【序】ゲートをくぐる






 心から、もう長い事疲れが抜けない。
 そんな時出会ったのが、【Summer Night time】という会員制のWebサイトだった。怪しげなそのオンラインサロンへの入会案内は、ある日突然SNSのメッセージに届いた。

『心が疲れたあなたは当選しました。異世界へ招待します。その準備のために、サイトにログインして下さい』

 そんな一文と共に、パスワードが送られてきた。
 詐欺だと思った。
 だが俺は、まさしく、心が疲れていたので、無料で眺めてみるくらいならばいいかと思った。結果、そこには俺的にはユートピアが広がっていた。

『異世界で使えるスキルのレベルを上げて下さい』

 そう表示され、マウスでクリックしながら、レトロなキャラクターを操作し、ゲームのようにレベル上げをする――それが、サイトの一面だった。他の面としては、俺と同じようにこのサイトに招かれた人々と交流をする事が出来た。顔も名前も知らない相手だが、俺達の共通点は、『心が疲れている』『異世界に行くために努力をしている』という二点があった。

 俺は元々ゲームが好きだった。レベルを上げると、各種のランキング表に名前が載るのだが、好きに登録できるユーザー名を本名のまま『礼斗(レイト)』としている俺の名前は、沢山のスキルレベルランキングに記載された。結果として、総合レベルは『殿堂入り』となった。殿堂入りは、俺を含めて五人いる。

 だが、そうしたスキルアップと、コミュ強はまた別だ。

「今日も『梓眞(アズマ)』は元気そうだな……」

 俺はこのサイトのタイムラインを見て、何気なく呟いた。様々な人と交流をしている梓眞は――正直話しやすい。好かれるのも分かる。たまに、こうして明るくしているから心が疲れているのだろうかと勘繰るほどに、梓眞は明るい。

 一方の俺は、殿堂入りしてからは、凄いと賞賛される事も増えたが、内心では早く異世界に行って現実を捨てたいとさえ思う陰キャだ。悪いが、この現実に未練はゼロだ。天涯孤独で、会社と家を往復するだけの日々に、もう疲れ切っていた。

「しいていうなら、最近はTLで梓眞と話せるのは楽しいか」

 ポツリとそんな事を呟いた時、サイトのメール機能がメッセージの着信を告げた。
 そちらをクリックすると、画面全体が黒くなり、中央に金縁に銀色の扉のマークと、ボタンが現れた。

『ゲートをくぐる』

 YESやNOは無かった。ゲートをくぐるというボタンのみが現れた。
 俺は何気なくそれをクリックした。

 すると――パソコンから眩い光が放たれた。
 あまりの眩しさに、俺は右腕で目を覆った。ギュッと瞼を閉じ、光が収束するのを待つ。それから暫くすると、瞼の向こうの光が少しだけ収まった感覚がした。チラリと目を開けてみて、俺は絶句した。

 俺は夕焼けが見える宙に浮かんでいた。遠くには紺碧と橙色が混じる空と、それが映り込む海、太陽が見える。そして俺の前には、一人の子供が浮かんでいた。

「一人につき一つ、願いを叶える。汝は何を望む?」

 十歳くらいの白い衣を纏った少年の言葉に、俺は困惑して、何度か瞬きをした。それから、ハッとした。

「ここは異世界なのか?」
「その問いの解答を得る事を望みとするか?」
「い、いや、待ってくれ――そうだな……俺の望みは――」

 それは、ずっと考えていた事だった。
 俺は瞬きをし、しっかりと少年を見てから、己の望みを告げた。

「よかろう」

 するとあっさりと少年は頷いたのだった。