10
その日の夜、僕はがちがちに緊張していた。
これまで自分の記憶がある中で行われたのは、二人がかりで無理矢理(?)が一度だ。
他は全て曖昧な記憶と……今となっては、朧気に気持ち良かったと言うことしか覚えていないんだよね。だけどこれからは違う……のかな。
僕は、本日、私室にクルスを招き入れる。
いつも通りのことのはずなのに、僕は来る前からノックの音を聞き逃さないようにしつつ、シーツを被っていた。これからどうなるんだろう。胸が非常に騒ぎ立てて、心臓がドクンドクンと煩い。来ないでくれないかな、と言う気分だ。だけど約束(?)してしまったんだよね。うん、なんだか流されている気がする。
しかしその時、ノックの音が響いた。
『陛下、宜しいですか?』
「……入れ」
あああ、ついに来てしまった。どうしよう。本当、どうしよう。
僕が震えながらシーツから顔を出すと、静かに扉を開けて、クルスが入ってきた。
そして歩み寄ってきたから、僕は思わず体を引いた。
「陛下」
「は、はい!」
「……本当は嫌ですか、私に触られるのは」
するとクルスの瞳が、少し寂しそうなものへと変わった。僕は少なくともこの世界で国王になる前(前世)から見たことはないけど、雨に濡れた子犬というモノは、こういう風に見えるのではないだろうかと思う。
「怖くて嫌なんだろう? それなら暗示があった方が……」
「僕が怖がる? 馬鹿なことを言うな。この僕がこの程度恐れるはずがないだろう。そもそも暗示をかけても同じ行為をするのであれば、結果は同じだ」
嗚呼、しかし僕の口から出るのは強がりというか、染みついた国王口調! もう嫌だ、本当は怖くて逃げ出したい。クルスも察して居るんなら来ないでくれれば良かったのに!
「そうか、良かった」
クルスが両頬を持ち上げて笑った。だからその笑みは、サイトに向けて欲しい。切実にそう思う。なんで僕なの。本当。
「陛下」
ギシ、と音がして、クルスが寝台の上へとあがってきた。無意識に体がビクリとしたが、それを自覚した直後には、クルスに押し倒されていた。まずいまずいまずい、意識がこんなに清明なのは初めてだから、本気で緊張する。クルスはそれから、僕の首筋に唇を落とした。乾いた感触がし、強めに吸われて鈍く痛んだ。
「ぁ……――!」
鼻を抜ける声が出た直後、今度は深々と唇を貪られる。
反射的に逃げた舌を追いつめられて、体を引こうとすると後頭部に手を回された。
その後、僕は息が苦しくなるまで、何度も角度を変えてキスをすることになった。
「ん、っ……は、ァ」
「陛下はいつまで経ってもキスに慣れないな」
「……」
いつまでと言われても、だ。ちゃんと意識がある状態でこんな風に熱烈なキスをされたのなど初めて――……いや、昼にユノスとしたな。しかしアレは犬に噛まれたと思って忘れよう。
「陛下。何を考えているんだ? 俺のことだけを見てくれ」
クルスは普段は、「私」と言うくせに、口調が変わると「俺」というようになる。
それにしても鋭い瞳でじっとのぞき込まれると、やっぱり体が震えてしまうんだよね。
「べ、別に考え事なんてしていない」
「当ててやる。昼間のユノス殿下のことを思い出していたんだろう?」
何故なのか、考えを読まれた。恐ろしい。
僕が思わず息を飲むと、クルスの目が細くなった。
「どんどんライバルが増えていくな……」
「? どういう意味だ?」
何の話だろう。僕にはよく分からない。今のこの押し倒されている状況でなければ、クルス×ユノスかユノス×クルスかじっくりと思案したと思う。ユノスが相手ならクルス受けも悪くないかも知れないが、できればクルスには理想の攻めであって欲しい。って、あれ、結局僕、考えているじゃないか。クルスがユノスを呼びだして、キスのことを問いつめて、それから――……
「陛下。顔が赤くなってる」
「!! こ、この暗い部屋でそんなことが分かるのか?」
「月神の子達は、身体能力に優れているから、夜でも良くモノが見えるんだ。例え俺がそうじゃなかったとしても、陛下のことなら見逃さない自信がある」
「そ、そうか」
「俺とのキスに照れてくれたのか?」
「え」
「照れられると嬉しいな」
なんとクルスが幸せな勘違いをしてくれた。良かった、僕の腐妄想は露見しなかった!
安堵していると、シャツのボタンに手をかけられた。
そして――夜が始まった。
「ッ、あ、フっ……あ、ああっ、嫌、止め」
気持ちいい。ずっと中を指でかき混ぜられてから、感じる一点を擦るように刺激された。
次第に息が上がってしまい、体が震えた。今度は恐怖からではない。きつく瞼を閉じて唇をひきむすぶと、生理的な涙が零れた。その時急に、クルスの手が止まった。
「少しいつもよりきついな。まだ緊張している」
「あ、ひぁ……ク、クルス、あ」
今度はもどかしさがこみ上げてくる。自然と自分の腰が揺れてしまうのが分かった。
「あ、あ、あ」
「少しなじませた方が良いな」
「え、あ……ううッ、あ、あ……」
急に止まった指の動きに、ガクガクと体が震えた。クルスはそんな僕を見ながら、耳の下へと口づけて、吐息に笑みを乗せた。チクリと痛みが走った瞬間、僕の全身から力が抜けていった。一気に視界に霞がかかったようになり、僕は全身を寝台に預ける。しかし暴かれている中の熱は変わらない。寧ろその場所の感覚だけが鮮明になった気がして、僕の頭の中は、さらなる刺激を求める気持ちに侵された。
「ひッ、ああン……や、やだ、ッ、あ、ああ」
「何が嫌なんだ? やっぱり力を抜かれるのは嫌か?」
「フ、ぁ……ク、クルス、だから……ン」
「だから?」
「……ッ……」
昨日が激しすぎたせいもあるんだと思う。逆に穏やかで優しすぎて、それが辛く思えてくるのだ。体内でずっと熱が燻る感覚で、じわりじわりと快楽に焼かれていくような、そんな気分になってくる。その上、全身からそれは、力を抜かれることと共に熔け出すように広がっていくのだ。
「ああっ、うあ、も、もう、止め……ヤダ」
「何が嫌なんだ?」
「……ふっァ……」
何がって、だからって……恥ずかしくて指を動かして欲しいなんて言えないよ。僕は本気で涙が出てきた。頬が熱い。苦しくて舌を出して息をした。
「教えてくれ、陛下。どうして欲しいんだ?」
「っ」
その言葉に、クルスは、絶対わざと指の動きを止めているのだと確信した。なんと言うことだ。僕は呆然として目を大きく開いた。僕、言わないとならないの? 羞恥が募ってきて、唇をパクパクと動かしてしまう。
「あ……その……っ……」
しかし我慢の限界だ。どうしよう、僕はどうしたら良いんだろう。
「指を抜いてくれ……」
結局恥ずかしくて、僕の口から出てきたのはその言葉だった。
「本当にそれでいいのか?」
「あ、あたりまえだ……!! 力を抜くんならさっさとしろ」
「御意」
目を伏せ溜息をつきながら、不意にクルスがもう一方の手で僕の陰茎を握った。
「!」
「本当は違うだろう?」
「ああああああ!!」
中の感じる場所を強く何度も刺激されながら、前を刺激され、僕は思わず声を上げた。全身に広がった快楽が、中心に収束していき、熱が解放を求め始める。
「や、やぁあ、あっ、ンあ――!! クルス、あ、僕、あ!!」
「陛下は可愛いな」
「ヤダヤダヤダ、も、もう、あ、ア――!!」
そのまま呆気なく、僕は性を放ち、ほぼ同時に全身から何か大きな力が抜けていく感覚がした。意識がぐらつき、僕は枕に頭を投げ出しながら泣いた。
正直――気持ちが良かった。そんな自分に絶望した。僕の体のバカ!