13
翌日早速、”古害磊”の討伐について打ち合わせをする事になった。
僕の隣にはサイトが立っていて、正面の席にはナイル、その隣にクルスがいる。移動手段は、魔法陣での移動になる。だから宮廷魔術師のナイルが、移動面では一番の責任を負う。
「視察に派遣した魔術師の報告から推察するに、理想的な移動魔法陣の構築場所が”古害磊”に侵されるのは早ければ明日です」
「明日?」
「明日には既に侵されているかも知れない」
クルスとナイルのやりとりを聞きながら、僕は頬杖をついた。要するに今日にでも出かけた方が良いということだ。ないるもそう言いたいようで僕を見上げた(僕の座る椅子は高い)。僕は小さく頷いて返してから、机の上に広がる羊皮紙を見た。
「ことは早い方が良いだろう。早々に準備を整えよ」
「御意」
ナイルがそう言って、壁際に控えていた部下に視線で指示を出した。するとその者はすぐに部屋を出て行った。これは今日中に行く流れだよね。
「サイト」
「はい、国境通過の件に関してはっカ国に先に通達する準備が整っております」
「クルス」
「はい、陛下の御身をお守りし、安全に宝玉をご行使頂けるよう、すでに近衛の配置は万全です」
それなら何も問題はないよね。僕は立ち上がった。
「行くぞ」
――向かった先は荒野で、すでに白い粉が降り積もっていた。村は影も形もない。村人たちは皆避難済みだというから、少しだけ安堵した。周囲には”古害磊”が溢れかえっている。口から皆白い粉を吐き出している。
僕は粉よけのために、灰色に近い砂色のローブをまとっている。そのローブを深々と被り直し、口布に手を当てた。粉を吸えば、数日は動けなくなる。体に痺れが残るのだ。悪くすれば死ぬ。
僕はローブの上に羽織ったマントが揺れるのを感じた。
初秋の冷たい風が、マントを翻す。
僕の背中には、円形の中に顔つきの太陽と斜めにクロスした剣の紋章が描かれている。国の紋章だ。太陽神と勇者の象徴だ。
それにしてもこの状態はひどい。
砂漠のように降り積もった白い粉を見ながら考える。これはフェーズ7だ。確かにこのままにしておけば、確実にこの一体は”古害磊”の巣にかわり、大陸の一部が侵される。
早々に駆除しないと大変なことになる。
僕は持参した宝玉を見た。
豪奢な衣装が施された菌の十字架の中央に嵌る紅玉だ。
手のひらサイズの十字架だが、これが勇者の遺物としての確かな力を持っていることを僕は知ってるんだよね。
「始めるぞ」
「御意」
後ろに控えていたクルスに告げる。するとクルスが腕を右にまっすぐと伸ばし手を動かし、それに従い近衛騎士が配置を変えた。ここに来るまでは"人間"から僕を守るために存在した彼ら。しかし遺物を使うとなった時、相手は”古害磊”だし、寧ろ近衛騎士達に危険が及ぶことがある。黒い騎士装束が、白い粉の上でよく映える。
僕は脳裏で魔法陣を描きながら、古代語で聖文を口の中だけで繰り返した。
宝玉を使う前に、そのために呪文を口にするために、相応の準備がいるのだ。
ただ魔法陣があるからだいぶ簡略化されてるんだけどね。
さて、始めようかな。
「太陽神の御恵みの元、勇者の子孫たるアテスレイカの加護の元、我、汝に乞い願う――ライラック!!」
僕は唱えてから口布をほどき、宝玉に口付けた。
いつも思うんだけど、どうして呪文ってお花の名前なんだろう?
そんなことを考えながら、紅玉から溢れた閃光が周囲を染め上げて行くのを見守る。直後轟音が響き渡り、大地が揺れた。周囲に降りしきっていた粉が、一度固まってから硝子が割れるように砕け散って行く。”古害磊”の姿は光が収束した時には、もうどこにもなかった。遺骸すら残らない。まぁこんなものだろう。これで半径二百キロくらいは浄化されたはずだ。もしその範囲に迷い込んでいた動物や人間がいれば皆しんでしまったことになるけど、”古害磊”がいたのだから、それはあり得ないと思いたい。処刑にはGOサインを出す僕だけど、人が死ぬのは本当に嫌なんだ。
そんなことを考えながら振り返ると結界内にいた人々が、呆然としたようにこちらを見ていた。どうしたんだろう?
「っ、流石ですね、陛下……」
歩み寄ってきたクルスが、唾液を嚥下しながら言った。
そうだろうか。まぁこんなものじゃないかなと思うんだけどね。
それから僕たちは、魔法陣で帰還した。
魔法陣で王宮へと戻った時、ポツリと隣に立っていたクルスに言われた。
「力を使った後の陛下はいつもにまして美味しそうだ」
「え?」
「強い力があるからこそ、抜きたくなるんだ。最初はそれが理由だった。今じゃ、愛の方が強いけどな」
愛って何だろう……。僕にはいまいちそれがわからないよ。
概念的にはわかるけどさ。
この日はつかれているだろうからと、誰も来ない事になった。
いつも疲れてるんだけどね……。
その日の夜、僕は夢を見た。
――噂に聞く(勉強した)夢渡りだと気がついた。なぜなら瞼を閉じた瞬間、僕は見知らぬ場所に立っていたからだ。
そこは全体的に青い場所だった。
僕の正面には、透明な硝子が有るかのようで、決して向こう側へは行けない。
向こう側、鏡合わせのようにして、僕の座る玉座の真正面にもう一つ玉座があるのだ。
たった一人、少年がそこに座っている。青い髪に青い目をしていた。
氷のような無表情で暗い瞳をしている。だが強烈な既視感に襲われた。僕はこの子供を知っている。一体誰だっけ――ああ、僕だ。僕と同じ顔をしているのだ。
「汝に問う。世界を救う気はあるか?」
その時凛として真の通った冷たい声が響いた。
普段の僕ならばそれこそ凍りついたかもしれないが、なぜなのか不思議と恐怖はなかった。僕と同じ顔だからかな?
「ない」
「……頼む。救ってくれ。青の宝玉が、ここにある」
「誰だ?」
「我は海神」
「僕の国の主神は太陽神だ。屈することはない」
海神(自称)の言葉に、僕はいつも通り、国王の顔ができた。
それが染み付いてしまっているからなのか、僕と同じ顔をした相手だから怖くないせいだからなのかはわからない。
「大体世界を救うとは一体どうすれば良いんだ?」
「”赤の世界”を再構築して欲しいのだ」
「赤の世界?」
「そうすれば世界の均衡は保たれる――時間がない」
玉座を海神が降りてくる。というか瞬間移動だった。
気づけば僕の位置も玉座に座っているのではなく会談したの硝子の正面へと立つ形に変わっていた。
そして硝子越しにキスされた。するとざわりと全身を悪寒が走る。
何かが、僕の中に満ちた気配がした。
思わず目を伏せる――次に開けばそこは見慣れた自分の部屋だった。
ぱちりと目を覚ますと、まだ夜で月明かりが差し込んできていた。
びっしりと全身に汗を掻いている。
一体今のは何だったんだろう?
それに――赤の世界って何だろう? 初めて聞いた。少し調べてみよう。どうせ日中は暇なんだし。結局その日の夜は胸騒ぎがひどくてよく眠れなかった。
翌日僕は、宝物庫に行き、王族しか入れない書庫に入った。
外でクルスとか待ってる中、一人ではいる。
暗い中、蝋燭を中央の机の上に置く。
とりあえず一冊目、青の世界の本を手にとって見た。青の世界ならば有名な神話だ。ぱらぱらとめくってみると、古びた羊皮紙が一枚挟まっていた。
羊皮紙に古代語で走り書きがしてあった。
――奥の時計の前の床石の下。鍵言葉は、リンゴの種の数とアステリカ。
古代語は、僕も一応読めるんだよね。
一体なんのことだろうかと思いながらも、羊皮紙にあった通りの場所に行き、石をめくってみる。
「?」
すると一つのクリプテックスがそこにはあった。
円筒上で中にキコナ酒が入っていて、側部のフェルニア文字を正確に合わせないと、中の羊皮紙が熔けてしまう。キコナ酒は、紙を完全に分解する効果がある。とりあえずそれを手にした時、僕はクルスに呼ばれた。ああ、そろそろ戻らないと。
「またせたな」
「陛下、それは?」
「ちょっとした玩具だ」
僕はその日以来、玉座でクリプテックスをくるくる回すのが日課になった。知恵の輪気分だ。だけどあの鍵言葉、答えはなんなんだろう。未だに思いつかないから開けられないでいる。
そんなこんなで一日が終わった。