【終】夏
「俺の望みは、アイツと再会する事だ」
これは、夢だ。ただ、過去にあった出来事の夢だ。そうだ、思い出した。俺は確かに、そう望んだんだ。
アイツは、俺の飛び込み自殺を阻止してくれた恩人だ。会社の同僚だった。同じ路線である事すら、俺はこの日まで知らなかった。俺は周囲を気にする余裕がなくて、会社の同僚のプライバシーなんてほとんど知らなかったし、孤独だった。
「ちょっと貧血でふらついただけだ」
俺はそう取り繕った。いつも無表情な顔をしている俺は、この時だけは無理に笑った記憶がある。だけどアイツは、そんな俺を見逃してはくれなかった。手首を掴まれ、特急電車が通り過ぎていく夏の日、俺をホームから連れ出した。そして駅のそばにあった公園に連れていくと、会社に休むと連絡を入れた、俺の分も。
「なんで自殺しようなんて? 確かにうちの会社は、お世辞にもホワイトではないとは思うけどな――」
「……違う。その」
「俺で聞ける事なら、俺に話してくれないか? 力になりたい」
その言葉に、俺は心の中にあった糸が、プツンと切れたようになった。そして介護の事をつらつらと吐きだしていた。その内に涙まで出てきて、何度も手の甲で拭った覚えがある。そんな俺を落ち着けるようにしながら、静かにアイツは話を聞いてくれた。
「辛かったんだな」
アイツが放ったその一言に、俺はどれだけ救われたか分からない。暑い夏のこの日、俺はずっと泣いていた。以降だ。アイツは、俺に声をかけてくれるようになったし、休日は俺の家まで顔を出してくれるようになった。アイツがいてくれると、人生が前向きになったような、そんな気持ちになった。俺が、アイツを好きになるまでそう時間はかからなかった。
だが現実とは残酷で、アイツは俺の前から、翌年の夏にいなくなった。永遠に、だ。交通事故だった。両親と同じだ。車は、夏は、俺から何時も大切なものを取り上げる。涙すら出なかった、絶望していた。その後、続けて祖父も亡くなり、俺は一人になった。
その後、【Summer Night time】でレベルを上げながら、俺は何度も考えた。異世界にいったら、定番なのは、加護やチート能力などを、神様にもらうというお話だろう。だが、レベルを上げておけば、そんなものはいらない。代わりに、願いを一つ叶えてもらおうと俺は決めていたのだ。それは、アイツとの再会だ。生き返って欲しいだとか、細部まで具体的に考えていたわけではない。ただ、会いたかった。
「よかろう。では代償に、記憶を貰おう。魂を甦らせるためには、その者の姿を映し出す記憶が必要となる。この世界の時間軸を操作し、今、再会出来るように、その魂をその姿で、転生させる事とする。この世界において、再び出会った時と変わらない年齢で出会える事を保証しよう。だが、記憶がない以上、汝は相手が相手だと気づく事は出来ない。それでは、真に『再会』とは言えぬ。よって、きちんと顔を合わせ、『今度は』恋人同士になり、口づけを交わし、体を重ねたならば、相手の体から、この情報が汝に再生されるようにしておこう」
白い衣の少年は、確かにそう言った。
そして俺は、アイツの顔を思い出した。それは、紛れもなくラークと同じ顔だ。目の色こそ違うが、声も髪型も同じだ。
「っ」
ハッとして俺は目を覚ました。すると俺を腕枕して、ラークが眠っていた。びっしりと全身に汗をかいている俺は、目の前のその顔を見て、激しい動悸に苛まれた。
あ……生きている。そうだ、俺は忘れていたけれど、そうだ、そうだった。
「ん……レイト? 起きたのか?」
「あ……ああ。悪い、起こしたな」
「いや、いいんだ。それより――どうして泣いているんだ?」
「あ、あれ?」
俺は思わず手の甲で顔を拭う。なんでと聞かれたならば、それは再会が嬉しいからとしか言えない。
「……お前、俺の事好きなんだったな?」
「ああ」
「……俺は、お前の魂が好きらしい」
「魂? それは俺とは違うのか?」
「同じだと思うけど、分からない」
「ならば俺だという事にしておけ」
そういうと俺を抱き寄せて、ラークが俺の額にキスをした。
その温もりが無性に幸せで、俺は涙を零した。
――なお、俺とラークが恋人同士になったという話は、高速で建物内に広まった。ラークがみんなに言ったからだ。笑顔で梓眞は祝福してくれた。俺はやっぱり話しやすいと思いながら、珍しく笑顔を返したのだけれど、そうしたらグイと後ろからラークに抱き寄せられた。
「アズマ。レイトはもう俺のものなんだ。いくら好きでもいじめるな」
「ずるいなぁ。絶対俺の方が先に好きだったと思うんだけど! 現実力的に!」
「いつからなんて関係ない」
二人のそんなやり取りの意味は、俺にはよく分からないが、ラークには相変わらず、鈍い鈍いと言われている。
さて、この大陸にも四季があると知ったのは、次の夏の事だった。
俺は夏は怖かったけれど、この世界には自動車は無いと思いなおす。
そうしていたら、ギュッとラークに抱きしめられた。
「どうしたんだ、そんなに辛そうな顔をして」
「なぁ、ラーク。ずっと一緒にいてくれるか?」
「ああ、勿論だ」
俺は、その言葉を信じてみる事にした。こうして俺の夏が深まり始める。それは恋の進行と同じように進んでいった。そして幸いこの夏、俺は誰も喪う事が無かったのだった。
翌年も、そして翌年も、俺は夏が怖かったけれど、なにも喪わなかった。
数年を経て、子供の卵を得て、子が生まれ、その子が成長し、と、そんな日々を送っていっても、手の指で数えきれないくらいの夏を経ても、もう夏は、なにも俺から奪わなかった。だから俺はもう、夏が怖くない。心から、もう長い事穏やかさが抜けない。もう俺は、疲れを感じていない。
(終)