04
そういえば、ガルディギア共和国は、”青の申し子”が、王族の祖先だという。訪れたカルディナ殿下の目を奪われるような青い髪を見て、嗚呼、海みたいだなと思った。
青の申し子は、”青の世界”の力――……海神の力を強く受け継いでいると言われている。その力は、人間にも力――精を注入できるらしい。その精気を注入する行為は、『人間の”容れ物”』を探す、なんて言われる。
「滞在の許可を頂き有難い」
「ゆるりと休まれよ、殿下」
「休んでいる暇がないんだ。ラック陛下、単刀直入に言う、”エウレピシアの宝玉”で”古害磊”を殲滅して欲しい」
”エウレピシアの宝玉”とは、僕の国に伝わる勇者の遺物だ。
”古害磊”というのは、巨大な虫である。羽つきの蟻のような生き物で、巣喰われると、簡単に人間の街は、廃墟と化す。蟻が口から出す白い粉のようなモノで、砂漠のように埋まってしまうのだ。
「青の申し子と名高きカルディナ殿下が、共和国に伝わる遺物で倒せばいいだろう」
本当、何でそうしないんだろう? だけどこの殿下、受けかな? 攻めかな? 十代後半――十九歳って言ったかな。
「”コーレの宝剣”を使うためには、”青の世界”の洗礼を受けなければならない。洗礼は国王たる我が王しか受けていない。受けられる王族は、たった一人だ。しかし父は今、病に伏せっている」
「ガルディギア国王が、病に伏せっているとは聞かないが」
「戦争の火種を生まないように、広めない手はずになっている」
「では、僕が共和国の領土と玉座を手に入れるために戦を起こそう。さすれば、共和国は我が国へと吸収される。その過程で被害を確認した時には、退治しておく」
「なッ」
「何故僕の国がその話を聞いて、戦争を起こさないと思ったのだ、愚かな殿下よ。僕が子供だと侮ったか?」
「ラック陛下……待ってくれ、俺は別に侮った訳じゃ――」
「気分を害した。この話は今日は終わりだ」
ふぅ。国王業もなかなか疲れるものである。
僕だって助けてあげられることは助けてあげたい。だけど私情で動いては行けないのである。戦争はちょっと言い過ぎちゃったかも知れないけどね。
兎も角僕は席を立った。
『陛下、ちょっと宜しいですか?』
「入れ」
寝室にいると、扉の外からサイトの声がした。まだ眠くないし、腐妄想をしていただけなので、すぐに許可を出す。するとサイトが入ってきて、鍵を閉めた。密談(?)をしたい時に、サイトは良く鍵を閉めるんだよね。そんなことを考えていたら、急に――……正面から抱きしめられた。
「陛下」
耳元でサイトの声がする。直後、耳の後ろの付け根を舐められた。ゾクリとした。指先が冷たい。
「な、なにを……ッ!?」
突然の事態に声を上げようとした時、首筋に吸い付かれた。ジンと鈍い刺激が広がっていく。家訓と体から力が抜けて、僕は正面のサイトの腕の中に倒れ込んだ。すると、顎を掴まれ、上を向かせられた。
「ラック陛下」
「あ……ああっ……」
まっすぐにのぞき込まれる。サイトの瞳の色が――……青い。青の申し子の色だ。この大陸には、青い瞳を持つ人間はいない。理解した瞬間、腕をふりほどこうとしたのだが、意識が蒙昧としていて、体に力が入らない。
「貴方に戦争をする気はない。そうだな?」
「……ああ……僕は、戦争をしない……」
なんだろう、これは。体が勝手に動く。それに、共和国の王族でもないのに、どうしてサイトが、青の申し子の色と”力”を持っているんだろう。力なんて言うモノは伝承だと今の今まで思っていたけれど。確か青の申し子は、相手の人間に精気を注入して、体の統制権を奪えるのだ。それが、”容れ物”にするという事だ。
「それで良い。僕に従え」
「あ……」
ぼんやりとサイトの言葉を聞いていたら、唇が近づいてきた。サイトは本当に綺麗だ。
「っ……」
そのまま唇に柔らかな感触が振ってきた。僅かに口を開けた僕は、サイトの舌が入ってくるのを感じた――あれ、こうされることが初めてではない気がする。指で耳の後ろを撫でられながら、長くキスをする。
その時だった。
『陛下、お話しがあります』
扉の外からクルスの声がした。するとサイトが舌打ちする。
「――ラック陛下。全ては『いつもの通り』夢で、貴方は忘れる」
「……僕は忘れる」
僕は繰り返した直後、バンと肩を叩かれた。
――あれ?
目の前には誰もいない。いなかった。誰もいない? 当然だ。僕は寝ようとしていて……ああ、寝ぼけているのかな?
『陛下?』
「入れ」
クルスの声に立ち上がる。扉が軋む音を聞きながら――僕はよろけた。
「陛下!」
慌てたように、扉から入ってきたクルスが、僕を抱き留めてくれた。
「――何の用だ?」
「用件は――……ッ」
クルスが何故なのか、僕をギュッと強く抱きしめた。そうして舌打ちする。
「嫌な魔力がしたと思ったんだ」
「クルス?」
「陛下、お許し下さい」
「っ、んっ……!?」
クルスがいきなり僕の口を開け、二本の指を押し込んできた。正直苦しい。だがその内に、指先で舌を刺激されると、じわりじわりと体が熱くなり始めた。何が起こっているんだろう? よく分からない。
ピチャピチャと響く水音が恥ずかしい。口の粘膜が立てる音に――……粘膜? そうだ、”月神の子達”は、血や粘膜から、精を吸収するんだっけ……? そう思い出しながら僕は、ぼんやりと瞬きをした。その瞬間、クルスの瞳が赤くなったのを、僕の視線が捉えた。
「フっ、あ……」
そのまま寝台の上に押し倒されて、僕は、寝間着をはだけられた。無骨な指が僕の体を反転させる。指先が触れていくところ全てが熱を孕み、何かが、そう”力”が熔けだしていくようだった。
「あ、あ、あ」
そして、唾液に濡れた二本の指を少し開くようにして、中へと押し込まれた。広げられる間隔に背が撓る。
「ンあ、あっ……ああっ……っ……」
二本の指が奥まで入りきると、今度はそれを激しく抜き差しされた。体が熱い。何かが熔けていく。ただの唾液が指にまとわりついているだけのはずなのに、なのに、中から体を伝わるようにして、グチャグチャという音が響いてくる。
「あっ、はっ、うう、や、止め……」
四つん這いの姿勢で、中を嬲られ、僕は快楽に泣いた。
「やだっ、うあ……ああ!!」
「我慢してくれ陛下。クソ、俺が目を離したばっかりに。すぐに吸い出してやる」
「ンア――!!」
クルスが何を言っているのか分からない。直後内部の感じる場所を強く刺激され、僕はもっと強くされたいと望んでいた。ギュッと目を閉じると、涙が出てくる。ああ、おかしくなりそうだ、僕は、この快楽を知っている――そう思った時だった。
「ひッ」
首筋へとクルスが吸い付いた。鈍く痛み、突き刺さる感触がする。そうだ、快楽に染まった血が、月神の子達にとっては何よりも美味しいのではなかったっけ……? ああ。
そのまま僕の意識は途切れた。
王子と話した翌朝、昨日の夜は、珍しく誰も訪ねてこなかったなと思った。
なんだか今日は妙に体が気怠い。両腕で体を抱いてみる。
体調があまり良くないのかもしれない、だが、今日も僕の妄想は絶好調だ!
朝起きた時に閃いたのだ。
『クルス……僕は戦争をしたくはないんだ。僕に従ってくれないか?』
そう言い、サイトの側からクルスの唇を奪う。色仕掛けだ! 昼の清艶さが嘘のように、サイトはクルスの耳に触れながら嘯く。
『それがこの国のためなんだ』
『用件はそれか?』
サイトからの激しいキスを受け入れた後、クルスが苦しそうな顔で言う。サイトのことが好きだから、だからこそ、その気持ちを利用されたくないと考えているのだ。
『クルス、クルス、クルス』
本当は用件だけじゃないから、サイトは何度もクルスの名を呼ぶ。
それからクルスは、サイトを寝台へと押し倒し、服を乱暴に脱がせる。
四つん這いになったサイト。その口の中に指を入れて舌を嬲ってから、クルスはサイトの背筋を舐める。
『ンあっ……』
『仕事のことなど忘れさせてやる』
『ク、クルス、僕は……ああ!!』
感じる一点を刺激され、サイトがのけぞる。二人の荒い吐息が室内にはこだまし――……
「陛下?」
サイトの声で僕は我に返った。
「お顔の色が優れませんが」
まずい。また妄想の精で顔が赤くなっていたのだろうか。
「大事無い」
「――いいえ。お顔が真っ青です。本日は急務もありませんし、少しお休み下さい」
「私もそれが良いと思います」
クルスにまで言われた。
――僕は、後で考えたら幸せなことに、本当に知らなかったのだ。
宰相のサイトが”青の申し子”で、人間に精気を注入する種。
近衛騎士のクルスが”月神の子達”で、精気を吸収する種。
その二つの事実を知らなかったのだ。
同時に……僕が二人にされたことが、自分の妄想の土台になっていたことも、全くもって知らなかった。僕が妄想していたシチュエーションの大半が、実際にどちらか一方が僕を相手にした行為だったりしたらしいのだ。僕の妄想と絶対的に違うことは、たったの一点。二人とも僕に挿入したことがないという、それだけだった。僕の妄想の中では、クルスがサイトに挿れまくっているけどね!
本当に僕は、何にも知らなかったのである。