<5>僕は採掘した!


 こうして、翌日、本来は剣の稽古が始まる日だったが、僕はやらないことに決めた。
 呼びに来たラスカが何度か僕の説得を試みたが、僕はきっぱりと拒否した。
 深い紫色の瞳に苦笑を浮かべて、ラスカは最終的に許可をくれた。

「で、今日も生産ですか?」
「うん」
「今日も小麦粉手品か?」
「いいや、今日は素材を集める」
「何を集めるんですか?」
「今考えてるのは、【灰色の石ころ】かな」
「――ほう。何に使うんです?」
「装飾と錬金術の両方にレシピがそれぞれあるんだ。とりあえず大量に集める」
「へぇ。大量っていうのは、具体的にはどのくらいだ?」
「10sは欲しいかな」

 1セットというのは、99個のことである。2sが99個だ。
 カバンの枠が、1sごとに埋まるのである――が、それはゲームの話だった。
 ポロッと口にして、僕は、現実での説明に困った。

「ええと……――そうだな、そこのベッドいっぱいくらいだと思う!」
「――ベッドいっぱいのことを1sと言うのか、勉強になりました。いや、1sが99個だという程度は、農民上がりで学がなくても分かります。それ、歴史書に出てくる古い生産の数え方だろう?」
「そうなの!?」
「一応近衛騎士団の試験に合格する程度の学識はございます」
「そうじゃなくて、歴史書に出てくるのか!?」
「え、ああ。後で持ってきてやるよ」
「ありがとう! ラスカ大好き!」
「照れます」

 ラスカが僕の声に吹き出すように笑った。
 彼もまたイケメンである。背が高くて、黒い髪に紫の瞳をしているのだが、まるでラピスラズリみたいな不思議な色をしているのだ。

「ところでその、【灰色の石ころ】というのは、どこにあるんですか?」
「ええとな、王都郊外の採掘エリア699-7001.1だな、この辺だと」
「は? 採掘エリア?」

 僕はまたゲーム用語を出してしまった。

「王都郊外の右端の噴水の上の土を採掘すると出てくるんだ!」
「へぇ。行くんですか?」
「うん」
「お供しましょう」

 ひょいとラスカが僕を抱き上げた。こうして、二人で部屋から出た。
 正門を目指す途中、庭でティリアと、伝説の勇者(予定)のウィズ=エルダーを見かけた。だが、観察は後日にしようと思った。僕の頭の中はレシピでいっぱいだったのだ。

 本日はラスカの馬に乗り、二人でお出かけとなった。僕は膝と膝、腕と腕の間にちょこんと座った。本物の馬、すごい衝撃だった。怖くなり、思わずラスカにしがみついて目を閉じているうちに、目的地についた。

 ここは緑がきれいな区画で、国王陛下と正妃様の結婚記念に整備された場所らしかった。僕は採掘場所へと向かい、キラキラ光っている王冠マークを見た。

「ここを掘るんだ」
「ここを? なにか根拠はあるんですか? 目印とか」
「この王冠」
「王冠?」
「え、見えない?」
「逆に聞くけど、殿下、お前、【運命の王冠】が見えるのか?」
「へ?」
「ディスティニー・クラウン。宙に浮いているとされる、金色の小さな王冠だ」
「……え、うん」

 ラスカの瞳が少し細くなった気がしたので、僕は顔をこわばらせた。
 見えてはいけないものだったのだろうか?

「……――そうですか。さて、掘りますか」

 だが、ラスカは、それ以上は何も言わなかった。
 頷いて、僕もそのまま話を変えることにした。

「どうやって掘るんですか?」
「ええと、ツルハシで掘るんだ」
「そのツルハシはどこに?」
「え」
「ん?」
「僕……持ってない……」
「ぶは」

 完全なる失態だった。準備不足である。ゲームだと自分の倉庫に100s単位でしまってあったから、すっかり忘れていた。

「いやぁ、俺って気がきくなぁ。昨日鉱山発掘してる友達と酒を飲んでて、【魔法のツルハシ】を30個ほどもらったのを今日たまたま持っていて、こんなこともあろうかと!」
「おおおお! お恵みください!!」
「高いですからね」

 こうして僕は、【魔法のツルハシ】を手に入れた。

 これは、普通の【ツルハシ】と違って、耐久度が高いため壊れないので、何回も使うことが可能な代物である。ゲームだと高価な魔道具の一つとされていた記憶がある。こちらの現実(?)では、発掘現場でも用いられているらしい。

「行きます!」
「ファイト!」

 こうして僕は採掘に取り掛かった。午前九時のことである。
 その後――夕方五時まで、僕は掘り続けた。

 途中何度か食事がどうのとラスカが行った気がしたが、夢中になった僕の耳には入らなかった。掘る、掘る掘る掘る。とにかく掘り続けて、満足したのと、五時の鐘がなったのが、ほぼ同時だったのである。

「ふぅ。こんなものでいいかな」
「……終わりました? やっと終わった?」
「ん? ああ。352sも採れた。【魔法のツルハシ】のおかげで予定よりもはかどった。ありがとう! 本当に助かった!」
「まさかここまで本格的だとは……なによりですけどね。で、これ、どうやって持ち帰るんですか?」
「え」
「さらに、どこに置くんですか?」
「う……」

 僕は、我に返って周囲を見た。
 巨大なドラム缶のような石ころ入れが、352個ならんでいる。

「ベッドくらいのサイズというのは、これの置き場所ってことだったのか」
「……どうしようラスカ。倉庫無い……?」
「――亜空間倉庫術で、ここで収納したら問題はないと思いますけどね。拡張魔術で500程度に拡張すれば、内352が埋まっても余裕もありますし」
「それ、それ! どうやればいい?」
「こんなこともあろうかと、倉庫魔術をしこんだ魔法石の指輪を持ってます。欲しいですか?」
「欲しいです!」
「じゃ、手を――ぶかぶかだな……あー、チェーン付けるので首から下げてくれ。それを適当に指にはめると、頭の中に魔法陣が展開して、念じると操作できる」

 そう言って、ラスカが指輪をくれた。続いて銀の鎖もくれた。
 早速試すと、500どころか1000品収納可能な倉庫に接続可能になった。

「ありがとう!」
「どういたしまして」
「こんなアイテムあるんだね」
「世の中広いですからね。ただ、殿下に指輪を差し上げただなんていうのは恐れ多いことなので、俺からだとは秘密に」
「わかった!」

 適当に頷きながら、僕は【灰色の石ころ】を収納していった。
 それが終わり、またラスカの馬で城へと帰った。
 すっかり日が暮れていた。