【3】同じ歳の若手





 その後、魔導書をテストしてから、僕は朝食の誘いを受けた。
 笑顔で断ったのは、決して新さんの料理の腕が楪よりも劣っているからではなく、僕の空腹度の問題だった。一人きりになり、僕は、たまには街にでも行こうかと考えた。

 浮遊している不死鳥の塔には、鏡の街から、巨大な螺旋を描く石の階段が築かれている。そこに異世界の現地の人々が暮らしているのだ。魔導書を試したのは、塔の周囲の敷地だったから、すぐそばに階段が見えたのである。

 ぶらぶらと歩き始めて少しした時、僕はこちらを見てニヤっと笑った青年に気づいた。

「唯理」
「おはよう、眞山くん」

 眞山くんは、僕と同じ歳の魔導書製作者である。彼もまた日本から来た一人だ。ただし彼は、まだ魔導書の一冊しか出しておらず、自分のために魔導書を書いていたから、存在感の意味合いが少し違う。非常に優れた本を一冊、それで爆発的な人気を得たが、彼はなんというか魔導書執筆界隈の中で、新人といった扱いなのである。もしこうして転移のような事態にならなければ、今頃はもっと別の人気を博していたかもしれない。

「新しい魔導書、見せろよ」

 なにせ現在では、彼は書くのではなく、使う方に専念している。塔の攻略の最前線にいるのだ。綺麗に筋肉が付いた長い腕を、彼は僕に伸ばした。別段断る事でもないと思い、素直に魔導書を渡す。

「――ふぅん。陳腐だな。相変わらずお前の魔導書は、その、なんていうか、ありきたりでつまらん」
「ごめんね」
「……ま、使ってやるよ」
「いや良いよ、返して」
「使ってやるって」
「結構です」
「お願いします、使わせてください」
「ああ、うん、まぁね。僕も結局のところ、眞山くんが詰まってるだろう結界罠の解除を意識してそれを作ったから、良いんだけどさ」

 僕はしれっとそう言ってから、空を見上げた。

「横着してないで、君も制作したら?」
「唯理先生には叶いません」
「僕なんてまだまだだよ」
「『その調子、もっとおだてろ』――が、本音か?」
「うるさいな」

 いちいち絡んでくる眞山くんが、僕はあまり好きではない。だが――彼は、僕が好きらしい。僕に一歩近づくと、彼は僕の腰を抱き寄せた。

「お礼は、俺の体でどうだ?」
「……」

 僕は少し考えた。距離の近さに片目を細めながら、脳裏で楪の事を思い出す。眞山くんは僕とヤりたいという(上)、楪も僕とヤりたいという(下)――ならば、この二人でヤらせておけば、僕の労力は激減するだろう。

 ――こういった事態になる前は、実は彼もまた、僕が会ってみたい一人だった。何よりも彼の魔導書は斬新だった。胸を打たれ、強く惹かれ、何度も何度も僕は表紙を捲ってその調べに耳を傾けた。もう、これ以上の一冊なんて、この世界に現れないのではないかとまで思った。

 顔を合わせた当初、凶暴な猫のような顔をした彼を見ていると、話すことができて本当に良かったと思った――その日の内に、寝台に誘われなければ、今もそう思っていたかもしれない。

「どうせ最近、楪だけだろ? 溜まってるんじゃねぇの? 断言する。お前にはタチの才能は無い。優しい手腕でそこそこ満足させてやれるかもしれないが、唯理はネコだ。間違いない。そろそろ俺とヤりたいだろ」

 響いた言葉に、僕は溜息を吐いた。眞山くんは、自意識過剰である。

「仮に僕がネコだとしても、だ。別に、その相手が眞山くんである必要性は無い」
「っ、おい……――暁には、新さんがいるんだからな」
「は?」
「朝、歩いてただろ、嬉しそうな顔して」
「頭おかしんじゃないのか? 万事全てをシモに結びつけて考えるのをやめてくれ」

 見ていたのかと頭痛を覚えながら、僕は目を細めて腕を組んだ。

「その時に声をかけてくれたならば、今頃眞山くんの手にはもう一冊最高の魔導書があったと思うよ。暁さんの魔導書は、今回も傑作だ」
「本当にそう思ってるのか? お前以上?」
「――あたりまえだろ。僕と彼では方向性が違うから純粋に比較することはできないけれど、あの曲と理論は、誰にも真似できない」
「へぇ。そこまで言うんなら、後で見せてもらいに行ってくる」
「今すぐ行ったら?」
「いや、今は良い。今は、お前が欲しい」

 そう言って、何気ない調子で眞山くんが僕を抱きしめた。ギュッと腕に力を込めてから、まじまじと僕を見る。されるがままになっている僕も僕だが。

「街のラブホ行こうぜ」
「……――別に良いけど」

 僕は、流されたのではない。実際に、相応に溜まっていたのだろうと思う。楪では満足できないというつもりはない。僕は、はっきり言えば、楪に突っ込んだ事は無いのだ。抱いてくれと泣くから、指と口でご奉仕しているに過ぎない。だが、かといってネコというわけでもないのだ。

 未成年には罪悪感があるのだ。だが、眞山くんにならば、同意でもあるし、何をしてもある程度は許される。ひっくり返して僕が突っ込んだとしても、誰も咎めない。

 こうして僕らは、宿屋に向かった。ラブホというのは、皆がそう言う用途で使うから、そう渾名されるようになってしまっただけで、現地の人々からすれば、普通の宿泊施設である。昼から酒場が開いている。一階部分が酒場で、現地の”冒険者”達に依頼を出していて、二階が宿だ。塔の攻略には、現地の人も多い。それが魔導王の意思だからだ。

「シャワー、浴びる?」
「ん、別に。俺は気にならない」

 施錠しながら僕が聞くと、そう言った眞山くんが、後ろから僕を扉に押し付けた。

「ちょっ、ベッド――」
「待てない」

 おあずけができない犬のように、眞山くんが後ろからがっついてきた。僕のローブを背後から器用に脱がし、その下のシャツのボタンを外し始める。脱ぐのが面倒だから、これはこれで楽で良い。そう思っていたら、胸の突起を指先で弾かれた。

「別に愛撫なんて不要だよ」
「んー、それは俺の好み」
「へぇ。初対面で僕を強姦した人間がよく言うね。あの日は、愛撫、無かったけど。いきなり突っ込まれた」
「我慢できなかった」

 僕も大概だが、コイツも本当ダメだなと僕は思った。