3:吾輩は魔猫使い?


それからもウィズは、僕を街に連れ出してくれた。
僕は連なるお店が、露店という名前だと知ったし、お刺身の種類も覚えた。

「……そんなに魚が好きなのか?」
「お肉も好きだよ」

今日も僕は魚店で足を止めた。

ーーその時だった。

僕の視界に、蛇みたいな何かが入った。
反射的に視線を向けるとそこには、二足歩行のトカゲみたいなものがいた。
巨大で翼が生えている。

「なんで結界が張ってある街中に魔竜が……! アサヒ、下がってーー……!」

ウィズが何かを言いかけていたが、僕はドキドキする内心を落ちつけることができず、思わず笑顔になった! 遊び道具じゃない! 本物の獲物だ!
そう気付いた瞬間には、僕は飛びかかり、今は前足が人間の手になっているなんてすっかり忘れて、切り裂いた。あれ、切れた! 今度は左手で切り裂きながら、僕の両手に大きな鉄爪がはまっていることに気がついた。同時に、切り裂くたびに、周囲に雷みたいな何かが現れる。血と雷が混ざり合った状態で、魔竜は倒れた。レンガの上なのに砂埃をたてて横に倒れたんだ。ドシンと大きな音がした。

「怪我はないか?」

そこへウィズが走り寄ってきた。
「うん」
「それにしても……魔、魔竜を一人で倒しただと……?」
「うん!」
僕は自分が誇らしくなった。獲物を倒したんだ! ご主人に持って行かなきゃ!
……だけど、居場所がわからないんだよね。
「ーーお前もしかして、性奴隷じゃなく戦闘奴隷だったのか……?」
「何、それ? 美味しい食べ物?」
ご褒美の話だろうか。性奴隷より戦闘奴隷の方が美味しいのかな?
「……アサヒの主人は、お前に何をさせていたんだ?」
そう言われると困る。餌をくれたり水をくれたり、トイレ掃除をしてくれたり、撫でてくれたり、遊んでくれたりだ。ただ一つ、自信を持って言えるのはーー
「大切にしてくれたよ」
トイレ掃除は下手だったけど。
それでもいつも新しい砂を買ってきてくれたんだ。
「そうか……」
「なんでもするから、ご主人に会いたいんだ」
「……」
するとウィズが黙り込んだ。その顔は険しい。
「正直に話してくれ。魔竜退治の為に戦闘を強いられたんじゃないのか? それとも、疑いたくないけどな……他国からのスパイか?」
「魔竜って何?」
わからない言葉なので一ずつ聞いて見た。
「今アサヒが討伐した、この大陸最強の、そしてたった一種類の人類への脅威だ」
「じゃあスパイは何?」
「っ、この国を探りに来たってことだ」
? スパイ。ご主人様を探しにこの世界に来たんだけど、確かにここは日本じゃないから他国だし、ご主人を探したいっていう思いがあるんだ。それはこの国を探るってことなのかな?
「僕はスパイなのかな?」
「なッ」
「他の国から来たし、ご主人を探してるし」
「……どこから来たんだ? イスルーラー帝国か? ワンダウィライト王国か?」
「日本だよ」
「聞いたことがないな。なぜこの国に探しに来たんだ?」
「目が覚めたら森にいたんだよ」
「記憶が曖昧になっているのか……」
別にそんなことはないと思う。だって僕はご主人の事をしっかりと覚えているんだ! 早く会いたいな。
「いいか、よく聞いてくれ。この国では魔獣を使って戦うんだ」
「魔獣?」
化け物だったら、ご主人怖がりだからよく口走っていたんだけど。
「犬、猿、雉、なんでもいい。獣を魔術師は自分の体に憑依させて戦うんだ。アサヒもさっき、猫の爪を出しただろう? あれは魔猫だ。猫みたいなありきたりでその辺にいる動物は、憑依させやすい分、威力が落ちるはずなんだよーーなのにお前は一人で魔竜を、人類の敵を倒したんだ。それも雷属性なんていう貴重な属性で」
猫がありきたりな動物なんて失礼だ。
それに僕はもともと猫だし、ちょっと猫の力を甘く見られてムッとした。
雷属性というのはよくわからないけど、そういえばさっき雷が出ていたよね。
「普通は騎士団の半数が出撃して倒す相手なんだ。誰に魔獣の憑依のさせ方を習った?」
「習ってないよ。僕の本能がそうさせたんだ」
「本能……そう言うまでに、戦いが好きなのか?」
「遊ぶのは好きだよ」
「遊び、なのか。あの威力で……」
ウィズが困ったような顔をしている。だけど本当のことだし。
「僕は猫だから」
あ、言っちゃった。どどどどうしよう!
「確かに魔猫とまるで一体化したような戦い方だったな。そのーー綺麗だった」
今度はウィズが頬を朱色に染めて顔を背けた。
なんだかんだで、ウィズも褒めてくれているのかな?
喜んでくれているのかな?
ご主人が一番だけど、二番目はお魚、三番目には獲物、四番目はお昼寝で、五番目にはウィズが好きだよ。
好きな人に喜んでもらえると嬉しいね!
「とにかく一度、騎士団の本部に戻ろう」
「うん」
そんなこんなで僕らは帰還した。


それから僕は騎士団の人に、あれやこれやと質問された。
名前は本当か、だなんて失礼だと思う。せっかくご主人がつけてくれたのにさ。
住所も聞かれたけど、僕それはわからなかった。
生年月日と血液型もわからない。
分からないことがいっぱいだよ。
いつから魔猫使いになったのかって聞かれたから、今日だって言ったら睨まれた。嘘なんか付いてないのにひどいよ!

夜になって、僕のお部屋にウィズがやってきた。
「とりあえず、記憶喪失ということになった。安心しろ、アサヒのことは俺が何をしてでも守るから」
そう言うと僕をぎゅっと抱きしめた。
こういうことは恋人同士でするものだと、ご主人がたまに見ていたドラマで覚えたから、僕は押し返した。だがそうするとさらに強く抱きしめられた。腕が離れてくれないし、厚い胸板に顔を押し付けられる。
「まだ出会ってこんなに短いのにな……俺は、アサヒの事が好きだ」
僕も五番目に好きだよ。と言おうにも、息苦しくて言えない。離して欲しい。
「愛してるんだ」
これはきっとドラマの中で言う告白という奴だと思う。
だけど僕は首を傾げようとした。ウィズの腕のせいで失敗したけど。
だって、僕はオス猫だしーー今は人間のオスだし……ウィズも男の人だ。
人間は男同士でもいいのかな?
それじゃぁ子供が作れないし、建設的じゃないよね。
「答えはすぐじゃなくていい。真剣に考えて欲しいんだ」
そんなことを言った後、ようやく僕を腕から解放してくれた。
そしてウィズは帰って行った。
僕にはよくわからない夜だった。