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翌日、僕はカルディナ殿下から謁見を申し込まれた。
話を盛ってきたサイトが、じっと僕の目を見た。無言の圧力だと思うんだよね。ちょっと恐ろしい。そして僕が暇だと言うことは、僕のスケジュール管理をしているサイトは、誰よりもよく知っているはずだ。しかしすぐに申し出を了承するのは、体裁が悪い。どうしよう。
それにしても、カルディナ殿下が滞在してからもう暫くが過ぎた。
そうだ。公式会談という事にして、日程調整をする形にしよう。

「サイト、カルディナ殿下の来訪の目的をそろそろこちらでも咀嚼し行動に移した方が良いと思う」
「”古害磊”の駆逐ですか」
「ああ。そのために、互いの国の代表として、公的な話し合いの場を持とうと思う」
「承知しました」
「調整しろ」
「御意」

サイトは頭を下げてから、ふと顔を上げて僕をじっと見た。なんだろう、サイト的にはこれで満足じゃないのかな。不満なのかな。僕にはこれ以上できることはないよ?
考え込んでいると、穏やかにサイトが笑った。頬を持ち上げた柔和な様に、僕は思わず息を飲んだ。やっぱり――こういう表情は、理想の受けなんだよね!
その後、サイトはクルスと段取りの手配を始めたので、僕は歴史書を読んで暇を潰した。

そして会談は、三日後に行われることとなった。

「公的な会談を設定して頂けて、恐縮です」

完全に僕を相手にすると低姿勢で敬語になってしまったカルディナ殿下を見ながら、僕はわざとらしく膝を組んだ。

「構わない。古害磊は、御国だけの問題ではないからな」
「思慮深く寛大なお心遣い痛み入ります」

俯いたままカルディナ殿下は顔を上げない。そんなに怖がられてもな。最初の勢いはどこに行っちゃったんだろう?
それとも公式会談で、室内に人がいっぱいいるから緊張しているのかな?
人がいっぱいと言っても、殿下の国からの出席者は勿論殿下一人だけどね。

「陛下……これだけはお願いいたします。苦しんでいる民草がいる。俺はその者達を見捨てたくないんだ。そのためには陛下のお力が必要なんです。なんとしても宝玉の力が必要なんだ。俺のことはこの際どうなっても構わない。だが、俺の国と国民のことだけは助けて欲しい」
「殿下に価値はない。価値無い者をどうにかする必要など有るのか? それともその価値があると過信しているのか? 重要なのは国益だ。さて、民草か。あくまでも、殿下の国の国民だな。僕の国の国民ではない」
「陛下、それは――……ッ!!」
「しかしながら、人という存在に国は関係ない。尊い人命が失われようとしている。相応の配慮が必要だろうな」
「!」
「良かろう。僕が手を貸そう」

うん。純粋に村人達のことは心配だしね。最終的にはこの結論に持って行こうと僕も思っていたし、サイトだって納得するだろう。後は移動手段をナイルと相談して、勇者の遺物を使う前後の身の安全をクルスと相談すればいい。

「有難うございます! 有難う、陛下!!」

叫ぶように言って、カルディナ殿下が立ち上がった。それから僕の方へと歩み寄ってくると、しゃがんで僕と視線の高さを合わせた。しかし本当に綺麗な色の瞳だな。そんなことを考えていると手を取られ、ギュッと握られた。

「これで国民が救われる。ご助力に感謝する。陛下は本当は、優しいお方なんだな」

本当は、ってなんだろう。酷い話しだ。僕はこれでも精一杯頑張って国王業をしているから、冷徹であれと心がけているだけで、基本的には優しいと思うんだけどな。だってさ、ちょっと怖くないと、子供だから舐められるし。だけど冷たくしすぎると、それはそれで不興を買うから難しい所なんだよね。

そんなことを考えていたとき、大きな音がして勢いよく扉が開いた。

驚いて視線を向けると、そこには弟のユノスが立っていた。
何事だ。また迷惑事でも持ってきたんじゃないよね。

「会談だと聞い――……! 何をしている、兄さんから手を離せ!」
「「は?」」

僕とカルディナ殿下の声が重なった。そこへ乱暴な足取りでユノスが歩み寄ってきた。
そして殿下の腕を軽く叩くようにしてから、何故なのか僕の両手を取って握手してきた。何事だ。

「駆除を理由に、さては兄さんに会いに来たな?」
「……え? いいえ」

カルディナ殿下が完全に困惑している。僕も困惑してるよ! ユノスはどうしちゃったんだろう。まぁいいや。

「ユノス、駆逐に行くことに決定した。当日は、国王代理を任せる。有難く思え」
「当然。俺様の他に出来る人間など存在しないからな」
「……では、他の者に任せることとするか」
「俺様以外にふさわしい人間がいないことは分かっている」

ユノスはいつもながら、自信過剰だった。そして暑苦しい。

「しかし事は急を要するようだな! 人命は何よりも尊い! 我が国としても見過ごせない! すぐに行け、兄さん!」
「日程はこちらで調整する。僕は多忙なんだ」
「この俺様が引き受けてやるんだから大丈夫だろう」
「……」

本当この自信はどこから来るのだろう。僕は沈黙してしまった。
それに本当なら今日今からでも行けるくらい暇なことがバレてしまう。正直ユノスにもそれはバレたくない。

「煩い、指図される覚えはない」

仕方がないので僕は言葉をひねり出した。
そうしながらまだしゃがんでいるカルディナ殿下と、随分と身長が高くなったユノスを交互に見据える。
――ユノス、子供だ子供だと思っていたけど、攻めも行けるかも知れない。
カルディナ殿下はやはり受けだろうか。受けだよね? けどヘタレ攻めも美味しいな。とりあえずヘタレている気がする。ううむ。
ユノス×殿下……殿下×ユノス。やっぱり、ユノス攻めかな。
外見はすっかり二次性徴後で大人なのに、中身はまだまだ十二歳なユノス(身長はまだ伸び続けてるみたいだけど)。一方の、引き込まれるような色彩を持つカルディナ殿下。

『殿下のことは、俺が絶対に助けてやる』
『有難う、俺の国のことをそこまで思ってくれて』
『違う、お前の国じゃない、俺様は、お前のことを助けたいんだ』
『ユノス様……』
『ユノスで良いと何度言ったら分かるんだ、カルディナ』
『……俺には殿下とちゃんとつけてくれ』

うん、きっとこんなやりとりをするのだろう。そして抱きしめ会う二人。実際ユノスがここに来たのも、カルディナ殿下のことが心配だったからなら、ご飯三杯くらい行けるかも知れない。

『助けてやるから絶対に』
『ユノス……』

触れ合う唇と唇――……

「兄さん……? また具合が悪いのか?」

その時、響いたユノスの声で意識が現実へと戻った。
ハッとして瞬きをする。するとユノスが、首を傾げながら僕の額に手を当てた。

「熱は……無いな。今日も顔が真っ赤だぞ。青いよりはマシだけどな」
「手を離せ」

まずいまずい、腐妄想の結果が顔色に出てしまったらしい。危ないところだった。
僕は視線を逸らして、今度は、カルディナ殿下を見た。
すると殿下は息を飲んでいた。

「今日も? まさかずっと具合が悪かったのか!? なのにこうして話を聞いてくれたのか……! 俺は誤解していた!」
「誤解……」
「無理を言って本当に悪い……でもな、陛下しかいないんだ」

父親が病気だから敏感なのかな。カルディナ殿下の目が、何とも優しくも苦しそうなものへと変わった。別に僕病気じゃないんだけどね。
まぁそんなこんなで、こうして会談は終了した。

それから少し休もうと思い、会談を行った部屋の椅子から立ち上がった。
その時、声が響いた。

「陛下、宜しいですか?」

僕を呼び止めたのはナイルだった。珍しいなと思いながら小さく頷くと、歩み寄ってきたナイルが屈んで、僕の耳元で囁いた。

「陛下……その首の痕は……キスマークでは……?」

その言葉に目を瞠りながら、僕は慌て手首を手で押さえた。
昨日クルスに口づけられた場所をだ。

「そのご反応、やはり……」

そ、そうだよね。示されるまでもなく、場所を自覚して手を当てちゃったんだから、キスマークだって自分から発表しちゃったようなものだよね。

「陛下。陛下は先日の夜もそうですが……ここのところご様子がおかしいです……」
「……別に」
「別に、では、ございません。私は心配でなりません。なにかご事情があるのなら、お話し下さい」
「事情……」

確かに誰かに現在の状況の全てを相談してしまいたいような気もする。
僕はじっとナイルを見上げた。ナイルも僕を見ていた。
唾液を嚥下する。ナイルなら、ナイルになら、言っても信じてもらえるかも知れない。

僕は、ナイルに話そうかなと思案したのだった。