【10】愛の囁き(★)
寝室へと移動し、僕は鍵をかけた。この部屋は防音だったなと思い出しながら、眞山くんを一瞥する。この家で、眞山くんと寝たことは一度もない。眞山くんは、僕が楪とする時に使っている魔法薬のローションを見ていた。そして僕の視線に気づくと、嘆息した。
「もう俺も、なりふり構ってはいられない。これまでは、これでも楪に遠慮してここには来なかったし、暁もまさか手を出すとは思わなかったから立ててきたけどな――……好意は知っていたが、対処しなかった俺のミスだ」
「好意を知っていた? 知ってたの?」
「気づいていなかったのは、お前くらいのものだろう」
「……憧れてるとは聞いてたし、尊敬されてると思っていたよ。良い人だし」
「周囲を牽制してお前に近寄らせないようにしてただろうが」
「それは、あまりに群がられたら三賢人として支障が出る、っていう、新さんへの配慮の一環で、僕はたまたまそこに数えられていただけで」
「どうだろうな。そもそもその括り。お前と一緒にいたいがために生まれたと俺は思うね」
「暁さんの事嫌いなの?」
「恋敵だからな。俺は、ライバルを立ててやるほど出来た人間じゃない。どちらかといえば、蹴落としていくタイプだ」
眞山くんはそう言うと僕の腕を引き、抱きしめた。その腕の温度は、言葉とは裏腹に優しい。
「ただし――悔しいことに、魔術知識での差があるのは認めるしかない。お前、俺じゃ足りないか?」
「別に」
「すぐに追いつくから待ってろ。暁ごとき、すぐに越す」
「できるの?」
「それでお前が手に入るならな」
「地に足がついてない根性論なら、蹴落とされるのは眞山くんだと思うよ。あの人、土台が緻密な理論構成で揺るぎないから」
「うるせぇ」
不服そうな顔をした眞山くんに、噛み付くようにキスをされた。服をはだけられながら考える。何かを欲するという気持ち――僕は、しばらくの間、この感情を味わっていない気がした。
「ねぇ、僕が欲しい?」
「おぅ」
「それって、どういう感覚?」
「――感覚? そうだな、教えてやるよ」
眞山くんは僕を押し倒すと、ローションを手にとった。随分と早急だなと眺めながら、先程「時間をくれ」と言っていたから急いでいるのだろうかと考えた。別に僕が逃げるわけでもないのだから、普段と同じで良いだろうに――……と、そう思った思考が、ローションが胸の上に垂れてきた時、途切れた。
「何?」
「黙ってろ」
「うあっ」
ツキンと、ぬめる手で乳頭を弾かれた瞬間、痺れが走った。いつもの舌や指先とは全く違う感覚だった。
「ぁ、ぁ」
「やっぱり啼いてろ」
「ン」
腰にダイレクトに響く。すぐに僕の体は熱を持って震えだした。ぬるぬるした眞山くんの手が、今度は陰茎を緩く握る。その手でしごかれ、すぐに僕は昂ぶらせた。全身をローションでドロドロにされる。眞山くんに愛撫されるなんていうのは、初めてだった。暁さんに追いつくというのは、そういう意味だったのかと、馬鹿げたことを考える。だが、彼が暁さんの閨事情を知っているとも思えない。
「ひあっ」
くるぶしを持たれて、後孔へと指を突き立てられる。一本だけ、優しく、少しだけ。その感覚が焦れったい。第一関節まで入ると、浅く抜き差しされた。切ない感覚に息を飲む。指が全て入ってから、今度は関節を曲げられて、僕は見悶えた。穏やかに前立腺を刺激されると、射精感が強まる。それから指は二本に増え、ローションを塗りこめるように動き始めた。こんな風にも抱けたのかと、僕は驚いた。
「ああっ……あ、ああ」
陰茎をゆっくりと進められて、僕は嬌声を上げた。いつもより声を小さくしてしまったのは、エントランスの鍵が開いた気配を感じたからだ。完全防音だが、魔術セキュリティでその程度は家主の僕にはわかる。他者の気配を察知するくらいは、並みの魔術師ならば容易だ。だから眞山くんもおそらく気づいているだろう。そんな事を考えていたら、繋がったままで眞山くんが僕の体を起こした。そして抱きしめると、耳元に口づけた。
「じゃ、時間をもらおうか」
「――え?」
「いくらでも話してやるって言っただろ」
「な」
僕は狼狽えた。動きを止めた彼は、僕の体を腕でしっかりと抱きしめ――身動きを封じてきた。すると熱を強く意識してしまい、ゾクゾクと快楽が内側からせり上がってくることに気付かされた。自然と腰が揺れそうになるのだが、そうすると腕に力を込められて、意地悪く止められる。
「ぁ、ぁ……ぁ……」
その状態で、再びローションを手につけて、眞山くんが僕の乳首を嬲り始めた。右腕で僕をホールドしながら、左手で交互に両方の胸の突起をゆるゆると刺激するのである。ジンジンと胸からも快楽が染み入っていく。僕は涙を浮かべた。まずい、これは、駄目だ。こんなのは知らない。気がおかしくなりそうな熱が次第に這い上がってきて、思いっきり中を突かれたくなった。
「やぁっ……やぁあっ」
耳の中に舌を差し込まれ、愛の言葉を囁く合間にクチュクチュと嬲られる。そこに走った尋常ではない快楽に僕は泣き叫んだ。丹念に解かれた体に、見知らぬ快楽が次々と襲いかかる。
「ああっ……あ、やっ……動いて……ああっ」
ツキンツキンと溶けていく疼きに、涙が止まらなくなる。だが僕の懇願など聞かず、いかに僕が美しいか、僕のドコが好きか、僕の指先の一つ一つに至るまでへの愛を、眞山くんは語りだした。その吐息が、僕の皮膚に更なる快楽を呼び起こす。全身をどろどろにされているのに、動いては貰えない。繋がったままの執拗な愛撫に、僕の体は耐え切れない。
「いやぁっ、やっ、あ……あっ、だめ、あ……」
「好きだ」
「あ、はっ、あア……ンぅ……ああああ。やだ、だめ、おかしくなる、気が狂う」
「――その感覚だ。俺がお前を欲しいっていう、感覚」
「ああああああああああああああああああ!!」
その時、僕は繋がっているだけで果てていた。
強く刺激されたわけでもなんでもなかったし、当然前も触られていないというのに、全身が汗ばみ震え、絶頂に達した。飛び散った僕の精に気をよくしたように、ローションまみれの手で、眞山くんが陰茎に触れる。そして白液とローションを混ぜ合わせるように、僕のそれを撫でた。ゾクゾクしながら、僕は肩で息をする。それからまた、眞山くんは僕の乳首をいじり始めた。今度は両手で、だ。力の抜けた僕は、ぐったりと眞山くんの胸に背中をあずけていたのだが――すぐにまた体が熱を持った。これは、あれだろう。スローセックスとでも呼ぶしかない代物だ。
「あ……あ……ッ、や、やだ、ね、ねぇ眞山くん、僕これ、嫌だ」
「どうして欲しい?」
「動いて、いつもみたいに」
「俺に貫かれたいか?」
「うん」
僕は素直に頷いていた。すると僕の目元の涙を舐めとってから、眞山くんが意地悪く笑った。
「それが、欲しいっていう気持ちだ。それは分かるか?」
「っ、わ、わかるけど、僕が言ってるのはこういう直情的で即物的なことじゃなくて――」
「同じだ。感じろ。お前は、俺を求めてる。いいか、唯理。それはな、好きってことだ」
「無茶苦茶だ……っあ、あ、ま、また……や、やっぁあ……!!」
また僕は果てそうになり、つま先に力を込めた。指が震える。
その時――眞山くんが不意に動いた。
「あ」
彼の陰茎の先端が、内部で僕の前立腺を非常にゆっくりと押し上げた。
「あ、ああああああああああああああああああああああ」
瞬間、ゆるやかに僕は中だけで果てた。前からは何も出なかったというのに、確かに射精感が襲ってきた。ずっと出ている感覚で、僕は空イキし、絶叫した。