【三】特になんとも思っていなかったが、恋人は欲しい。
「な……何を……、……」
いや、何ってキスだ。間違えるわけがない。しかし驚きすぎて、喉で声がつかえた。そして目が合い焦った。ラークが非常に真剣かつどこか獰猛に感じる目をしていたからだ。
「……、……あ、あの、退いてくれ」
「きちんと服を着るか?」
「着る。二秒で着る」
「いーち」
「嘘です、五分くらい待って下さい」
「早くしろ」
ラークはそう言うと、俺の上から退いた。ホッとしつつ、俺は高速で起き上がり、椅子の上に遭った服の前へと向かった。全く心臓に悪すぎる冗談だ。冗談……冗談だよな? いや、冗談ではキスしないか? 少なくとも俺はしないな。
チラリとラークを見る。腕を組んで立っている。
「あの」
服を着てから、俺は恐る恐る尋ねた。
「一体どうして俺にキスを?」
「その部分から解説が必要なのか?」
「……、……」
「返事を聞かせてほしい」
返事……? それはつまり、俺の事が好きでキスしたから、お返事をと、そう言う意味で合っているのだろうか。俺は我ながら最強だが、性的には最弱だ。疎すぎる。
「な、なんで俺なんだ?」
「いつも寂しそうにしているのを見たら、目が離せなくなっていた」
俺は顔には出ていないつもりだったのだが、そんな事は無かったのだろうか。しかしこれは、同情という事だろうか?
「レイトは俺の事をどう思っているんだ?」
「特になんとも思っていなかった」
「……そうか。さすがに俺の好意には気づいていただろう?」
「いや、そんな気配微塵もなかっただろうが」
「……鈍いとは思っていたが、どこまで鈍いんだ?」
「俺が鈍い? 殺気にだって罠にだってすぐに気づくのに、俺が鈍い?」
「鈍い」
「そ、そうか」
断言されたので、俺は曖昧に頷いた。無事に服を着た服の袖を眺めながら、俺は考える。一体いつからだ? いつから、ラークは俺を好きだったんだろうか? 同情だとしたら少しずつ気が付いたらというやつなのだろうが……本当に一切気づかなかった。
どうしよう。
どうしよう、嬉しい!
人生で初めて告白された……!
俺は顔が緩みそうになった。過去、俺を好きになった人なんて一人もいなかった。いつも俺が好きになって、でも俺は勇気が出ないので告白できず、諦めてきた。だから一生恋なんてしないし、誰かに好きになってもらえる事も無いと思っていたのだが、こんな事もあるんだな。
「ラーク」
「ん?」
「俺の何処が好きなんだ?」
「なんでもできるのに、放っておけないところだな」
「そ、そうか……え、えっと、もっと具体的には?」
「輪に入りたそうにしているお前の姿に梓眞が気づいていて、なのに知らんぷりしてニヤニヤしているのにも気づかないで、落ち込んでいるところだな」
「へ!? ニヤニヤ!?」
「ほら、鈍い」
「……梓眞はニヤニヤなんてしないと思う」
「お人好しだな、お前は」
嘆息したラークを見て、俺は腕を組み首を傾げた。するとラークが俺の前に立った。
「はっきり言う」
「うん?」
「もうお前は、俺とずっと一緒にいればいい。他は放っておけ」
「え?」
「そうすれば、もう寂しくないだろう?」
「……そんなに俺は寂しそうか?」
「ああ」
なんだか嬉しいような恥ずかしいような悲しいような、いいやそれら全部の複雑な感情状態になった。どうしていいのかわからなくなり、顔を上げていられなくなったので俯くと、両肩にそっと手を置かれた。
「返事は?」
「……俺、ラークの事が好きじゃない。でも、恋人がほしい」
俺は思わず本音を零した自分の口を呪った。もう少し言い方というものがあったのではないだろうか……。
「誰か好きな相手はいるのか?」
「いないけど」
「では、俺を恋人にしておいたらどうだ?」
「でも好きじゃないのに付き合うなんて、お前に悪いだろ……」
「――俺以外と付き合われるよりはマシだな」
「まぁお前以外、俺を好きになる人がいるとも思えないしな」
「鈍くてそこは助かった」
「え?」
「とりあえず俺を恋人にする。そして俺を次第に好きになる。これで良いだろう」
「好きになるかなんてわからないぞ」
「今よりは意識してくれるだけでもずっといい」
そう言うとラークが俺を抱きしめた。思わず腕に収まりながら、暫くの間俺は目を丸くしていた。そうしていたら、不意に顎を持ち上げられ、まじまじと顔を覗き込まれた。
「もう一度、しっかりとキスをしてもいいか?」
「え?」
「いいよな? 恋人なんだものな?」
「う……そ、そうだな……」
恋人同士とはキスするものだという認識は俺にもある。そこで俺は、顔が近づいてきたからギュッと目を閉じた。すると少しして唇に柔らかな感触がし、続いて舌を挿入された。舌で舌を追い詰められて、絡めとられる。
するとその時、頭の奥が、ツキンとした。
頭の中に、夕焼けの光景が過ぎる。瞼の裏側には、白い衣の少年が過ぎり、俺はその子供になにか望みを告げたはずだ。けれど――俺は、自分が告げた望みを、実は思い出せない。普段は、実を言えば、思い出せない事すら忘れている事が多い。なのに、今になって、急に思い浮かんできた。
「んぅ、っ」
角度を変えて再びキスをされる。深々と口腔を貪られながら、俺はまた瞼を閉じ、そして瞼の裏側に映る夕焼けを見た。なんなのだろう、これは。
暫く考えたが、その内にあんまりにもキスが巧みすぎて、俺の意識はそちらにとられた。