクに触ったが、それでも素直にラルアは座ってくれた。
四人掛けの椅子だったので、椅子の一つに俺は羊皮紙を下ろした。
「聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「なんでどの種族も含めてだけどな、女の人がいないんだ?」
Tパックを入れたままの紅茶のマグカップを差し出すと、恐る恐るラルアが手を伸ばしてきた。
「この大陸には呪いがかかっているからです」
「呪い?」
「初代勇者がそれはもう女人におモテになったそうで、当時は女性だった魔王は愚か、女神様まで惚れ込んでしまったらしく、以来勇者様の魂がこの大陸の何処かに転生しても、決して"どれいはーれむ"が構築されないようにと、女神が呪いを掛けたのだと言われています」
「よくわからないな。それじゃ今は女の人はどこにいるんだ?」
奴隷ハーレムってなんだ……?
「大陸の東に、海を挟んで島があります。コーコデリックニアニアウルスエア島です。そこに女性だけの国が存在します。なのでこの大陸で女児が生まれた場合も、女神の呪いから避けるためにそこへと送ります。生まれた女児への呪いは、"ひんにゅうか"と言われていますが、身体的な呪いに属すること以外はまだわかっていないそうです」
貧乳?
とりあえず初代勇者は、よほどの色男だったんだろうなと思った。
そして当面の俺の目的地は、女性の国に決まった。
女の人しかいないんだからハーレムだ。
呪いなんてといた方がいいだろうからな!
それから俺は家へと帰った。
ノートを二冊取り出して、黒い極太マジックの蓋を抜く。
片方にまず大きく、センリについて、と書いた。
もう一方には、福音書(日記)と書いた。
センリの方はあった日に書けばいいと思うことにして、一応出会ってから今日までのことをつらつらと書いてひとまず終わりにした。
問題は日記の方だ。
なんか神々しい感じなので、後でお札とかお経とかねじ込んでみようか。
まぁ今は特に書くことがなかったので、明日から書くことにした。
明日できることは明日する。
それが俺の正義だった。