8:ゴミ箱の青年(素)


着々と街ができあがりつつあるので、俺は近々センリを街に呼ぶことに決めた。
センリが見たいみたいとうるせぇからだ。
さて果てどこに連れて行ったものやらと考えながらしばし歩いて、それから森へと入ってみた。ぽきりと踏んだ枝が折れる。
すると先客がいた。
木と木の間にハンモックをかけて眠っている青年は、帽子を顔に載せて日光を遮っている。
野宿をしている旅人か。
そう判断して通り過ぎようとしたら、風が吹いた。
帽子が俺の手元に落ちてきたので、反射的に拾ってみる。

「ん」

すると青年が目を覚ましたらしく、横になったままで俺を見た。
茶色い瞳と視線があった。ここは一応俺の家の裏なんだけどな……不法侵入だよな。
「あ……すぐに出て行くから」
「や、別に良いけど」
気まずそうに視線をそらした青年に言った。
しかしハンモックからするりと降りてきた彼は、俺の正面に立った。
背が高い。一瞬人間か疑った。
「ありがとう。実は街に来たばかりで」
「宿はちゃんとあるぞ」
「手持ちがないんだ。ちょっと人を探しに来ただけだから、連泊する気もない。気を遣ってくれてありがとう」
別に気を遣ったつもりはなかったが、その言葉が気になった。
最近の俺はカタカナ三文字以下なら――三文字以上でもおおかた、街に住み始めた人々の顔が分かる。一体誰をどんな理由で捜しているのか。場合によっては力になれねぇこともない。
「誰を捜してるんだ?」
「カイト様」
「あ?」
「魔王を倒したとされる、この国の騎士団長にしてこの領地の領主様の使徒カイト様を捜しているんだ」
ずいぶんと俺の肩書きは伸びたな。しかしこれでも省略されているのだ。本来であればもっと長い。俺ですらも覚えきれていないのだが、このまま行くと略称すらも覚えられなくなりそうで怖い。
「何でも取り出せるって聞いてる」
「まぁ、嘘だな。取り出せないモノもある」
スマホとかな。未だに出てこない。騎士団に携帯電話を配布したら絶対能率が上がると思うのだが。
「そうか……確かに”全て”は無理だろうと考えてもいたが……いやおい君さ、ペラペラそんな重要な機密を話して良いの?」
「重要な機密?」
「取り出せないものがあるというのは弱点になりうる。俺もそれを聞き出した不審者としての扱いは受けたくない。俺はただ、カイト様に取り出して欲しいものがあるだけなんだ」
「で、何を取り出して欲しいんだ?」
弱点ねぇと思いながら、一応聞いてみた。
すると迷うように視線を揺らした後、青年がハンモックに手で触れた。
「見ていてくれ」
一度俺を振り返って宣言し、それを手に当てた。
その瞬間だった。
パチンと高い音がして、ハンモックが消えてしまった。
「……見ての通り、俺は魔術師なんだ」
「魔術って……魔王と勇者しか使えないんじゃなかったのか?」
純粋に疑問に思って尋ねると、青年が眉根を下げた。
「怯えないんだな。カイト様の力で見慣れているのか?」
「まぁそんなようなもんだ」
「……じゃあこれも怖がらずに聞いてくれ。俺は二代前の魔王の子孫なんだ。っていっても、祖父以外は皆人間だし、魔族の血はほとんど流れていない。ただの先祖返りだ。本当だから! 祖父だって別に人間に害をなした訳じゃないし……」
この話が事実だとすれば、おそらくその魔王とやらも、俺達が元々いた世界から召喚されたのかもしれない。
「俺は、俺がこれまでに消してしまった大切なモノを取り出して欲しいんだ」
「抽象的だな。具体的には?」
「沢山ありすぎる。直接カイト様に話したい」
「カイトで良い。カイトは俺だ」
「本当か!?」
「あからさまに驚くなよ。お前、絶対そんな気がしてただろう」
「ま、まぁな。何せ場所が場所だし」
「ここが俺の家の庭だと知っていて泊まったのか?」
「それもちょっとある。ただまずは使用人あたりと話しをしてみる予定だった」
「使用人なんかいねえぇよ」
「らしいな。もっと恐ろしい相手を想像していた」
鉄パイプで殴り飛ばしてやろうかと思ったが、俺は人間相手なので赤い扇子を出現させた。
そして相手の言葉が真実なのか確かめようと、本日そろそろ捨てるべきなゴミ袋を取り出した。
「消してみてくれ」
「え、ああ。ただ一度消したら俺には取り出せないぞ?」
「ゴミだからな」
俺の言葉に青年が、袋に手で触れた。
瞬間またパチンと音がして、袋は消えた。俺はゴミ袋を取り出してみる。
「本当に取り出せるんだな……!」
「ああ。もう一回消してみてくれ」
するとゴミ袋は消えた。
これまで取り出したモノの処分に困っていた俺には、ちょっと有難い青年だ。

「お前名前はなんて言うんだ?」
「キセだ」
「この領地のゴミ処理場になる気はないか?」
「え?」
「ひたすらゴミの処分をしてくれたら、俺に取り出せるモノなら取り出すぞ」
「本当か? 分かった。じゃあ早速取り出してくれ」
「だから何をだ?」

まどろっこしいなと思いながら尋ねると、キセが悲しそうな顔で笑った。

「俺の弟を」

お前弟を消したのかとか、消すとどこに行くのかとか、そもそも魔王アオサと勇者(花吹雪)は規格外として人間を取り出せるのだろうかとか、俺は色々と言いたかった。
だが挑戦してみることにした。
スプラッタで出てこないことを祈りながら。

「キセの弟」

ポツリと呟くと、宙から悲鳴が聞こえてきた。

「ぎゃああああああ激突死する!!」

少年の声だった。落ちてきた少年は、死ぬことはなかったが、俺の真上に落ちたので、俺の全身が痛んだ。

「あ、おにぎり領主!!」
「お前……グリーンとか言ったな確か」
「生きていたのか!」

キセが走り寄ってきて、グリーンに抱きついた。
「ブラウンは?」
「お兄ちゃん……!? なんでここに!? ブラウンなら孤児院にいるよ」
なにやら感動の再会現場が始まってしまったので、俺は痛む腰をさすりながら、少し距離をとった。

そうか、人間も取り出せるのか。魔術って便利だなと思った。
ちなみに。
この出来事を、福音書(日記)に俺は書いた。
まさかそれが数年後、”使徒カイトの慈悲深い奇跡(1)”になるとは思っても見なかった。