5:領地経営編(1)
それはそうと、センリと街の視察に行くことになっている。
そこには当然俺の領地だって含まれているわけだ。
だが俺はまだ一度も領地をいじっていない。つい先日までの我が家と一緒だ。
領地と運営資金をもらって、もらったままってわけだ。
そろそろ形だけでも何とかしないとまずい。
領民もいねぇしな。
ーーとりあえず仕事と家がないと人は来てくれないだろう。
俺はだだっ広い草に覆われた盆地を一瞥しながら腕を組んだ。
何人くるかわからないが、今後はいちいち手直ししたりできないかもしれない。騎士団の寄宿舎は何かあれば現在でも俺が手直ししているが。それに、家を立てるという仕事をしている人だっているだろうしな、仕事を作る形でうまいこと街を作り上げていけると良い。それに気候面に問題はなさそうだから、できれば米を食う文化を広めたい。切実に広めてぇ。だとすれば。
「水だな」
決意した俺は、下水を盆地のしたに取り出して、山の奥に下水処理場を作った。
それから田畑にすると決意した場所には人工的な水路を出現させた。
そして田畑が広がる側とは逆に、石畳の通りを幾つか用意した。
所々に、井戸と水道を設置する。
これならば大工さんも仕事をしやすいだろう。
俺の父親は大工だった。
いっそ家も取り出してしまおうか悩んでいた時だった。
「この技術はどうなっているんですか??」
後ろから服を引っ張られて振り返ると、蛇口をひねって飛び跳ねている男がいた。
ローブを深々とかぶっていて顔は見えない。
「俺も知らねぇ。つぅか、お前だれ?」
「カロンと言う。錬金術師だ」
カロンはローブを取ると顔を洗い始めた。
橙色の髪をしていて、目が大きいい。
二十歳くらいだろうか、俺よりもわずかに背が低い。
「すごい! すごい!」
カロンは声を上げながら走り出した。うずくまったり、井戸に落っこちたりしながら街を見ている。危ねぇやつだな。俺は放っておくことにした。
そしてやっぱりモデルケースとして、一つくらいは家を立てようか考える。そして実行した。するとカロンが走って戻ってきた。
「すごい!」
「あー、どーも」
「この入り口のところの隣にある印にはどうんな意味が?」
「家紋」
家紋のなんて詳しくないが、なんか花っぽいものだろうと、適当にマークをつけておいたのだ。
「家を建てる錬金術なんて聞いたことがないです!」
「魔法……じゃねぇや、魔術らしいぞ」
「え……え?? も、もしかして、騎士団長の、"使徒カイト"様……? ここのご領主?」
「一応な」
「僕の工房も建ててくれ!」
「あ?」
首を捻った俺の前に、バッとどこから取り出したのか大量の羊皮紙をカロンが差し出した。
「この工房を立てることができたら、研究がすごく進むんだ。例えばこの、飛行機の研究とか、印刷機とか」
その言葉に羊皮紙をめくると、建築書の他、機械のようなものの設計図が並んでいた。鍛治場が一階にある、地下二階、地上三階も家だった。こういう家が、この大陸の平均的な家なのだろうか? 俺は街には詳しくないので知らん。
ただ印刷機には目が止まった。
これが普及すれば、大手を振って羊皮紙意外に文字がかける。
「建ててやるから、印刷機を作ってくれ」
ここに取引が成立した。
一人目の領民の獲得となった。
午後になり俺は、『大工さん大募集』の看板を作った。
未経験者も歓迎した。
するとポツリポツリと難民街で暮らしていた人々が顔を出し始めた。
種族は様々で、人間以外も多い。
俺は来てくれた奴らに家を立てる場所と、田畑の場所を説明し、山と森は手付かずであることを告げた。そして定住してたがやしてくれるという人に、場所を貸し出す札を作って配布した。田んぼの作り方や畑の作り方は、本を取り出して渡した。写真を見てがんばってもらうことにした。どうしてもわからない部分は、俺のところに来てもらって口頭で翻訳することにした。
そのうちに、カロンが顔を出して、日本語と現地語の簡易辞書を作り始めた。錬金術師ってなんでもできるんだな。
夜が来る前に俺は、一時的な宿泊場所を取り出した。テントを設置したのだ。
その頃のはこの街にも露店が出来始めていたので、店舗を構えないかと交渉した。
建築物の代金などを領地の運営費から、初回は出すことにしたのだ。
そして様々なものには税金を設定した。
そんなことを数日行っていたら、順調に住民は増え、田畑も形作られ始めて、家々も枠組みが出来上がって行った。
見回りをしながら、街作りって悪くねぇなと思った。
そう考えながら、おにぎりを食べようとした時、俺の手からおにぎりが消えた。
「??」
見ると俺のおにぎりを奪ったガキが、走りながらそれを食べている。
「っと、待て」
背中の服を掴み、引き止める。
「てめぇなにしやがる」
「……は、腹が減って……」
「だからって堂々と盗むバカがいるか!」
俺が怒鳴ると子供が涙目になった。俺を睨んでいる。
「買うかねなんかないんだよ!」
「親はどうした??」
「いねぇよそんな!」
「……いない? じゃあお前はどこで誰と暮らしてんだよ」
「……」
ガキは何も言わずに俺の手を振り払った。
緑色の髪をした少年は、ボロボロの服を揺らしてそのまま走り去ってしまった。
「なんだありゃ」
俺が眉を潜めていると、ひょいとカロンが顔を出した。神出鬼没である。普段は引きこもっているくせに。
「孤児院のグリーンだね」
「知ってんのか?」
「この領地から一番近い国有街には、孤児院が一個しかないから、すぐにわかるよ」
「どういう躾してんだよ」
「躾も何も、保護で手一杯なんじゃないかな。立退きを迫られているっても聞くし。それより、印刷機できたんだ」
「お! よくやった」
俺は赤い扇をパチンと閉じた。