最初に戻って考えよう!
取り敢えず俺は、端緒の出来事から考えることにした。
俺がINしてるおっさんは、王様のショタコンに嘆いて自殺した。
だが実際のところ、王様と両思いだったわけだ。上と下は違うにせよ。
どころか王様に迫られた過去すらあるらしい。
何で死ぬ必要があったんだ?
自分の年齢に悲観したというのはマァわかるが、そこまでひどい顔じゃないし。
加齢臭と禿げ疑惑と胃もたれはあるものの、そんなのおっさんなら誰だって悩むはずだ。手の甲の毛なんて、剃ればいい! 不要なら! ゴツイ手なんて、頑張ってる剣士の証じゃないか。一体何に悲観したんだ?
そもそも王様のどこに惚れたんだ?
思い出せ俺、入ってこい記憶!
念じながら王弟殿下を追い出し、俺は布団に入った。
ーーそして、夢を見た。
「え」
そこには俺が立っていた。十七歳の俺だ!
「なっ」
向こうも驚いたように目を見開いている。
「ほ、本物のコウコウセイか?」
俺の顔をした相手の口から、そんな言葉が漏れた。
「え、もしかして中身、本物のおっさん……?」
俺たちは呆然としあったまま互いを見据えた。
「おっさんもしかして、俺の体に入ってるのか?」
「ああ……気がついたら病院にいて、コウコウセイの少年だと言われた。今は記憶が混乱しているということで入院している」
「俺の体生きてるのか!」
なんだかその事実に力が抜けて、俺は暗闇の中、ガクリと膝をついた。
「ああ。屋上から首吊り自殺をしようとしたが、縄が切れてプールに落ち、九死に一生を得たらしい」
「は? 俺が自殺?」
「命は大切にしろ。いくら失恋したからと言ってーー」
「ちょっと待って、ちょっと待て。俺が自殺なんてするはずがないし。第一好きな相手なんていなかったから失恋も何も……いや、いたような気もするけど」
ポカンとするしかない。状況がさっぱり読めない。またなんとなく良く思い出せない。ただとにかく自分の体に戻りたい!
「おっさんこそ、ショタコンの王様に対する恋心に耐えきれず服薬自殺なんて……」
「ーーなんだって?」
すると今度は、俺の顔でおっさんが困惑した顔をした。
「俺が陛下に恋だと? 面倒だからそういうことにしておいたが、あり得ないだろう、あんなショタコン……!」
「うん。理解できる」
「第一俺が好きなのはーーいや、それはいい」
「ちなみに俺は一体誰に失恋したことになってるんだ?」
「分からない。ただお前,たいそうモテたらしいな。毎日誰かしら見舞いに来ては、迫って行くぞ」
「待って待って待って。あり得ない。モテるのは、おっさんだろ? 毎日上に乗られそうになってるから俺!」
「それこそ馬鹿げてる! 俺みたいなおっさんがどうしてもてるんだ!」
ーーあれ?
あれあれあれ?
なんだか俺たち入れ替わっているのは間違いなさそうだが、世界が激変してないかこれ。
「ーーえ、おっさんが今いる世界では俺がモテてる上に、失恋して自殺はかったことになってるんだよな?」
「ああ」
俺の記憶とは著しく違う。思わず唇に手を当てながら、困惑した。
なぜなら俺は、プールサイドで滑って、水の中に落っこちたのだ。それは間違いない。確かに謎の紐の記憶はあるが……あれは、どちらかというとへその緒のような……へその緒?
「コウコウセイが今いる俺の方は、毒を飲んだのか?」
「いや、飲む直前で俺になってた」
「じゃあ俺の体は生きているんだな?」
「うん」
そのまま二人で視線を合わせたまま沈黙した。
「ちなみにさっき言いかけてたけど、おっさんには好きな相手がいるんだよな?」
「正確には、いた、が正しいのかもしれない。俺は、今の世界ですごく良く似た……ただ性格が違う相手と巡り合って……多分恋をしている」
「ちょっと待ってくれ、なんだって?」
「俺は時折願うことがあったんだ。若かった頃に戻って、一緒に好きな相手と過ごせたらってな」
俺の顔をしたおっさんが照れるように笑っている。俺の顔だというのに、違う人に見える。幸せそうだ。しかしそれじゃあ困るのだ。
「俺の体で妙な真似するなよ」
「もう俺の体だ」
「待て待て待て待て!」
激しい頭痛とめまいに襲われ、俺は気が遠くなりそうになった。
おっさんには確実に戻る気はなさそうだ。そりゃそうだ、これからまた若いひと時をやり直せる上に、好きな人までできたんだとすれば……!
「それに俺は、近衛騎士をしていた時に願ったんだ。もし俺がこんな顔だったらって。性格だったらって。今はその通りになっているんだ」
ん、待てよ。それってたまたま俺に該当したから、俺が成り代わっちゃったんじゃ……! だいたい俺の顔が理想っておかしいけど。
「とりあえず俺は元の体に戻りたい」
「俺は戻りたくはない」
「人の体だぞ、返せ! 俺の人生を返せ! 俺の二十代になる未来を返せ!」
「断る!」
なんてこったい! 俺は混乱と怒りで体が震えた。
そしてそのまま目を覚ました。
「夢、だよな……」
違ったらと思うと俺は、絶望に体を支配された。
俺は一生このおっさんの体で生きていかなければならないのか。
おっさんは恋をしているらしいが、今のところ俺は異性愛者に変わりはないし……だけどこの世界女の人いないし。いっそ、もう開き直って、男を好きになってみるか? だが候補がいない。それに、王弟殿下との記憶を思い出した限り、すっごく痛そうだ。あ、そっか、みんなの期待に応えて上になればいいのか?
もはや迷走中、俺はどうしていいのかわからない。
なんだか寝た気がしないまま、俺はその日を過ごすことになった。
「団長、気分悪そうだけど大丈夫か?」
副団長のネリスに声をかけられたのは、その日の午後のことだった。
その時、ふと思った。ネリスなら、付き合いが長いと言っていたから、何か知っているかもしれない。
「ネリス、聞きたいことがあるんだ」
「なんです?」
「俺の好きな人って誰?」
「へ?」
真剣に聞いた俺に、ネリスが腕を組んだ。
「国王陛下じゃないんですか?」
「他!」
「よく顔を出してるのは、エルフのビオラ様ですよね。なんです? 恋心に迷いが生じてるんですか?」
「な、まぁ……別に」
ビオラか。少年の姿を思い出し、考えてみるがしっくりこない。
まず持って少年趣味がないと思うのだ、俺の性癖はともかくこの体に。
その割りに、確かに私服がいっぱい置いてあったのは気になる。
会った順に考えるなら、吟遊詩人のラキにはこのネリスという恋人がいるから除外。じゃあ故売屋のシークか。振った事があるらしいから可能性は薄い。
青団長は一番真っ当そうだから保留。
赤団長はドMだから無い。いやドSも無理だけど。
黄団長は上も下もいけるって言ってたから保留。
陛下はショタコンだから無し。
殿下は強姦魔だから無し。
「まぁ、個人的には王弟殿下だと思いますけど」
「は? なんで?」
「団長無口なのに、最近はともかくだけどな、ほら、必ず王弟殿下には、御意って返事してたし」
そこまでおっさんは無口だったのか。
ーーいやまてよ。
あの夢の中のおっさんと、こっちのおっさんが同一人物だとは限らないんじゃ……何せ、寡黙じゃなかった。俺は怒涛の勢いで話していたのに、ちゃんと言葉を挟んできたぞ? むしろあの夢からして怪しいのではないか?
「ネリス」
「はい?」
「夢の操作をしたり、記憶の改ざんをしたりできる人間ているか?」
何せここはファンタジーの世界だ。ありえるではないか!
「んー、そんなの、青の賢者くらいじゃないですか? 実在するかわかりませんけど」
朗らかに笑ったネリスの言葉に、俺の直感が、それだ! と言った。
俺は自室へと引き返し、アイトがいる部屋の扉を開けた。
「おい」
「……なんだ、急に」
「青の賢者を知らないか?」
率直に聞くと、息を飲んだアイトの視線がそらされた。この反応、絶対知ってる。
「どこにいるか教えてくれ。一刻を争うんだ」
「一刻を争う?」
「頼む」
俺は深々と頭を下げた。すると思案するように瞳を揺らした後、ポツリとアイトが言う。
「赤闇の森の奥……と、蛇の末裔の間では伝わっている」
「有難う!」
それを聞くなり俺は走り出した。場所は記憶が教えてくれた。
赤闇の森の奥地へと進むと、小さな木の小屋があった。
扉は開けられたままで、光が漏れてくる。
俺は勢い良く中へと入った。
すると驚いたように、一人の少年がこちらを見た。
「何か用?」
「俺というか、世界の記憶を変えなかったか?」
「え?」
何の話だというように目を丸くした少年に、俺は詰め寄った。
そしてことの次第を話すと、少年は俺を椅子へと促した。
「まず、大前提からして間違ってる。僕は青の賢者じゃない」
「……」
その言葉に俺は落胆した。
「僕も日本から来たんだ。賢者に成り代わって」
しかし続いた言葉に顔を上げ、唾液を嚥下した。ゴクリと音が響く。
「賢者が帰ってこないから、僕も元の世界には戻れない。賢者は不老不死だから僕もそうなった。僕はこれまでにも数々の、この世界に来た人々を見てきたけど、帰還できた人は一人もいないよ、残念ながら。僕も含めてね」
目の前が真っ暗になった。絶望が身を苛む。
「どうして、俺が……」
思わずつぶやくと、賢者が俺の前に緑茶を差し出してくれた。
「僕だって同じことを思ったよ。だから、調べてる、今もね。わかったことは、二つだけある。一つ目は、蛇の末裔と深い関わりを持っているという事。二つ目は、運命の相手がいる事。この条件が揃うと、なり代わりが起きる。時間研究院も何か掴んでるみたいだけどね」
「なんで向こう側から帰ってこないんだ?」
「帰ってこられないんだよ。こちら側と一緒さ」
「だけど夢の中で、俺の顔したおっさんはーー」
「お互いの世界の整合性を保つために、夢っていう境界線が曖昧な場所で、本物の青の賢者が幻想を見せてるんだよ。帰りたがってる人を帰さないように。ただ本当に運命の人に出会えたんなら別だろうけどね」
「じゃあ自殺だのモテるだの、あれはなんだ?」
「自殺は、なり代わるための条件だ。へその緒で吸い上げるんだ」
やっぱりあの紐はへその緒だったのかとしっくりきた。あちらでの首吊りも、そう処理されただけで、本当はへその緒が関連しているんだと思う。
「モテるのは、入れ替わった相手がモテてたんじゃないかな」
「……運命の相手っていうのは?」
「日本じゃなくこの国にいる、って事。これが滅多にない確率なんだ。僕なんて未だに探してるよ。一応、運命の相手に出会えると帰れるって噂もある」
「……じゃあ俺にはもう二十代は来ないのか……」
「残念だけどそうなるね。そしてこの世界で生きて行くしかない。あるいは、生命の樹の秘密を解き明かせば、何かが変わるのかもしれないけれどね」
その言葉に、俺は再びアイトの言葉を思い出した。
ーーもう、生命の樹しかない。
そして、おっさんも、生命の樹に関わる何かを探っていた。
「生命の樹は願いを叶えるとか、何かあるんじゃないのか?」
俺は願う気持ちで言葉を放った。
「否定はできないけど、僕は知らない」
否定はできないんだな!
だとすれば、アイトのように、おっさんも何か目的があっておいかけていたのかもしれない。
「俺は、帰りたい」
「そう」
「あっちの俺の体は生きてるんだよな?」
「恐らくね。僕は夢の中で本物の青の賢者に会えるんだけど、そう聞いているよ」
俺は、少しだけ希望の光が見えた気がした。
「ちなみに成り代わってから入ってきた記憶は本物なのか?」
「基本的にはね。だけどーー運命の相手とかにまつわる記憶はその限りじゃないみたいだよ」
ということは……まだショタコン国王と鬼畜王弟殿下が運命の相手の可能性も否定できないのか……。何せ記憶が曖昧な二人だ。
帰る事ができる確率は低い。低いらしい。
だったら、だったらだ。
農業をやって虫と戦いながら、蛇の末裔に関わって行く方がいいんじゃないのか?
俺は真剣に悩んだ。
「なーんてね」
その時、急に明るい声が響いた。
「本当は全部適当に言ってるだけだから、答えは自分で探しなよ」
「ーーは?」
「シュリオーノ写本と神々年代記、それに青の賢者の書にヒントがあるから」
「どういうことだよ?」
「長く生きてるとさぁ、人をからかうのが楽しくなっちゃって」
俺はとりあえず、ギリギリと少年の足を踏みつけた。
せっかく人が真面目に悩んだというのになんて言い草だ!
「それより鼻毛出てるよ」
「うるせぇ」
俺はもう帰ることにした。鼻毛は魔術で処理をして。
だから、俺が帰った後に賢者が呟いた言葉は知らない。
「知恵の樹へとイブを導いた蛇の末裔が、この世界に呼ばれるんだけどね、本当は」