俺の記憶捜査本部!☆


とりあえず青の賢者のところへと考えた時の事だった。
「ガイスー! ここにいると聞いたぞ!」
威勢の良い声がして、今度は字面のまま扉が大破した。
俺はそれよりも、視界に入ってきた来訪者に目を見開いた。
頬には黒い三本の線があり、金髪の上には黒みがかった耳が着いている青年が立っていたからである。記憶を探ると、虎獣人国第二王子のガウルだと分かった。
おっさんの記憶によるとガウルは王弟殿下をたいそう慕っているらしい。
「見ればわかるだろうが。今は取り込み中だ」
王弟殿下のその声で、俺はそれとなく抱きしめられていることに気がついた。
なんてこったい!
慌てて距離を取り、改めてガウル王子を見ると、思いっきり怖い顔で睨みつけられていた。彼は王弟殿下に走り寄ると、その腕に両手を絡めた。
「今日は街案内してくれるって約束だったぞ!」
「ああ、後でな」
「それがガイスの好きな奴? どこが良いんだよこんなおっさん。俺の方がふさわしいぞ!」
獣人も同性愛なのか。
王子の言葉には思いっきり同意するが、言われていい気分はしない。中身は俺なのである。それになんだかもやもやした。なぜ、王弟殿下の腕をとって自慢げにこっちを見た? 別にそんなの見ても俺なんにも思わないよ?
「あ? 聞こえなかった」
しかしガイスは剣を鞘から抜いた。さすがは残虐王だけある。
王弟殿下は、他国の王族にも容赦がないらしい。
ただーーなんだかこんな風におっさんを庇ってくれるのを見ると、少しだけ胸があったかくなってくる。キスとかいろいろしちゃったせいなのかもしれないが、なんだか格好良く見えた。
いやいやいやいや、なに考えてんだよ俺!
全然ない。精悍な顔つきがかっこいいとか、肉食獣じみた目で見られるとドキドキするとか、不意に見せる優しさにぐらっとくるとか、全然ない。全くない。
何せ会ってまだ数日だし、話をしたのだって数回だ。
胸が何と無く高鳴る気がしてきたが気のせいだ。
案外これはおっさんの記憶かもしれないしな。よしそういうことにしよう。
それより問題は俺の記憶だ。
「ちょっと出てきます」
宣言して俺は部屋を出た。


向かった先は、赤闇の森の賢者の家だ。

「ーーというわけで、俺は自分が高校生だったこと以外記憶がないんだ」
差し出された緑茶を飲みながら、俺は記憶について賢者の成り代わり少年に尋ねた。名前は、シュウというと先ほど聞いた。が、もう賢者と呼ぶことにする。
「なるほどね。そのパターンなら覚えがあるよ。やっぱり蛇の子孫なんだねぇ、あはは」
「あはは、じゃないから。何それどういう事?」
楽しそうに笑っている賢者に、俺は若干イラっとした。
何一つ楽しいことなんてないのにな!

「まずは、整理して話そう。現代日本で君が知ってた、アダムとイブの話を思い出して。イブはアダムの肋骨から作られて、蛇にそそのかされて善悪の知恵の樹の実を食べて、アダムにもそれを勧めた。羞恥を覚えた二人はエデンを追放されて、蛇は地べたを這いつくばることになった。女性は産みの苦しみがました。こういう話だよね? で、シュメールとかタルムートとか他の情報から、アダムが土でできた時に、一緒にリリスっていう女の人も土から作られたっていう話がある。これが最初の奥さんの話。アダムと対等だった彼女はアダムを怒らせて、神様に毎日三百人とか子供が死ぬ運命に突き落とされた。哀れに思った天使が彼女に、子供達の運命を左右できる力を与えた。ま、こんな感じだよね。ちなみに生命の樹の実は食べちゃダメだなんて話はない」

だいたい俺の持つサブカル知識と同じだった。BLもそうだが、俺は結構サブカルチャーやらネットやらが好きだった気がする。……気がするだけだ……!
「それより俺の記憶……」
そうだよ、ここに来た目的はこれだった!

「まぁまぁ。順序立ててね。それで次にこの世界の神話ね。この世界では、シュリオーノ手稿が詳しいんだけど、蛇とアダム・カドモンしかいないんだ。あだむ・カドモンっていうのは、地球は日本だと人智学とかの方でよく見るかな。アダムとはちょっと違うんだ。アダムはむしろ、アダム・カドモンから生まれたというか、アダム・カドモンはマクロなーー地球で、アダムはミクロな人間。星は人間と同じで生きているっていうような話なんだ。だけどこれが、この世界だと比較的しっかり"人"なんだよ」

賢者に聞く以外方策もないが、話が長そうだったので俺は頬杖をついて頭を預けた。もうこのオカルトな話、どうでもいいのに。
「蛇さんが恋したアダムさんだろ?」
「ーーよく分かってるね」
「しかも失恋したんだろ?」
「神々年代記読んだの?」
「読んでない」
「結構当たってるからびっくりした。話を戻すとね、こっちの神話はちょっと違うんだ。蛇とアダム・カドモンしかいない。知恵の樹も無い。この状態から始まったんだ。あとはただ生命の樹があった」
「写本で読んだ。神話時代から同性愛が盛んだったんだろ?」
あの恐ろしい序文を持つシュリオーノ写本だ。

「確かに写本の記述だね。実はね、それがそうでもなかったんだよ。あくまでもこっちの神話だけど。簡単に言うとね、アダム・カドモンは"人"であり"世界"なんだ。その化身として、アダムが存在する。蛇は化身じゃなくて、本物のアダム・カドモンに恋をしていたんだ。世界を愛していたんだよ。そんな蛇のことを、リリスが好きになったんだ。だけどリリスはアダムの奥さんだからね。化身ーー人の姿に成り代わっているとはいえ、アダムはやっぱりアダムで、蛇はアダムが好きだし裏切れないし、リリスの想いには答えられなかった」

その言葉に俺は、先日神殿で見た嫌な光景を思い出した。
「だからボコボコにリリスのこと殴ったのか?」
何でよりにもよって俺の顔をして居たんだろう。

「それは青の賢者の書を見たのかな? あれは象徴を視覚化したものだからまたちょっと違うんだけどね。すごーく簡単に話すと、人としてのアダムを残して、世界であるアダム・カドモンをリリスは眠らせてしまったんだ。蛇はすごく怒ってね、悲しんでね、自分を二つに分けたんだ。眠ったアダム・カドモンから木が二つ生えてきた。これが知恵の樹と生命の樹。で、蛇のうちの一匹は、もう人が愚行を犯さないようにと、知恵の樹の実を肋骨から作られたイブに食べさせた。永遠に地を這うことになろうとも、構わなかったんだ。この箇所が一番日本で聞く話と近しい箇所だね。それでもう一匹がね、こちらの世界で言う蛇なんだよ」

不意にアイトの言葉を思い出す。確か愚民を導くとか何とか。
「生命の樹に女の人を導かなかった蛇か」
「不要だからね。生命の樹は不死をもたらす、あるいは子を」
「でもそのせいで、この世界には女の人がいないんだろう?」
純粋に疑問に思って首をひねった。
「女性が産みの苦しみを味わう必要がない世界だからね。逆に聞くけど、いて当然だと思っているのは、固定観念じゃないの?」
しかし賢者は、スッと目を細めて笑っている。
「だってたまに生まれるんだろ?」
「ああ、リリスの容れ物だね」
「リリスの容れ物?」
「この世界にリリスが干渉するために、成り代わることができる人間を定期的に生み出しているんだ」
「リリスも成り代わるのか? ついでに聞くけど、蛇の子孫って何?」

「この世界自体が地球の成り代わりみたいなものだからね。蛇の子孫っていうのは、一度だけリリスが生命の樹に手を触れて、無数に生み出した子供達だよ。憎い女の手で自分の子を作られて、その子をアダムとイブの子孫の中に紛れ込ませられたものだから、知恵の樹の蛇は大激怒。ボコボコにしたのはそっちの蛇だ。そんなんだからサタンの化身だったって言われているのかもね」

「もう一人の蛇さんは? それにリリスは?」
「リリスは、ずっと容れ物を移り変わりながら、アダム・カドモンに子守唄を歌い続けてるよ。ララバイの語源なのに滑稽だよね。もう一匹はねぇ……今も目が覚めるのを待ってる」
「あれちょっと待って、王族ってさ生命の樹から生まれる神の子なんだよな? その神ってリリス?」
「ううん。そこは神話と民間伝承が混ざってるところで、王族はみんなアダム・カドモンの血を濃く引き継いでる」
「蛇の子孫って、知恵の樹がある世界にいるんだよな?」
「そうだね、ただちょくちょくこちらに来るけど。自殺と運命の人、この二つの要素と関係して」
「やっぱり俺って蛇の子孫なんだ……」
とりあえずどうやら、リリスらしき女の人に乱暴していたのは自分ではないらしいことに安堵した。
「十七歳の高校生の体はね」
「? だから、俺だろ?」
「ところで君、記憶がないとか言ってここに来たんじゃなかったっけ?」
「あ」
「虎獣人族の王族には、記憶を呼び戻す力があるって聞くけどね」
その言葉に先ほどの来訪者のことを思い出した。
タイミングがいいんだか悪いんだかわからない。
「帰る」
「気をつけてね」
お茶の礼もそこそこに俺は走り出した。


城へと戻って居場所を聞くと、王弟殿下の部屋に絶対いるとの事だった(ネリス談)。

初めて自分の足で殿下の部屋へと向かうと、扉が空いていた。
中を覗いてみるがひと気はない。
「失礼しまーす」
一応声をかけて中へと入り、周囲を見渡した。
いくら静まり返っているとはいえ、部屋にいるのは間違いないのだろうから(ネリス談)、残るはこの扉の先ーー寝室だ。
まさか……エロいことが行われていたりして。
だって同性愛者が二人で寝室だぞ……?
そんなことを考えながら、扉の向こうの気配を伺っていると、後ろから体重をかけられた。誰かの胸板が俺の背中へ体重をかけ、俺は扉と誰かの間で動けなくなった。咄嗟のことで驚いたから、うまく息が出来ない。
「盗み聞きでもしようとしてたのか? 趣味が悪いぞ」
俺を扉に押し付け方に顎を乗せているのは、まさに気配を探っていた王弟殿下だった。なんでここにいるんだよ! 中はまさかの無人か! 通りで静まり返っているはずだよ!
「重い、どけ」
「嫌だね」
「ガウル王子は?」
「客間に案内した」
楽しそうに言った王弟殿下は、そのままスルリと俺の下衣の中へと手を差し入れてきた。直接陰茎を撫でられる。あまりにも手慣れた仕草で、優しく掴むと手を輪にして上下される。
「ぁ……っ、アあ……ッ!」
「前より感度上がってるな」
耳元で囁いた王弟殿下の吐息がくすぐったい。直後耳の中へと舌が入ってきた。
その感触に背がしなった。だがそれでも、扉に押し付けられた俺は動けない。
「寝台に行くぞ」
「行かな……ぅア」
断ろうとしたら、少し強めに陰茎を掴まれた。そのまま扉を開けられたものだから、俺は殿下の寝室へと倒れこんだ。打ち付けた膝が地味に痛い。
「脱げ」
「断る!」
「脱がされる方が好みなんだな、覚えておいてやろうじゃねぇか」
「違うからな! 別にそうじゃない! 大体そんな無駄知識覚えてどこで使うんだよ」
「ーー嫌か?」
それまで強引だったというのに、不意に殿下に苦笑するように聞かれた。
「……っ……」
気づくと言葉に詰まっていた俺は、座り直しながら殿下を見る。
毛足の長い絨毯が柔らかい。ただ殿下の体温が暖かかったので、妙に冷たく感じた。すると目線を合わせるように、正面に殿下が屈んだ。
「俺はダメだな。もう子供じゃねぇって思ってるし、それは変わらないけど。お前、今中身十七なんだろ? なのに俺には、やっぱりゼクスで、やっぱり余裕があるように見える。こっちには全然余裕なんて無いけどな。だからせめて自制するくらいの余裕くらいは見せてやるーーなんて俺に思わせるなんてすげぇ事なんだぞ」
「殿下……」
「あ?」
「殿下はこんなおっさんのどこが……?」
こんな、なんていうのは悪いかもしれないが、正直気になった。
どこが好きなんだろう?
見守っていると不思議そうな顔をした後、殿下が嬉しそうに破顔した。
「誰よりも優しくて、頼りになるところだ。だから逆に、俺が支えてやりたい」
ああ、駄目だ。
殿下の優しい笑顔と、愛情のこもった言葉に、俺は息苦しくなった。胸が張り裂けそうってこういうことを言うんだな。
ーー俺はおっさんじゃない。
だから駄目なんだ。きついきついきつい。何故なのか、殿下が嬉しそうにおっさんの話をしているのを聞くのが辛い。
「好きだ、ゼクス」
俺も、多分好きだ。きっかけはよく分からないけど、殿下に好きだと言われると陽だまりの中に放り込まれた気分になるのだから。だが今は、ただ辛かった。
殿下が好きなのは、おっさんなのだ。
ここはやはり殿下のためにも早く自分の体に戻らなければ!
それにしても俺の記憶捜査本部、初動捜査大失敗!