6:領地経営編(2)
仕上がった印刷機は、おそらく昔で言うところのタイプライターみたいなものだった。
俺が想像していたものよりも、現代風だった。
日本とは文字は違うが、『あ』と記されたボタンを押すと、『あ』と紙にインクが付く代物だ。これならば俺が無理をして文字を覚えなくとも、最近日本語との翻訳辞書を作ってくれているカロンに日記(福音書)を渡せば、打ってもらえる。そうなると必要なのは紙だ。実は、農耕の本も書き写したいという声が沢山が上がっていたので、この領地には今、羊皮紙不足が訪れている。今は俺が紙を取り出して補っているが、どう考えても仕事にもなるし、紙作りの仕事も募集をかけた方が良いだろう。
そんなこんなで俺は、『紙職人募集』の看板を作り始めた。
するとすぐに人手が集まり、一部の大工が木製の機械作りを手伝って、どんどん紙作りの規模が大きくなっていった。それを眺めながら俺は、俺は今日もまたおにぎりを食べようとして――「ったく!!」
グリーンという名前らしいガキに、再びおにぎりを奪われた。
全力疾走で逃げていくお子様。
今日という今日は俺の堪忍袋の緒も切れたので、追いかけることにした。
そして孤児院まで行くと、なんだか揉めていた。
「兎に角このあたりは新しい道路になるから、さっさと立ち退いて貰わないと困るんだよ」
屈強そうな大男の言葉に、耳のとがった美青年が頬に手を当て困ったような顔をしていた。
ちょっと目を瞠ってしまった。視線を釘付けにされるほどの美人神父がそこには立っていたからだ。服装からして神父だろう。神父服だけは、この世界でも現実に近い。
「ですが……まだ次の行く当てが見つからないのです、もう数日待って頂けませんか」
「着工は今夜なんだよ。お前この前も今日には出て行くって言っただろう!」
「それが駄目になってしまいまして……」
金髪の神父さんが俯いた。
グリーンの手が、その脇腹に見える。神父様の後ろに隠れているつもりなのだろう。
それにしてもカロンも立ち退きが云々と言っていたな。
街作りを的確に行う以上、現在勝手に住んでいる難民達は、移動前提で仮宅住まいが現状である。なのだから、立ち退けと言われたら、こればっかりは仕方がないことだ。そうしないとセンリの国が上手く回らなくなってしまう。
だが、それとおにぎりを奪って良いか否かは全く別の話だ。
「おい」
俺が声をかけると、漸く俺に神父様と大男が気がついた。
「孤児院は、俺の領地に作ってやるから、素直に立ち退け。そしてグリーンをつれてすぐにでも引っ越してこい」
俺は赤い扇をバシンと閉じてから、グリーンを指し示した。
「おにぎり泥棒は犯罪だ!」
「よ、よろしいんですか……? 本当に? あなたは……?」
「騎士団長だ」
「え」
会話が続いた神父様が、いきなり口を手で覆った。
大男の方は、何故なのか全力で後ずさり俺から距離をとっている。
「あ、あの、冷酷非道で魔王軍を殲滅し魔王を虐殺したという使徒カイト様ですか……! い、命ばかりは……!」
そして俺は何もしていないのに、勝手に転んでしりもちをつき、両手で顔を覆い始めた。ガクガクと体が震えている。とりあえず、うん。すごく間違った嘘情報が流れていて、俺は怖がられているらしいと発見した。
「どうする? おにぎりをひきわたすか? グリーンを引き渡すか?」
神父様に振り返り、俺は気分を切り替えた。
だが発した台詞は切り替え前で、若干動揺が残っていたのか、意味不明になってしまった。おにぎりを引き渡すってなんだ。
「孤児院を是非あなたの領地に建設させて下さい。あの、その、予算がないのですが、どこかを安く貸して頂けませんでしょうか……」
「一時的には俺が取り出――建ててやっから」
まぁ領主って言うくらいだから慈善事業の一つや二つなんて思いながら、それから俺は孤児院の中へと連れられて入った。お茶を出してくれると言うからだ。
戦争孤児は、人間も亜人もいて、狭い木の小屋の中には布きれがいくつも敷かれていた。
ざっとみたところ、三十人はぎりぎりいないくらいだろうなと思う。二十数人だ。
そしてみていて嫌な気分になった。
グリーンが俺から奪ったおにぎりを、小さな男の子にあげているのだ。
「ああ、あの二人は兄弟なんですよ」
俺の視線に気づいた神父さんに言われた。名前は、イルラというそうだ。
「魔族の襲撃にあって、弟のブラウンの方は、足を怪我してしまって」
「……多いのか、そう言うガキ」
「ここにいる子供達は皆、多くは怪我をして保護されました」
「イルラはどうして保護を?」
「私自身が元々は孤児だったからです。神の道に入って以後も、先代の志を受け継いでいこうと思いまして」
そういうものなのかと思ったが、平和な現代日本で生きてきた俺には実感がわかない。
何せ魔王も、魔王(笑)だったしな。
とりあえずそれから、皆が準備をするのを見守って俺は領地に帰ることにした。
ガキが沢山ついてきて、隣には目を惹くイルラが立っているせいなのか、周囲からバシバシ視線が飛んできた。若干居心地が悪ぃ。
「この辺でどうだ?」
「こんな高級街によろしいのですか?」
「まぁ将来的にはそうなる予定だけどな、未だ家は出来てねぇし」
俺は頷いてから、孤児院を取り出した。孤児院というか、教会つきの小学校を取り出した。
「こんな高級な施設を……どうやってお返しすればいいのか……」
「とりあえず、人の食べ物を盗まない教育を全員にしてくれ」
「申し訳ありません」
「謝るなら実行しろ」
このようにして俺の領地には、孤児院が出来たのだった。
同時に俺はちょっと考えることが増えた。
おそらくだが、医薬品もいる。食物もいる。これまで漠然と考えていたが、今すぐ手元に必要な者がきっといる。
遠い目でみれば、農業などが進んでくれればだいぶましになるだろう。
だが、今日明日にでも餓死しそうな奴らや、怪我をしている奴らにはどうすれば良いんだ?
放っておくという選択しもないこともない。
それはセンリが考える対策であるとも言える。
だけど、城で暮らしているばっかりじゃ、そんな現実全く目には見えてこない。俺だって数日でちょっと知っただけだ。
――ただ、なんかヤだった。
せめて俺の領地だけでも、そう言うのはなくしてぇ。
翌日から俺は、作業をしている人々のために、豚汁を取り出すことにした。
大きな鍋一杯に用意して持って行くと、五分でなくなり、次の分を取り出すことになった。
中には泣きながら食べている者もいた。
以来、俺の領地では、一段落するまで炊き出しが日課となったのだった。
俺は偽善者なのかもしれねぇが、別に良い。なんとでも呼べ。
そんなこんなで俺の領地には着々と街が形成されていった。