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銃撃事件以降、僕は落ち着かない日々を送っている。
暗殺未遂が理由じゃない。原因は――……

「陛下、好きだ」
「……」

クルスのネジが外れてしまったことだった。今も、寝台の上で僕を抱きしめて、ずっと好きだ好きだと繰り返している。その傾向はもともとあったのだけれど、ちょっと優しすぎた。耳元で好きだと囁かれるたびに、なんだかいたたまれなくなってくる。
僕だって嫌いじゃないんだよ?
肉体関係持っちゃってるよ?
(挿れられたことはないけれど)
けれど、けれどだ。僕は、ノーマルなのだ。これでも、腐っても。

「ほ、ほかに話題はないのか」
「言いたりない――ああ、そうだ。陛下、そういえば、クリプテックスの暗号は解けましたか?」

僕の言葉に、一瞬瞳を揺らして、クルスがそんなことを言った。
あれ、僕クリプテックスのことを、クルスに話したんだっけ?
忘れてしまった。

「クルスには関係のないことだ。あんな玩具」

ただ解けていないというのが、何となくしゃくにさわった。ちょっとだけ恥ずかしかったのだ。もう暦を腐男子知識に換言すれば、三ヶ月近くが経っている。なのにヒントさえ、あのナイルに聞いた事柄が最後だ。完全に行き詰まっている。

「ええと、じゃ、じゃあ、今日は何の日かご存知ですか?」
「今日?」

残念ながら僕は知らない。今日といってもまだ日付が変わったばかりだ。
僕が首をひねっていると、クルスが持参した大きなカバンに手をかけた。
静かに見守っていると、その中から、クルスが小さな花束を取り出した。
甘い香りが一気に充満する。

「恋人同士の日だ」
「!」
「ぜひ受け取って欲しいんだ」

なんということだ。すっかり忘れていた(僕には恋人はいないからな。いないからね!)。
受け取れば、それは僕がくるすの恋人だと、ここに宣言したようなものだ。
断ろうとすると、強く後ろから抱き寄せられた。

「片思いだとしても、渡す権利はある。迷惑かもしれないけどな、けど、どうしても陛下に渡したいんだ。こんなことを思ったのは、陛下が初めてなんだ」
「クルス……わ、分かった。受け取るだけだ」

断り文句が見つからないんだから仕方がないよね?
そう思い手を伸ばした時だった。
扉が勢いよく開いた。

「なんだこの香りは――それは、睡眠華だ」

入ってきたのはサイトだった。その言葉に驚いてクルスを見ると、クルスがあっけにとられたような顔をしていた。

「睡眠華? 嘘だろ? 普通に花屋で買ったんだぞ」
「間違いない、この香りは。陛下、吸い込まないでください」

サイトの声に、後ろからクルスが僕の顔に手を当てた。

「店ですり替えられたのかもしれない。すぐに花屋に捜査の手を入れる」
「どこの花屋で買ったんだ?」

厳しいサイトの声に、王室御用達の店の名前をクルスが上げた。その瞳には困惑の他に、怒りが滲んでいるようだった。



僕がサイトに声をかけられたのは、翌日のことだった。
その時僕は、僕を眠らせてどうする気がったのか、考えていた。あの香りを長時間吸い込むと、まる一日寝込むらしい。僕のほかに、クルスも寝てしまうだろうから、近衛騎士もいなくなる。きっとそれは、都合が良かったのだろう。

「陛下」

ひとりきりの玉座に、その時サイトは歩み寄ってきたのだ。

「前回の襲撃犯が――秘密結社の名前を」
「秘密結社?」
「組織的な犯行だったようです。手引きした近衛がいました」
「!」
「今後は宮中でもお気をつけ願います」
「ああ」
「それと」

サイトが声を潜めて、僕の耳元に唇を寄せた。

「――好きなのか?」
「え?」

何の話かわからず、僕は首をかしげた。

「花を受け取ろうとしていたな――クルスのことが好きなのか? 教えて欲しいんだ、夜まで僕は待てなかった。今すぐ陛下の口から聞きたい」
「それは」
「正直に本心を聞かせてくれたら、今夜ひと晩は何もしないと誓う」
「……本心? 決まっているだろう。僕は、」
「……」
「ノーマルだ」

僕の回答に、サイトが肩の力を抜いたのがわかった。

「陛下、あいつは危険だ。必要以上に、近づかないで欲しい。何度陛下を貧血で倒れさせたことか」

確かにそういうことは何度もあった。だが僕が顔を引きつらせたのは別の理由からだ。
――いや、サイトも変わらないから。危険人物だよね?
必死でそんな声を、僕は飲み込んだ。


「陛下、私は本気で――」
「?」
「何でもありません」

そして僕に何か言いかけたサイトは、静かに頭を振ると、下がっていった。
本気で心配しているということだろうか?




さて、そんなこんなで、建国記念日当日がやってきた。
僕の国では、勇者の碑文と呼ばれる巨大な石版を、宝物庫から取り出して掲げることになっている。それを改めて見て、僕は息をのんだ。よく見れば、古代語が綴られた後ろに、巨大なリンゴの模様が刻まれていたからだ。慌てて、僕は種を確認した。種の部分には、顔つきの太陽が二つ並んでいた。――この国の国旗にも刻まれている。そして、WETTERと書いてあった。慌てていつも持ち歩いているクリプテックスの鍵言葉を、古代語で”晴れ”と言う字に並び替える。するとあっさりと、筒は開いた。
中には一枚の羊皮紙が入っていた。
――条件は、同等の力を宝玉で発揮すること。さすればなる。
そんなことが綴られていた。なにになるのだろう? これは、アステレイカじゃないのかと僕は思った。なぜならば、そこに勇者の絵が描いてあったからだ。
そう確信した時、クルスが歩み寄ってきた。ほかの人々は皆、喧騒に飲まれ、こちらに注目などしてはいない。

「陛下」
「何か用か?」

式典前に遊んでいるなということだと判断し、僕は顔をそらそうとした。
すると夜でもないのに、顎を持たれて、上を向かせられた。

「開けたのか?」
「え?」

直後深々と唇を貪られた。一気に力が抜けていく。

「――これで終わりだな。赤の世界を復活などさせない」
「なに、を」
「陛下には死んでもらう」

そのまま僕は、意識を失った。