VS"紅毒蛇の切り裂き魔"!?
まず俺は鎌の刃の切っ先が左斜めに迫ってきたので、さらに左に飛んで避けた。
刃の音が響く中、俺は足に力を込めて体制を整える。
レンガがわずかに割れたようで、じゃりじゃりと音がした。
空を切った鎌が、右を薙いで行くのを眺めながら、手にしていたおっさんの杖を振りかぶり、蛇さん(仮)の首元を狙う。あと一歩のところで交わされて、今度は右から上に向かって刃が来た。逃げ遅れた俺は、鎌の刃を何とか杖で受け止めた。ギリギリギリと音がする。っていうか、俺の予定だと杖はボキリと折れるだろうからその隙に逃亡しよう、というはずだった。おっさんごめんと思っていた。しかし、しかしだ。
ーーこの杖折れない!
木製にしか見えないのに、目の前に迫っている鋭利な鎌より堅いってすごい。
ちょっと思案してみる。そもそもこれは魔法の杖だ。この状況で魔法使ったら良くないか。さて大問題だ、俺に魔法が使えるのか。ぐるぐると考えていると、脳裏に魔法陣らしきものが浮かんできて、呪文が口から勝手に出た。
「カンブリア」
呪文て言うか、俺の知る限り年代!
しかし無事に魔法は発動したようで、突如として杖が発光し、鎌を伝って、視覚的にもバチバチとエフェクトが見える雷が、蛇さん(仮)を襲った。短く呻いて蛇さんが鎌を取り落として、地に膝をついた。片膝を立て、もう片方は完全に地面についている。
「何故だ」
すると向こうから声をかけられた。
「なぜ邪魔をする」
「いーー」やその、殺人犯らしき不審者に鎌持って迫られたら、普通自己防衛するだろう。
「何故だ! もう少しで生命の樹の秘密にたどり着けるというのに!」
しかしこの蛇さん(仮)も、俺の話を聞いてくれなかった。最初は話せそうだと思ったのに……!
「生命の樹は、我らが希望! 愚民に残されし光!」
意味が分からなくて俺は泣きたくなった。泣いていいよねこれ。
だけど生命の樹って何処かで聞いたことがあるな。
あ、あれだ。知恵の樹と生命の樹って、アダムとイブのエデンの話に出てくる。
まぁ同じものだとは思えないけどな。
「いいとしの貴様のような中年にはわかるまい!」
ピシリと俺の心に罅が入った。
「我らの二十代の集まりの気持ちなど。歳だけとったお子様にはな!」
わかりたくても分かれねぇんだよこの野郎! しかも後半、嫌味だろうけど正解だ!
「何の集まりだ。俺も入れるものなら入りたいな」
ささくれだった心を必死に諌めて、俺は多分冷静に言った。偉いだろう。
「我らは、蛇の末裔! 知っているだろう!」
全然知らなかったが、この蛇さん(仮)は案外口が軽いということは知った。
一応記憶を探ってみると、蛇の末裔とやらの情報が出てきた。
二十歳から二十九歳までが入ることができる秘密結社らしい。俺の敵に認定された。そして蛇の仮面は、その証らしい。
「"赤黒蛇の切り裂き魔"は、複数犯なのか?」
「っ……わ、我一人に他ならない。何故なら我は真の蛇に連なるものが一人! 民を樹に導く役目があるのだ!」
やっぱり口が軽い。ただすごく嘘っぽい、この言葉は。俺が来る前に逃げる時間はたっぷりあったわけだし、仲間ならかばっているのかもしれないし。きっと二十代のお仲間だ。羨ましくないからな。そんな痛そうな集団羨ましくないから。
「仮面を外せ」
俺は、鎌を足で踏みつけてやりながら、杖をうずくまっている相手に突きつけた。
「っ」
「早くしろ」
俺はムッとしていたのでちょっと乱暴に口にした。どーせ俺は、入れませんよー!
すると、カランと音を立てて仮面が、地に落下した。
「……」
「……」
「……殺人鬼なんかやめて、雑誌のモデルにでもなれば?」
現代日本なら確実にスカウトされているだろう美青年がそこにはいた。
ややつり目で猫っぽい緑色の瞳に、黒い髪をしている。
色白だが病的ではない。
「もでるとはなんだ?」
「なんでもない。それより、さっき自分で言ってたけどな、俺より老い先長いんだろう? ここらで殺人とかやめて、真っ当な仕事さがしたらどうーー」
「貴様に何がわかる。何がわかると言うんだ! 我の両親も妹も、騎士団のせいで死んだ」
また言葉を遮られたが気になる事を言われた。
「我にはもう生命の樹しかないんだ!」
美青年の瞳に涙がたまり始めた。高校生の俺的には、いい年して泣くなよと言ってやりたいが、今の俺は三十七歳だ。それに。
俺には分からない。
死んだのは俺だから、家族はこんな風に泣いてくれたのかもわからない。
自分が死ぬのと家族が死ぬことのどちらが辛いのかすらわからない。
俺は一応まだこれでも思春期をひきずっているので、顔を背けた。
なんだかスッと胸の内が冷えて行った。暗闇がそこにはあって、入ってくるものを全部氷漬けにして行くような感覚だ。俺は無意味に空を眺めた。灰色のアーチしか見えなかった。
まぁいっか!
俺は気分を切り替えて、魔法で縄を出現させて、まだ動けないらしい青年を縛り上げた。
縛り方は体が覚えていた。嫌なことを覚えているもんである。
「お前名前は?」
「……答える義務はない」
「蛇さん」
「アイトだ」
蛇さんと呼ばれるのは嫌なのか。散々蛇が云々と言っていたのに。
その時複数の足音が響いてきた。
「近衛騎士団長!」
「ゼクス団長!」
「ご無事ですか!?」
「ま、まさかお一人で"赤黒蛇の切り裂き魔"を??」
見れば大人数の騎士達が入って来た。
「ああーー」ちょっと待って、もう少し聞きたいことがあるから、と言おうとした俺を遮り、皆口々に何かをいっせいに俺に言ってきた。聖徳太子じゃないので聞き分け不能!
その上、俺が制する前に、アイト青年は連れて行かれてしまった。
「ゼクス団長、お疲れ様」
そこへひょいと故売屋のシークが姿を現した。
「いやー、戦ってるの見て、ゼクス団長なら絶対勝つと信じて騎士団呼んできたんですよ! 勝てずとも囮にと思って」
楽しそうにシークは笑っているが、仕事早いなぁと俺は思った。何と無く直感で、俺が帰り道で遭遇することを予期していたように思える。だとすれば人一人見殺しにしたのかもしれないが、それは俺にはわからない。ただ何と無く記憶がもたらすのか、シークは憎めない気がする。
「騎士団連中には上手く言っときますんで、何時もの酒場で会いましょう。逃げるも戻るもそれから考える、でどうです? どっちにしろ力になりますよ」
「ああ、頼む」
俺は敬語をやめて短く言葉を挟んだ。すぐシークの次の言葉が始まったので、正解だったと気がついた。うん、俺がINしてるおっさんが敬語じゃなかった理由はやっぱりこれだな。
それから俺は酒場に向かった。
いつものところだと記憶はいうが、俺は物珍しくて周囲を見回す。
何せ未成年、酒など飲んだことはない。
適当に椅子に座って、メニューを見てみる。
おお、オレンジジュースがあった。これにしよう。
しばらくして、シークが姿を現した。
「お待たせしました」
首を振って短く答えたあと、頼み方がわからなかったので、メニューを俺は指差す。
「これを」おねがいします!
「じゃあ俺もアルコールは無しにします、ちょっと買ってきますね」
なんだか顎で使っている見たくなってしまって悪いなと感じた。
そんなこんなで、飲み物が届いてから仕切り直す事になった。
「それにしてもゼクス団長は流石に強い」
「本当に、切り裂き魔で間違いないのか?」
「……相変わらず鋭くて嫌になる。嫌になりますよ本当」
すると息を飲んだ後、実に楽しそうにシークが笑った。
「まず間違いなく主犯じゃないでしょうね。逆にあちらさんも、"紅毒蛇の切り裂き魔"を追いかけていたみたいだ。どう思います? ま、理由はわかりませんが、今回もそれであそこにいたんでしょうね」
「誰かを庇っているみたいだな」
さっき自分がやったと言っていたから、きっと庇っているはず。だよな?
すると、バチンとシークが指を鳴らした。
「そういうわけで、誰を庇っているのか、聞き出してくださいよ。お城で内側から。それに救出や口封じに誰か来たら捕まえられるし一石二鳥です」
「俺は、戻る気は……」
「じゃあやっぱりゼクス団長は、仕事を辞めてまで真犯人を追う決意を……! 何もできない自分が不甲斐ないので、情報料は2割引にしておきますッ!」
お金は取るんだ。生温かい気持ちになりつつも、冷たいオレンジジュースを飲む。
俺がINしてるおっさんは、なんで蛇を追っていたんだろう。
これまで通り思い出そうとして見たが、胸がザワザワしただけで、何も思い出せずに終わった。
思えば記憶に感情を突き動かされたのは初めてだ。
嫌な胸の感覚に、コップを静かにおいてから深呼吸する。
「ですがいいんですか、ゼクス団長。愛しの陛下に、会えなくなっちゃいますよ」
「愛しくない」
「またまたーー……え?」
「好きじゃない」
「何かあったんですか?」
「無い」
実際には中身が成り代わるという一大事件があったわけだが、説明困難なのでやめる。
「本当に本当に本当にですか?」
「ああ」
頷きながら、ただ旅に出るのも俺は不安になってきた。つい先ほど嫌な胸騒ぎがしたからだ。追いかけたりせずに普通に旅をして、調べているふりをしていればいいのかもしれないが、なんだか怖い。知っている人がいるこの王都の方がまだマシな気がする。
「だったら俺、もう一回ゼクス団長に惚れてもいいですか?」
その言葉に、思わずオレンジジュースを吹きそうになった。記憶をたどると、かつて告白されて断った経緯があった。やはりこのおっさんモテるではないか……男に。
「ダメだ」
「っ、どうしても俺じゃ……俺なら一緒に旅に出て、色々手伝ったりだって……」
「お前がダメなんじゃない。全員ダメなんだ」
「……え? 陛下も含めて?」
「ああ。それに役に立つ立たないで、恋人は選ばない。もっと自分を大事にしろ」
「ゼクス団長……」
惚れ惚れするようにシークが俺を見た。さてどーして俺は、中身高校生なのに二十代後半らしいシークを諭しているのだろうか。まぁ仕方が無いか。
「それと旅には出ない」なんか怖くなってきたしな。
「じゃあ城に?」
「……考えておく」
あんな辞め方をして今更戻るのも気まずいなぁと、静かに思ったのだった。