6:吾輩は旅に出た!
川沿いに三日いくと聞いていたので、僕はその通りにしている。
困ったのは、ここに来て教えられた人間のトイレがないことだ。冒険者の人間たちはどうしているんだろう?
まぁ僕は砂をほってかけることに慣れてるから、余計な心配なのかな。
次に困ったのは、食べ物だ。
爪でお魚をとったり野うさぎをとったりしているんだけど、キャットフードと騎士団の食事で育った僕には、それからどうすればいいのかわからないんだ。仕方がないので生でかじって見たら、どうしてなのか吐き気がして全部出ちゃった。
人間の体って不便だよ……。
あとは、困っているというか楽しいことが一個だけある。
道にたまに巨大なカエルが現れるんだ。楽しくなって爪でいじっていると、しばらくすると空気に溶けるみたいに消えちゃうんだけどね。そういえばご主人のゲームでは、こういうカエルみたいなのを捕まえてそれで攻撃するんだっけ。失敗するとカエルに攻撃されて倒されるんだ。そういうのを全部ひっくるめて魔獣と呼ぶんだったかな。ご主人が始めたのは大分前だから、僕も最初に何をするんだったかはあんまり覚えていないんだ。ただ、魔獣は一人一つしかもてないっていうのは覚えているよ。だから強いのを見つけたら、捕縛して入れ替えるんだ。
僕は毛布にくるまって丸くなりながら、そんなことを考えて眠った。人間の体だと、丸くなりづらいと思った。
まぁそんなこんなで、結局僕はご飯を食べられないまま、暁の都市についた。
人がいっぱいいてびっくりしちゃった。
それよりも僕はお腹が空いて死にそうだったから、露店に行って棒に焼いたお肉が刺さっているものを買った。そっか焼けばいいのか。今度焼くやつを買わないと。
串焼きというその食べ物はすごく美味しかった。
無事に僕は、ウィズのことを思い出しながら、お金を支払うことができた。僕は水の脇の巾着袋に、最初の街で貰った三十万Gをいれているんだ。Gはゴールドのことなんだって。
お腹がいっぱいになったら、急に眠くなった。
こんなにいっぱい人がいるんだから、誰か泊めてくれないかな。
僕とご主人がであったのは雨の日で、僕は拾ってもらい、その日泊めてもらって、以来ずーっと一緒にいたんだ。人間はいい人もいるんだと思う。
「宿をお探しの方ー!安いよ! たったの三千G!」
宿……? 宿ってなんだろう。
「フカフカの布団と朝食付き! 冒険者の皆様大歓迎!」
僕はその言葉に歩み寄っていた。今僕は二十九万九百G持っているから、フカフカの布団で眠れる!
「行きたいです!」
「おおー! だけど……一応うちの店本人確認してるから、顔を見せて見らわないと……」
僕と同じ年くらいに見える少年(?)の前で、僕はフードをとった。
「っ、え、あ」
「……もういい?」
「綺麗すぎるから隠してるんですね……」
「? 泊めてくれるの?」
「も、もちろん!」
僕は安堵しながら、フードを被り直した。安堵っていう言葉は、よくご主人がチャットで打っていたから覚えたんだ。ホッとすることなのかな?
そのあと僕は、少年に案内されて、木製の家屋に入った。
「ちゃんと鍵はかけてくださいね! 色々な意味で!」
「分かったよ」
「俺はワス。困ったことがあったらいつでも言って」
「何歳?」
「十七だけど」
「色々な意味って何?」
「窃盗とか、そ、その強姦とか……」
「有難う」
「じゃ、じゃあまた。一階が酒場になってるから、夕食はこの二階からおりてとって」
ワスはそう言うと扉をしめた。僕は言われた通りに扉に鍵をかけた。
盗むっていうのは、騎士団の人が時折捕まえていたから分かる。
だけど、強姦? それって発情するってことかな。そういえば、人間は年中発情期なんだっけ? でも人間のメスに発情されるってどんな感じなんだろう?
あとは一つわかった。
僕は十七歳くらいに見えるのだろう。
これからは十七歳って言おう。
そうして僕は、酒場というところに始めて行って見た。
すると文字で、いろいろな料理が書いてあった。
こういうのは、ウィズにたくさん教えてもらったから、どんな食べ物なのかわかる。ただわからないのは、飲み物だった。水がない!
僕は、店員さんに、鳥のタタキと、シャケのホイル焼きを頼んでから聞いて見た。
「飲み物は……何がどんなものですか?」
「お好みでもお作りできますよ」
そうじゃない。
僕が言いたいのは、水以外の飲み物がなんなのかっていうことなんだ。
「あの、お水みたいなのがいいです」
「飲み慣れてないんですね。じゃあジントニックとかどうでしょうか」
「う、うん。じゃあそれを……」
それからしばらくすると、食べ物よりも先に飲み物が運ばれてきた。
お礼を言ってから一口舐めてみると、ちょっとだけ甘かった。
だけど、フードのせいで、飲みづらいしこれから届く食べ物のことも考えて、僕はローブのフードをとったんだ。
ーー途端に。
何故なのか騒がしかった店内が、急に凍りついたように静かになった。
何かあったのかな?
周囲を見回して見たけど、何も見つからない。
「絶世の美貌っていうのは……ああいうのを言うのか?」
「だからって綺麗すぎるだろ」
「フードを深々とかぶってたから気になっていたんだけどな……あれは」
「流れるような黒髪だな……」
「あんなに綺麗で吸い込まれるような眼を見たのは初めてだ」
「色が随分白くて、華奢だな」
それから囁き声が漏れてきた。何の話なのかわからないでいるうちに、すぐに店内は騒がしさを取り戻した。
ちょうどその時頼んだものが運ばれてきたので、僕はフォークを握る。
ーーうん。すごく美味しい。
頬がほころぶのが止められない。
嬉しくなってパクパク食べていると、不意に正面の椅子がひかれた。
「一人なら一緒に食べよう」
暗い深緑色の髪に、同色の瞳をした青年だった。
確かにいつもはウィズと食事をしていたから、僕は一人で食べるのが初めてだったんだ。だから頷くと、青年が椅子に座った。
「俺はアクアライト。アクアでいいから。君は?」
「アサヒだよ」
「変わった名前だな。国はどこ?」
「日本から来たんだ」
「聞いたことがないなぁ。いつから冒険者に?」
「三日前だよ」
「ってことは初心者か」
僕が大きく頷いた時に、アクアが左手に手袋をはめていることに気がついた。
これは、アクアも冒険者だって事だよね?
そう考えていたら、頭がグラグラしてきた。目眩がする。
「じゃあ危ないから、明日一緒に捕縛に行くか?」
「僕、猫……」
「もう魔獣をもっているのかぁ。ただなぁ……猫か」
「猫だってすごいんだよ!」
思わず声をあげて立ち上がろうとした僕は、盛大に椅子から落下した。
「おい、ちょっと待て、もう酔ってるのか?」
「わかんない。気持ち悪い」
「しょうがないから部屋まで送る。ここにいたら、誰に何されるかわからないからな」
そう言うとアクアが、僕を抱き上げるようにして立ち上がらせてくれた。
ああ、天井が回ってるよ……。
そんなこんなで僕はアクアに部屋まで送ってもらったのだった。