15
その日の夜はクルスが部屋へとやってきた。
「フ……うあぁッ」
陰嚢を揉みしだかれながら、付け根へと舌を這わせられる。
舌先でチロチロと嬲られる内に、涙がこみ上げてきた。すごくもどかしい。
湿った思いの外固い感触に、筋を舐めあげられて僕は震えた。涙が眦を伝って零れる。
「はっ、ンあ……ひッ」
正直に言って気持ちがいい。そんな自分に怖くなる。何よりも与えられる悦楽も怖かった。体の中心に集まった熱が腰の感覚を消し、代わりに背骨を伝って這い上がってくる。じんじんと指先までもが熱くなった気がした。力の抜け切った体では、ただ感じることしかできない。
その時筋に沿って舐め上げられ、ビクビクと僕の自身は脈動した。
もう限界だよ。
「あ、あっ、あ……クルス……」
「今日宰相閣下を罷免しようとしたな」
「ひぅ」
「俺のこともいつかクビにするのか?」
「あ……あ……」
「別に俺は地位などいらない。だけどな、陛下のそばにいられなくなるかもしれないと考えただけで、気が狂いそうになる」
「やだやだやだ、も、もう……うぁあああ」
もう悦楽以外の何も考えられなくなった。
話しながら舐められるのがもどかしい。もどかしいよ。
舌の動きが曖昧になったりするから、イくにいけない。
ついに肩まで震えて来た時、クルスが顔を上げた。そして僕の首筋に唇を落とした。カリと噛まれると、全身にそれまでとは違ったうずきが広がって行く。何かが抜き取られる感覚に、全身が弛緩する。
同時に片手でクチュクチュと陰茎を嬲られ、僕はようやく果てた。
目を覚ました時僕は、クルスに抱きしめられて眠っていた。
――クビにするのか?
当然、機会があれば……YESだと思う。
だけど打算的にそれじゃ国が回らなくなると思う僕もいるし、それに……それに?
僕はひっそりとクルスの寝顔を見据えた。
僕の中で、ちょっとクルスとサイトは特別になりつつあるかもしれない。
散々泣かされる度に、素の僕を見せてしまう場面があるからかもしれない。
あんな風に快楽を与えられたら、ポーカーフェイスじゃいられない。
今まで見せていた、きっとそれは嘘で仮面の自身を、わかってもらえたような、そんな錯覚に陥るのだ。わかっているんだよ、これでも。錯覚なんだって。だってこの関係は僕が望んだものじゃないんだから、僕の本意じゃない。だよね?
なのに気持ちがいい自分がいるから、困るんだ。
僕はただ妄想が好きなはずだったのに……。
自分で自分が怖い。
せめてこれが一人だったなら……って、僕は一体何を考えちゃってるんだろう!
一人だろうが二人だろうがこんな関係は大問題だ。
そんなことを考えているうちに僕は再びまどろみにとらわれた。
翌日。
僕はクリプテックスをひねりながら、目を細めていた。
リンゴの種ってなんだろう?
僕の腐男子知識だと、Macとか……アダムとイブの禁断の果実だったかもしれないとか。だけどそれこの世界のは関係ないよね。あ、だけど、知恵の木の実……知恵の象徴は、この世界で林檎だ。同時に林檎は、背徳の象徴だ。
BL妄想風にすると、海神は、太陽神の後に月神と関係を持ったから!
実際には、海神が、「我が君が代は数字によりなりたたし、契約の道標。私には荷が重い」と言って(古代語で)、青の世界に潜ったことになっている。
天照大神の天の岩屋的な感じだ。太陽神不憫!
その太陽神を進行しているのがうちの国だ。
そうそう戦争もどうしよう。
太陽神×海神←月神はやはりいい。
生身の人間じゃないからリアルに妄想に浸れる。最近の僕は現実問題になりつつあるから、サイト受けから遠のきつつある。なんでかな……。こんなはずじゃ……!
「陛下、いかがなさったのですか?」
サイトにその時言われた。お前のせいだなんて僕は言えない。小心者なんだよね。
「リンゴといえば、なんだと思う?」
そこで目下の悩み(?)のヒントを集めることにした。
海神絡みだし、サイトならば何か知っているかもしれない。
「林檎は、月神の子達の象徴ですね。かじった姿と満ち欠けの様子をかけていると言われ……何故です?」
「僕の思いつきに口を出すのか?」
「失礼いたしました」
サイトの腰は低い。だけど余裕そうに見えるのは僕の気のせいかな……。
だけどそうか、月の満ち欠け。
確かにそんな伝承もあった。
月齢とリンゴの半減をかけているのだ。
曰く――月神の好物のリンゴの赤に似た血肉を子供達は求める。
それが月神の子達の本性とされている。
実際に本性だったしね。
血肉っていうか精気(?)だけど。
ただそう聞くと――むしろ赤がよぎる。赤の世界?
僕の脳裏には、血にまみれた空間がよぎった。だけどそれは違うと何かが言う。もっと橙色に近い暖かいもの――それが赤の世界だと、僕はなぜなのか、識っている。それは青の世界の対になるもので――なんだろうこの感覚。僕の本能がわめき立てている感覚だった。
「……まるで青の世界と林檎の問いなど、宮廷魔術師に伝わる赤の世界の話のようですね」
その時ポツリと、壁際にいたナイルが言った。
この国では決して宮廷魔術師の立場が優位ではないから、いつだって彼はその位置に立っている。それはいい。だが、だがだ。
「赤の世界?」
思わず僕は玉座から立ちあがっていた。
するとナイルがびくりとしてからこちらにむきなおった。
「恐れながら――海神は、実のところ青の世界に潜ったのではなく、この世界の均衡を保つため、強すぎる太陽神の力と均衡を取るため、青の世界を構築したという古文書が存在するのです」
「して、赤の世界とは?」
「青の世界ができる以前より存在する太陽神の庇護を受けた世界――要するにこの人間が住まう世界のことです」
「……」
人間が住まう世界?
この話は初めて聞いたが……人間の住む世界を再構築などできるのだろうか?
そもそも再構築の定義がわからない。
「ではこの世が赤の世界か?」
「いいえ――太陽神の庇護を受けた勇者がいてこその赤の世界だと言われております。恐れながら、遺物の行使ができていらっしゃっても、陛下は勇者様ではございませんので……」
だとすると――要するに勇者を見つけろと言う事だろうかと僕は考えた。
「勇者とするには条件はあるか?」
「陛下が御自ら、アステレイカだと宣言すれば、あるいは」
「僕は救世主ではない。そこは弁えている」
「自称と他称は異なるものであり、矮小なるこの一家臣にとっては、陛下は紛れもなく救世主であられます」
「僕を救世主だというのか?」
「ええ」
ナイル、本当にいい人!
なんだか僕はほっこりとした気持ちになった。
ただふと思う。
僕が勇者になったら、赤の世界は再構築できるのか?
どうして海神はそれを望むのだろう。
再構築するということは今は存在しないはずだ。
そもそも存在しないのであれば均衡を保つために青の世界を維持する必要などあるのだろうか?
結局わかったのは、僕にはわからないことだらけだということだったのだった。