運命の相手捜索隊! ー2ー


コーヒーが冷めてきてしまった。そんな事よりも続き続き。いや、やっぱりコーヒーは大切かもな。淹れなおそう。しかし運命の相手ーー……とりあえずすでに運命の相手かは知らないが、恋人同士のラキとネリスは数えなくていいだろう。直感が除外していいと言っているし。だけど吟遊詩人と近衛騎士団副団長はどこで知り合ったんだろう?
ーーあ、おっさんが仲を取り持った記憶がある。
へぇ、ネリスがラキのファンで、ラキはパン屋さんの息子だから、一時期パン屋にいたシークと仲良くなって、ふぅん。おっさんも知り合いだったから紹介したんだ。そんなことしてる暇あったら自分の恋さがせよーーとは流石に言えないか。この世界で恋愛全盛期の二十代が一瞬で過ぎ去るほどの毎日だったらしいんだし。
俺は新しいコーヒーを手に、椅子に座り直した。
さて次に考えるはーーやっぱり騎士団長達だろう。今の所四人にあっているから、この中に運命の人がいることを祈ろう。

目を伏せると、この前あった時よりもちょっと若い青団長の姿が過った。
「また魔獣討伐の指揮を任されたんだ」
「魔獣を退治してきたぞ」
「今回の魔獣はさーー」
「森の魔獣はーー」
「海の魔獣がーー」
「魔獣のーー」
魔獣魔獣魔獣。なんだこれ。まるで独り言のように、青団長の笑顔と台詞が積み重ねられて行く。どうやら魔獣を討伐するたびに報告に来ていたらしい。おっさんはと言えば「そうか」の、たった一言。机に置いた書類から顔をあげようともしない。だがそれでも、青団長は必死に話している。そしてある時おっさんが言った。
「もう報告には来なくていい」
「な、っ、迷惑だったか、やっぱり」
「いや。青弓の腕を信頼している。だから報告を聞かなくても結果はわかる」
おっさんの表情は変わらなかったけれど、目に見えて青団長は頬に朱を指した。
しかしなんだってこの人はこんなに魔獣にこだわってるんだ?
少なくとも俺が成り代わって始めて会った時も魔獣と言っていた。

瞬きをした俺は、また場面が切り替わったのを意識した。

そこにいたおっさんは、三十代前半ぐらいに見えた。
俺は思わず眉間にシワを刻んで、その場の光景をじっと見据える。
おっさんが左腕を長く伸ばしていた。
その一歩後ろでは、まだ新人だったらしき青団長が尻餅をついていて、後ろに両手をついている。折れた膝が震えていた、いや身体中が震えている。頬には血をつけていた。ただ現実逃避でもするかのように、表情にだけ笑みを貼り付けていた。猫みたいな顔立ちに、それでも怯えが隠しきれないように覗いている。
「あ、ああ」
「落ち着け」
おっさんの声がした。冷静だった。それがどうしようもなく不自然で違和感があるのに、なのに当然のことのようにも思える。
その時おっさんの左腕には、豹ぐらいの大きさの魔獣の牙が突き刺さっていた。噛みちぎろうとしているようだった。腕を身代わりにするのが一歩遅かったら、のちの青団長が噛み殺されていたと直感が言う。ーーなんで俺なんかのために? 青弓の家に生まれただけで、そんなの使えない俺なのに、どうして助けてくれたんだ?
「射ろ」
「ーーえ?」
「殺れ」
短い言葉だったがそれで十分だった。それから俺は変わった、と青団長の想いが言う。助けられた命だ、嗚呼。今度は誰よりも強くなって、俺が助けたい、助けたいんだーーだから魔獣を倒して、もう昔の俺じゃないって事を証明しよう。青団長の気持ちは、そのように動いていたらしい。
だからいつだって報告に来たのだ、強い憧れの人に対して。

「え? 何で近衛騎士なのに、おっさんは魔獣討伐に駆り出されてんの?」

随分と忙しい人生だなぁと思いながら、続いて赤団長についての記憶を見ることにした。もう、見た瞬間から、珍しくおっさんの気持ちがささくれだっていた。苛立っているのか、真っ黒だった。
「陛下に見向きもされない貴方ごときに、声をかけてあげる優しい人間は僕くらいだ。人間の片隅にもおけないカスがよく団長なんて務められる。近衛騎士団も大したことがない。さあ自分の愚鈍さを認めてかしずきなさい」
俺、思うんだ。これ言葉責めじゃなくて、ただの言葉の暴力だろ。
そりゃおっさんの顔色も変わるな。そんなことを考えていた時だった。
ーーこれでまともにストレスの発散ができているのか?
ーー不安が残るな。
ーー間違ったかもしれない、心配だ。
俺は驚いた。おっさんの心情がダイレクトに入り込んできたことと、おっさんの考えていることが俺の想像と違ったことにだ。
俺が瞬きをした瞬間、そこには幼さの残る赤団長がいた。

「なんでお前なんかが赤槍なんだよ」

赤い騎士の正装姿の青年が、うずくまっている赤団長を蹴りつけている。
「絶対もっとふさわしいやついるって」
今度は別の青年が笑いながら、赤団長の頭に踵落としをした。
頬は腫れ、いたるところに切り傷と紫色の痣があり、最終的には髪の毛を引き抜くように引っ張られている。瞳に涙を溜めた赤団長は、それでも何も言わずに耐えていた。言いたいことは山ほどあるのに言葉にならない。言ったらきっと強すぎる力が同時に発動してしまう気がした。きっときっときっと殺してしまう。
その時枯葉を踏む音がして皆が一斉に振り返る。そして息を飲んだ。
「こ、近衛騎士団長……」
「……」
「これは、その……」
青年たちは口々に言い訳したが、ゼクスは何も言わない。
ただ暗い瞳をわずかに細めて、じっと見ていた。見ていた。見据えていたのだ。
それから静かに言葉を放つ。
「仕事に戻れ」
すると安心したかのように、暴行していた青年たちは散って行った。
「……」
「……」
残された少年とゼクスの視線が合う。
「ぼ、僕ーーはは、ちょっとした冗談だったんです」
赤団長の口から出てきたのは嘘だった。嘘しか出てこなかった。こんなの本当の自分じゃない、だけど、偽るしかないじゃないか、こんな無様な姿を見られたんだから、ああもう嫌だ、全部全部全部壊してしまいたい。
「僕ほら、弱いからーー」
ゼクスはその言葉に空を見上げた。
「弱いのか」
「え?」
「本当に弱いのか?」
そんなはずがないじゃないかと赤団長は思った。
「……う。違う。僕は、本当は」
「吐き出せないのは弱さだ。本当に弱いらしいな」
「っ」
殺意が抑えられなくなる。槍を出現させそうになる、血に濡れて赤くなる槍を。

「俺と一緒だ」

しかし続いて響いたその声に、赤団長はあっけに取られて目を見開いた。
ーー最強と謳われる近衛騎士団長が、弱い? 馬鹿にされているのか?
だがゼクスの眼差しは、本心だと告げるように再び少年を捉えた。
「言えるようになれ、まだ間に合う」
「何をーー」
「好きなことを言えばいい」
それだけ言うとゼクスは踵を返したーー好きなことを言う? それは思っても見ないことだった。そして彼は思った。どうせならば、どうせなら、そうだ、近衛騎士団長が表情を変えるくらいのことをいってやろうと。そう考えて赤団長は、泣きながら笑ったのだった。

「それが自称言葉責めに発展するあたり、ゆがんだままじゃねぇか……」

思わず俺まで口調が乱暴になってしまった。
もういい、次々! コーヒーを飲みながら、俺は黄団長の記憶を引っ張り出す。

ーーああ、夢を見る。またあの夢だ。黄色い炎に包まれるあの夢だ。
息苦しくなって、汗をびっしょりとかいて、黄団長は目を覚ました。
火事にあったのは、もう記憶が曖昧になるほど幼い頃だというのに、それでも炎に飲まれる夢は鮮明だ。炎が何処までも追いかけてくるのだ。逃げて逃げて、そして木の壁に進路を阻まれた。その時、木の壁に、斜めに亀裂が入った。今ならわかる、魔術で壁をゼクス団長が切り裂いたのだと。
その時の団長はまだ若かった。多分団長位じゃなかった。

俺は吐き気がした。俺まで炎に飲まれているように、鮮明に火が迫ってきたからだ。炎は幼い黄団長の背中を焼いた。今でもひどい火傷に後がのこっている。
次に気がついた時、彼はゼクスに背負われていた。
「怖かったな」
そう言って悲しそうな目をしているのに、優しい笑顔でゼクスが言った。紫色の魔術騎士団の正装の所々が焼け焦げていた。俺は多分、その時初めて、若いとはいえおっさんの、笑顔に似たものを見た。ああこれはまだ国王陛下の死に遭遇する前のおっさんだ。元々のおっさんなのだ。
その笑顔に憧れて黄団長は騎士団に入ったのだ。だがそこで見たゼクスは、もう笑顔を喪失していた。きっと叶わぬ恋が、あの優しかった笑顔を変えてしまったのだろうと、大人になった少年は思った。ならば、自分がそれを取り戻すことが出来たならば……上でも下でも、そう体だけの関係でもいいから、また笑って欲しい。火傷のあとが残り醜く傷ついた己の体でも良ければーーそして逆に、それが、それだけが望みへと変わって行く。体をつなげたいという望みだ。いつしかその感情は、本物となった。

「おっさん……自分の命を大切にしないのは、元からなんだな」

俺は最後に、魔術騎士団長を見ることにした。アークだ。たまに記憶に名前や顔が出てくる。団長陣の中では、一番付き合いが深そうだ。

「お前な、あの魔術理論は、アリスマティック理論に基づいてコーネリウス係数を魔法陣に援用して、ロクボウセイに星の叡智を込めるんだよ!」
「頭沸いてんじゃねぇのかゼクス! バカ、あれはだな、ホーホウス理論を元にプラシーダス方で分割してゴボウセイに陽光の栄光を叩き込むんだよ!」

そこでは元々の俺よりもちょっとだけ年下に見えるゼクスとアークが激論を交わしていた。喧嘩をしているのか否か、微妙なラインだ。2人の少年は、互いに一歩も譲る気配がない。
言っている言葉の意味はわからないが、それはわかった。
二人は、山中にある祠の前でやりあっている。
開けたその場所は、学校帰りに二人が魔術の練習をしている場所だった。林の中に開けた庭のような場所があるのである。
「いつもお前はそうだな! なんでそんなに単純なんだ!」
「ゼクスが! 難しく! 考えすぎなんだよ!」
こりゃダメだなと俺は思った。ただの子供の喧嘩が記憶の一番上に来ている。
しかしおっさんにもこんな風に感情を露わにする子供時代もあったんだ。
これまで比較的冷静だったから、ちょっと意外でもある。
ーーその時だった。
「「え?」」
唐突に、足元が崩落した。二人はそのまま地下へと落ちた。
ぽかんとしている少年たちの上には、倒れた木の幹が見えた。崩落に引きずられた木々が、地下の空洞を隠すように封じてしまったのだ。
「「……」」
無言になった二人が顔を見合わせる。少年たちの背丈では天井に届くはずもなく、打ち付けた腰や足が痛んだ。それから二人は助けを求めて叫んだが、木々の合間から夕日さえもさしこまなくなったところで諦めた。
ここは誰も来ない。だから二人はいつもこの場で魔術の練習をしていたのだ。
それから二人は、学校に演習で常に持参しているロウソクに火をつけた。
そして冷静になろうと周囲を見渡した。
「なんだと思う、ここ」
アークが問うと、ゼクスが首を捻った。
「遺跡みたいだけどな……見たことのない文字が刻まれているな」
ちなみに俺には見覚えがありすぎる日本語だった。ココはナオヤがネムリシトチ、と書いてあった。ナオヤが眠りし土地、だろう。やはり本でそんな名前を見たな。
「見ろよゼクス、あの像胸が出てる」
「ああ」
「しかも性器がない」
「王妃様みたいな両性具有とも異なるな」
「まるで神話に出てくる神の子だなーー胸の大きな神ってやつ。下がないのは気になるけど」
アークの声に,ゼクスが腕を組んだ。困惑したような顔をしている。表情が豊かだ。友人の前だからだろうか。
「イブの像かもしれない」
「いぶ?」
「アダムのオクサンだったって聞いてる」
「それは悪魔のリリスだろ? オクサンってそもそもなんだ?」
「いや、イブだ……オクサンは、知らない」
「じゃあ、いぶってなんだよ?」
ゼクスはそれに何も答えなかった。
次の記憶は、二人が翌々日救出されたというものだった。

「……恋愛のかけらもない。他の人たちよりも薄い! まぁ、なんか内容は濃かったけど!」

俺は思わず叫んだ。これじゃあ全然ダメだ。運命の人、なし!
だが、イブというのは気になった。リリスだけじゃなく、イブも存在するのだろうか。だとすれば知恵の樹も存在するはずだ。そもそもこの国の人々だって知性があるわけだから、知恵の樹があってもおかしくはない。
だがその時俺はひらめいた。
「違う。蛇が知恵の樹の実を食べるように促したから知恵がついた……? この世界にーー生命の樹の世界にも、知恵をもたらした?」
つぶやきながらも、どうしてそんなことを考えたのかはわからなかった。
ただ何か、ひどくチープな運命の輪の中で、俺はハムスターみたいにくるくる回っているような気になった。全くもって意味不明だけど。

そんなことより、おっさんの運命の人を探さなければ!
運命の相手捜索隊、遭難中!

俺は我に返ってきつく拳を握ったのだった。