7:領地経営編(3)


炊き出し効果が功を奏したのか、やはり空腹は最大の敵だったのか、皆の作業能率が上がった。そして初代紙職人さんは、見事和紙のようなものを作り上げた。
それも手伝ってから、日に日に写本したいという要求や、新しい書籍を読みたいという要求が俺の耳に入ってくるようになった。そこで俺は決意した。図書館を作ろうと。
沢山の必要そうな本をしまっておけば、俺に言わずともそこから好きな本を選べるだろう。
そう考えて俺は、図書館を取り出して、街外れに設置した。
三十五人に増えた言語専門の錬金術師達と十八名の紙職人が、カロンの指示の通りに並んでそれを見守っていた。それを見て思う。騎士団では副団長を任命したし、領地でも副領主を任命しても良いかもしれない。俺は雑務が嫌いだ。
図書館が開放され、一気に人がなだれ込んでいくのを見守りながら、俺はカロンの服をつかんで引き留めた。
「カロン、ちょっと良いか」
「なに?」
「副領主をやらないか?」
「やらないかって……えっ。だけどそう言うのって、仮にも領地がらみなんだから国王陛下から任命を受けないと……」
「センリ……様には俺から話しておくから。とりあえずこの調子で奴らをまとめてくれ」
「いいけど……どうして僕なんだ?」
カン、としか言いようがなかったが、それではあまりにも可哀想かと思って、肩を叩いて見せた。
「お前は信用できる気がするんだ」
実際それも本心だった。

さて、衣食住のうち、衣以外は何とかなった。
問題は服作りだ。
俺が見た限り、この大陸には、ピエロ服と麻製の服の二択しか存在しないようなので、文化的な侵略になってしまうかもしれないが、是非とも元々いた世界のような服装を広めたい(別に学ランを広めたいわけではない)。
とはいえ商店街も未だ建設中だし、服の原料となるだろう糸類もない。
ちなみにピエロ服にもきちんと意味があったそうで、魔族の目を回すための魔よけをかねていたらしかったが、アオサに確認をとったところ、なんの効果もないという回答が返ってきた。迷信って言う奴だな。

それはそうと俺は報告のために城へと向かった。

「副領主? カイトが決めたんなら良いよ」

走り寄ってきたセンリにギュッと抱きしめられた。小さな背丈の少年の頭を撫でる。本当に髪の毛が柔らかい。何より俺に懐いてくれているのが嬉しい。普段だったらうざってぇと思うのかもしれないが、最近はそうでもない。何せここは異世界だからな。とりあえず頭に『異世界だからな』とつけておけば、大抵のことを俺は許せる気がした。

「騎士団の方も、団長が忙しい間に力をつけるって行って、鍛錬の時間を倍にしているみたいだし、順調だね」
「そうなのか?」
「うん」

俺のあずかり知らぬところでそんなことになっているのかと思い、ならばよし騎士団にも顔を出してみるかと思い立った。


「団長!!」

城の外へと出ると、副団長のレノアが走り寄ってきた。
「今日は領地の方はよろしいんですか?」
「まぁな」
バチンと音を立てて赤い扇を開きながら、規則正しく更新練習をしている騎士団の面々を土手の上から見下ろす。皆学ランの上にマントを着ているような格好だ。俺の学校の応援団を彷彿とさせる。誰も学校には行かなかったのだが、応援団は存在したのだ。時折部活で、良い線まで行くところがあったからだ。
「だったらぜひ訓練を見ていって下さい。これで良いのか分からないこともあるし」
「今見てる。十分だと思うぞ」
俺はテーブルを取り出して、レノアを椅子に促した。
「何か困っていることはあるか?」
剣による撃ち合いが始まったのを横目に確かめながら尋ねた。
「やはり――武器の数ですかね……銃とナイフは必殺技として、普段は他国の騎士同様剣技をメインに据え置きたいんですが、質の良い剣がなかなか手に入らなくて」
「取り出してやりてぇのはやまやまなんだけどな……ん」
そこで俺はカロンのことを思い出した。
カロンはオールマイティな錬金術師だが、カロンの友人の錬金術師達は、言語に特化していたりと、何かしらの専門技術を持っている。武器屋をやりたいという錬金術師も確かいた。
「今俺の領地は、職人を集めてるから、腕が良さそうな刀鍛冶がいたら、騎士団で買い取って貰っても良いか? 安価にさせる」
「願ってもない話しだ。団長、なるべく早くそうして下さい」
レノアが深々と頷いたので、俺は剣を売り出そうと決意した。
それからしばらくの間、俺はレノアと雑談をしながら、演習風景を眺めていた。
やはり適材適所というものがあるのだろう。
俺がぼけっと眺めていた時とは異なり、規律正しく騎士達が行動している。
「皆、カイト様のお力になり、ひいては国を守ることが出来るようにと頑張っています」
「そっか」
嬉しいような何とも言えない感情になった。
とりあえず俺に出来ることは、国までは兎も角、最低限自分の領地を平和にすることと、頑張っているらしい騎士団を応援することだな。
赤い扇子で扇ぎながら、これからこの国はどんな風に変わっていくのだろうかと考えた。


そんなこんなで一ヶ月ほどが経ち、初夏が近づいてきた。
すると領地にある家に、カロンが尋ねてきた。
扉を開けると、カロンの後ろには、大工さんやら商人さんやらと様々な人々がいた。
「カイト様にお願いがあってきました」
「んだよ、改まって」
「同職の者達の集まりでギルドを作りたいという話が出ているんです。大工なら大工ギルド、製紙なら製紙ギルド、他にも商業ギルドや、農業ギルドなどを」
カロンの声に、俺は曖昧に頷いた。
「好きにして良いぞ。後でセンリ……様に言っておくけど、そっちで駄目だと言われたら解散だけどな」
そうしたやりとりがあって二週間もする頃には、各種ギルドができあがっていた。
その中に被服ギルドがあったので、俺は衣類の文化を変えるべく真っ先に門を叩いた。

「なるほど! こういうお着物があるのですね!」

俺には絵心なんて無いので、見本になる服を取り出して渡した。
同時にミシンなども取り出すと、またどこからよってきたのか錬金術氏達が観察を始めた。
「是非作ってみたいと思います、ミシンを!」
「いや、まぁ、それも頼むけど、ちゃんと服も頼んだぞ」
俺はそう念押しをしてそのギルドの館を後にした。


さて後は何をすればいいか。
決まっている、食文化を広めることだ。
稲作が広まってくれれば白米は食べられるだろうし、そばや小麦も取り出して渡してある。
問題は主食だ。魚を食べる文化がこのあたりにはあまり無いらしいのだ。
海で釣ってこいとまでは言わないが、この領地には大きな湖があるから、養殖くらいして欲しい。そこで俺は、釣り竿を沢山取り出して、街にいる無職の人々を集めた。舟も湖の所に用意した。
「現在までに仕事がない奴は、海の男になれ!」
「「おおおおおお!」」
よくわからないが、賛同を受けたようだったので、バシンと扇を閉じて俺は宣言した。
「魚は美味い! ただし寄生虫が怖いから、しっかりと煮るなり焼くなりして、刺身は安全性を確かめてから食えよ!」
他にも湖の水は、ここのものは、塩分が高いようだったので、塩作りも命じた。
大豆作りはすでに農家の人々に行って貰っている。
これで近々、味噌や醤油も出来ることになるだろう。

仕事も増えて、食べ物も増える。俺の考えた最高の領地(笑)だ。
……――本当は、もっともっともっとやるべき事は沢山あるのだろうと思う。
だが現状では、これが俺に出来る精一杯だった。
ただ口出しして指示を出して全部人にやらせているだけではないか、とは言わないように。