【四】パズルピースのように(★)







「今度は俺が服を脱がせても良いか?」
「……ぁ……」

 長いキスを終えて、俺はぼんやりとしながらその声を聴いていた。その間にも、先程着たばかりの俺の服をラークが乱し始めた。するすると床に服が落ちていく。なんだか上手く思考が働かない。俺が我に返ったのは、すっかり脱がされてからの事だった。ラークもまた服を脱ぎ捨てた時の事だ。

「え……ま、まさかその……」
「ん?」
「ヤ、ヤるのか……?」
「ああ、そのつもりだが? 恋人同士なんだから、いいだろう?」
「で、でも! 俺はお前が好きというわけじゃないし……」
「だが恋人が欲しいんだろう? それはつまり、シたかったという事だろう?」
「え……?」

 果たしてそうなのだろうか。具体的な事はよく考えていなかったというのが正しい。

「ベッドに上がって、膝をついて俯せになってくれ」
「……、……」
「早くしろ」
「……、……分かった」

 正直怖い。緊張と恐怖が指先までを埋め尽くしていく。だが、言われた通りにした。恋人同士なのだからと頭の中で念じた。するとラークもまたベッドに上がってきて、魔術を使う気配がした。

「!」

 俺の菊門に、冷たい水の膜を纏った指が触れた。水の魔術で、指さきをぬめらせたラークが容赦なくそのまま第一関節まで人差し指を進めてきた。その指が入り切ると、かき混ぜるように動かされた。ぬめりがあるから痛みはない。俺が息を詰めていると、指が二本に増えた。それだけで俺の中は満杯で、指を抜き差しされる度に、ジンと甘い疼きが全身に響いてくるようになった。

「ぁ、ぁ、ぁ」

 指先が、ある個所をかすめた時、気持ち良くて俺は思わず声を零した。すると気を良くしたように、ラークがそこばかりを刺激した。その後指は三本に増え、今度はバラバラに動き始める。俺の内壁は次第に解されていった。

「そろそろいいか」
「あ、っ……」
「挿れるぞ」
「ん……――うああ!」

 指を引き抜かれたと思ったら、先程までとは比べ物にならない熱が挿いってきた。硬くて、長い。太い楔が俺の中をグッと押し広げるようにして進んでくる。

「あ、ああっンん……ひ、ァ……あア!」
「ほら、やっと根元まで挿いったぞ」
「あ、あ、動かさないでくれ……んンぁァ」

 腰を揺さぶるように動かされると、気持ちいいという感覚が全身に響き渡る。俺の陰茎は張りつめて、先走りの液を零している。シーツに擦れている。そんな俺の腰を掴むと、ゆっくりとラークが抽挿を開始した。

「あっ、ぅァ……んン――! ひゃっ」

 そうして内部を擦り上げるように突かれた時、俺は放った。上半身をぐったりとそれまで以上に寝台の上に預けた。するとラークが動きを止めた。そして俺の呼吸が落ちつくのを待ってから、律動を再開した。すると俺の陰茎も再び反応した。

「あ、ああ、ああア――!!」

 そのまま激しく貫かれ、肌と肌がぶつかる音が響いて少ししてから、一際強く打ち付けられた瞬間、俺は再び放った。同時に、ラークもまた、俺の中で果てた。ずるりとラークは陰茎を引き抜くと、俺の隣に寝転び、必死に呼吸をしている俺を見ていた。

 そしてその後、俺が落ち着いたのを見ると、抱き寄せて、俺の目元の涙を指先で拭ってくれた。

「レイト」
「……なんだ?」
「俺には、お前が疲れているように見える」
「うん? そりゃあSEXしたからな」
「そうじゃない。いつも一人でいる事に関してだ」
「……やけに気にするな」
「好きな相手の事は気になる。だが、異世界人は皆、異世界に疲れた者の集まりなんだと聞いている。今以上に、異世界では疲れていたのか?」

 その言葉に、俺は瞳を揺らした。
 肩が一気に重くなった気がした。

 ――俺の両親は、俺が幼い頃に交通事故で二人とも亡くなった。その後、俺は唯一の親類である父方の祖父に引き取られた。その祖父は、俺が中学生の頃、認知症を発症した。そこからは、介護の日々だった。高校や大学になんとか進学し、就職はしたが、仕事と家への往復、帰宅してからの介護に俺はひたすら追われていた。

 いつまで続くのだろうか、と。俺はおむつを変えながら、何度も思った。
 こんな事ならばいっそ……。

 その時、『祖父が死ねばいい』とは思わなかった。『俺が死んで楽になればいい』と考えた。後の世の事など、知らないと思っていた。

 ああ、頭痛がする。

 そうだ、それで俺は、あの日電車のホームを見ていた。小雨が降っていた、夏のある日。蝉の声を聴きながら、特急電車が入ってくるのをただ待っていた。そして、いざ目的のものが来た時、一歩足を踏み出そうとしたその時――……肩を掴まれ、声をかけられた。

『何をする気だ?』

 それがアイツとの出会いだった。けれど、アイツというのは、一体誰だ?
 分からない。
 次の記憶は、祖父の葬儀の記憶だ。そして俺は一人になって、ある日SNSのメッセージを見たのだったと思う。会社と家の往復は、それでも一時期よりは楽になっていたのは間違いないのに、俺は辛かった。それは、アイツがいないからで――……アイツ? 本当に誰だ? おぼろげに存在は思い出せるというのに、ぽっかりとパズルピースが抜け落ちているかのように、思い出せない。

『よかろう。では代償に――』

 少年の声が響いて甦った気がした。

「レイト?」
「ん? あ、いや……どうだろうな?」

 おかしい。俺はごく普通の陰キャだったと思うのだが、仔細を思い出そうとしても、思い出せない。

「今も昔もそうは変わらなかったはずなんだけどな?」
「そうか。では、俺が幸せにする」
「ありがとう」

 そんなやりとりをして、俺は目を伏せた。猛烈な睡魔に襲われたからだ。