03
『っあッ……』
『力を抜け、サイト』
『や、止め……こんな所で……』
クルスの骨張った指先が、後ろからサイトの腰を掴む。
――俗に言う、立ちバック!!
扉に両手をあて震えるサイト、睫の上にのる涙。一方のクルスは意地悪く腰の動きを止める。
『隣に聞こえるかも知れないな』
『ッあ、クルス、や、いやだ』
うん。ちょっとSな近衛騎士も良いよね。
そんなことを考えながら、隣の会議室から戻ってこない二人を、僕は待っている。
結論から言うと、隣国からの使者の用件は、この国に伝わる伝説の勇者の遺物を借りたいという申し出だった。
――伝説の勇者。
ちょっとBL的に、この国の神話や伝承伝説を整理したい。外見は全部、クルスとサイトで妄想しよう。
ある時、太陽神(攻)と海神(受)が、追いかけっこをしていた。
『ああっ!! 太陽神、熱い、熱いよっ、熔けちゃう……うぁぁ、かきまぜな……で……ぁ』
『海神の中は、グチョグチョ言っているぞ。もうビチャビチャだな』
『ヒゥゥ、あ、あ、出、出るっ!!』
このようにして、太陽が海に入ったある日、衝撃で大陸が出来たのだという。
太陽×海だ。
この(恋)物語は、大体どの国も共通だ。
その先は、大体が国の成り立ちだ。
この国の場合は、始祖王コルネリウスが建国したとされる。僕のご先祖様だ。ちなみに始祖王は、”月神の子達”を虐殺したという逸話がある。
月神の子というのは、簡単に言えば、深紅の瞳をした人々だ。何かと恐れられて差別されている。一応そう習うが、現在も存在するのかは、謎だ。少なくとも僕は見たことがない。
月神の子達は、血や粘膜を介して人間の精気を吸うだとか、僕の前世知識で言うところの吸血鬼によく似た伝承を持っている。良いよね、吸血鬼モノも。
『……っ、ま、まさか吸血鬼だっただなんて……ンァぅ』
『一度出せ、飲ませろ』
『あ、あっ……!!』
手でされている感じで。
ええと。えーと。そうそう、勇者だ。そもそも、”月神”というのが、海神から最初に生じた存在で、悪神とされているのだ。きっと――……
『太陽神! 俺の父に手を出すな!』
『何だと、俺達の愛は――……』
等というやりとりでもあったのだろう。
まぁ兎に角、そんな形で、大陸(純粋)を生み出した後の海神(受)は、太陽神(俺様攻め)と月神(年下攻め@近親相姦)に、取り合われた。それはもう取り合われた。嫌気がさした海神は”青の世界”に閉じこもってしまったと言われている。それでも大陸(子)の事が心配で、”青の申し子”を、大陸に充ち満ちる人間の中に忍ばせたのだとか。多分太陽神のことも心配していたんだろうな。
月神は、そんな海神を恋しがって、かつ太陽神が守護する人間に対抗するために、”月神の子達”を生み出したそうだ。
太陽神の方は、人間を守護している。その中でも強い守護をしている対象が――勇者だ。
勇者という存在が、過去には実際に存在したと言われている。
「陛下、勇者の遺物の件ですが」
サイトが戻ってきたので、僕の妄想は打ち切られた。どうするんだろう。
遺物は僕しか使えないから、貸し出すというのは、僕の外遊もかねることになるんだよね。
「陛下の御身を危険にさらすわけには参りませんので、ガルディギア共和国の側から、遺物の力を欲している王子殿下をお招きする形にさせて頂きたいのですが」
ガルディギア共和国は、この国の隣国だ。まぁまぁ父上の代までは友好関係を築いてきた。
サイトの声に、僕は大仰に頷く。
「構わん」
それにしてもサイトって本当に美しいな……! 何でこんなに理想の受けなんだろう。勿論外見だけじゃない。中身もだ。僕は、黒茶色の上着を羽織っているサイトを、一瞥した。玉座は高い位置にあるから、僕が誰かを見上げることはない。色が白いサイトのかんばせの中で映える黒い睫。
「事は急を要するので、魔術円で本日中にも転移したいと先方から申し入れがございました」
思考が引き戻された。――本日中? 随分と急だな。そんなに、何か焦っているのかな?
「今日の僕の日程は?」
「議会決議を二つ可否頂く他は、調整させて頂くことが可能です」
「良かろう。来国を許す」
「御意」
そう言うとサイトが一歩退いた。代わりに、クルスが前へと出る。
「遺物関連におけるご執務に置かれましても、私が陛下の御身は、命をとしてお守りいたします」
「期待しているぞ」
しかし、大概僕も偉そうだよね。まぁ良い。だけどクルスの今の台詞、サイトを抱きしめてだったら良かったのにね。
『お前のことは、命に代えても俺が守るから』
……――良い。陳腐だが、それが良い。
抱きしめ合う二人、クルスの腕に力がこもり、その方に頭を預けるサイト。それから見つめ合い、サイトは濡れた瞳で、クルスを見上げる。
『僕のために命をかけるなんて、止めて。僕も、クルスの力になりたい。クルスを守りたい』
とか、なんとか。通じ合う想いだ!
「では陛下。本日の晩餐は、共和国のカルディナ殿下と。護衛はお任せ下さい」
「ああ」
このようにして、僕の妄想はいったん終了した。