【二】こういうって、どういう……?
異世界人は皆、村に建設された迎賓館のような建物に住んでいるのだが、持ち回りで掃除を行う時間がある。これもまた、各自好きな相手と一緒にお掃除をしたりする。俺以外の殿堂入りの四名も、当然梓眞も、楽しそうに掃除をしている。俺は無論ぼっちで、階段のところの窓を雑巾で拭いていた。
建物には結界が張ってあるから、魔術での掃除が出来ないせいだ。
「そこ、角がふけていないぞ」
「……」
俺は後ろからかけられた声に辟易した。振り返れば、そこには予想通りラークが立っていた。悪いが、俺の身長では、上の角の部分は届かない……。
「貸せ」
「……」
俺は素直に雑巾を渡した。するとラークが綺麗に窓の拭き残しを処理した。綺麗好きだな?
「助かった」
雑巾を差し出されたので、受け取りながら俺はお礼を言った。ラークは顎で頷いてから、階下を見る。
「お前もあちらの低い場所を掃除したほうがいいんじゃないのか?」
「……」
俺もその方がいいと思う。でも、あちらには何人もの人々がおり、俺が入れる気配はない。俺がここにいるのは、誰もいなかったからだ。きっと皆、俺が声をかけ、輪に入ろうとしたら、拒絶はしないと思う。でも俺は、まずそれが出来ない。声が出てこない。
「どうしてお前は、そのように一人を好むんだ?」
「別に」
好んでいない。断じて好んでいない。それは盛大な気のせいだ。
「もっと人に頼る事を覚えてはどうだ?」
「……」
俺も頼りたい。でも最強だから頼る場面がほとんどない!
「あ」
頭上で声がしたのはその時だった。俺とラークはほぼ同時に上を見上げた。するとバルコニーの上で、バケツを取り落としたらしい同郷者の姿が見えた。水が緩慢に落ちてくるように見える。
「っ」
直後俺はラークに抱きしめられた。ほぼ同時に、俺達の上に水が降ってきた。
「濡れちゃった」
ラークの腕の中で俺は思わず呟いた。だが、俺は庇われたのでそこまで被害は大きくない。水の大部分はラークの頭から背中に直撃した。
「大丈夫か?」
「お前こそ……」
「俺は平気だ――……すぐに着替えて来い」
「いや、お前こそ」
「俺は着替えるが、とにかくレイトはすぐに行け」
「ん? ああ」
俺が頷くと、チラチラとラークが俺を見た。俺は透けているシャツを見る。ローブを羽織ってはいるが、基本俺はシャツだ。乳首まで見えているなと、漠然と思った。
「早くいけと言っているだろ、誰かに見られたらどうするんだ?」
「ん? なにが?」
「レイト……いいから、着替えに行け!」
何が言いたいのかよく分からないが、ラークが真っ赤になって怒っていたので、俺は自室へと戻る事にした。そして着替えるついでに、軽くシャワーを浴びた。そしてお風呂上りに、魔導冷蔵庫からアイスを取り出した。この世界では科学の代わりに魔導具技術が発展している。それを食べていると、ノックの音がした。
「はい」
『入っていいか』
「ああ」
ラークの声だったので、俺は頷いた。それからアイスを見た。キャラメル味でとても美味だ。カップに入っている。
「!!」
「何か用か?」
「おま、お前、服は!?」
「へ? ああ、今、シャワーを浴び終えたところで」
俺は自分が上半身裸だったことを思い出した。するとラークが真っ赤になった。
「シャツの上からですら心臓に悪いんだぞ、お前何を考えているんだ?」
「あー、アイス、とけてきてるよ。この部屋やっぱり暑いな」
「人の話を聞け! 服を着ろ! 着たら言ってくれ、それまでドアの前で待機する!」
「用事があるなら早く言ってくれ。俺は先にアイスを食べる予定だ」
「誰かに襲われたらどうするんだ!?」
「あのな、俺は最強なんだぞ? 襲われたら返り討ちにするに決まってるだろ」
「……」
ラークが沈黙した。俺はアイスに夢中だった。そうして食べ終えてカップをダストボックスに捨ててから、俺は改めてラークを見た。
「それで? 用件は?」
「水を浴びて風邪をひいていたり、昨日の怪我の傷に障ったりしていないか気になってきただけだ」
「ああ、どちらにしろ治癒魔術があるから平気だぞ?」
そういえば治療するのをすっかり忘れていた。俺はすでに傷が塞がっている腕を、ちらっと見た。所詮その程度だ。そんな事を考えていると、俺の正面までラークがやってきた。
「もっと自分を大切にしろ」
「うん?」
「というか、そんな格好で――無防備で、俺以外がきていても通したのか?」
「まぁな? 風呂上がりだしな?」
「……はぁ」
ラークが何故なのか重々しい息を吐いた。
トンっと軽く肩を押されたのはその時で、俺が一歩後退ってベッドにぶつかった直後、目を丸くしている間に、その場に押し倒された。
「……? ラーク?」
「こういう事をされたらどうするつもりなんだ?」
「こういう……? っん」
すると不意に、唇に触れるだけのキスをされた。最初は何が起きたのか分からなかったが、気づいた途端に驚愕して、俺はこれでもかというほど目を見開いた。