8:吾輩は魔狼を倒す!
森は鬱蒼としていて、太陽の光は見えない。
「いいか、アサヒ。君は動くなよ。パーティを組んでいれば経験が君にも入るから」
「経験?」
「レベルーー紋章の色が変わるんだよ」
そういえばよくご主人も、経験値がぁああああ、って叫んでいた。
多分それのことだよね。
そう考えていると、アクアの手に朝見た杖(?)が現れた。
彼がそれをくるくると片手で回した時、目の前にふわふわの尻尾をした狼(?)が集団で現れた。あのモコモコに、僕は飛びかかりたい。飛びかかりたかったんだ。だってご主人が遊んでくれる道具によく似ているんだから。だけどアクアは僕に動くなって言った。どうしよう。飛び出したら怒るかな。
「宿れ我が杖にーーマッドハッター!」
その時アクアがそう言って杖を左から右に水平に動かした。
瞬間、辺りに闇色の亀裂が走り、魔狼(?)達は、全部地に横たわった。
そのそれぞれに、アクアが球を投げて行く。
するとその中に吸い込まれるように、魔獣達は消えていった。
すごい! カエルみたいに自動的に消えるんじゃなくて、こんなこともできるんだ!
「……驚いたか? 魔人は珍しいからな……俺は、その」
「うん、びっくりした! 次は僕が戦ってもいい?」
「は? いや、あのーー」
「あ、また出た! 僕、やるからね! 止めないでね!」
僕は止められる前にそう宣言して走った。
魔狼は全部で五体いた。
気づくと僕は自然と現れた鉄爪で、切り裂いていた。左右の手に雷がビリビリと走っている。カエルと違って血しぶきが上がっているけど、僕はさらにそれに興奮した。魔竜を相手にしている時と同じ気分なんだよね。あっちの尻尾も悪くなかったけど、こっちの方がふわふわしていて僕は好きだ。
そうして、一瞬で五体を倒した時、僕は左手が熱くなった気がした。
そう言えばカエルを相手にしていた時も、一度だけこんな感覚がしたんだよね。
「C級の魔獣を五体も一人で、だと……!」
「アクア、さっきの玉で早く何とかしないと、消えちゃうよ!」
「あ、ああ」
そんなこんなで、僕はうろたえているアクアの事は気にせず、魔獣を二百体くらい倒したんだ。アクアのお仕事はその間、球を投げることだった。
それから帰る頃には、僕の手袋の下はCランクーー緑色になっていた。確かこれを中堅クラスっていうんだよね? ちょっとはご主人に近づけたかな?
ギルドに戻ると受付の青年に目を細められた。
「いくらアクアが手伝ったとはいえ……なんだこの数。流石だな、Sランク」
「……いや、俺じゃないんだ」
「嘘を着くなよ」
「本当なんだフェニル」
「紋章がC以上になっていたら信じてやるよ、あんたの言うことをな」
「見せてやってくれ、アサヒ」
その言葉に僕は左手の手袋を外した。
するとフェニルと呼ばれた受付の人が目を見開いた。
「冗談だろ?」
「俺も冗談だと思いたかったけどな……この目でしっかり見た」
「猫だぞ?」
「俺も驚いたんだよ。雷属性だった」
二人はそんなやり取りをしていたけど、僕はお腹が減っていた。
お水も飲みたい。
ご主人がいたら、ニャアって鳴けばいいんだけど、人間の体って不便だ。
僕は手袋をはめ直しながら、アクアの服を引っ張ることにした。
「お腹すいた」
「あ、それもそうだな。君は何が食べたい? ギルドで食べて行くか? それとも宿に戻るか?」
「なんでもいいからすぐに食べたい」
「そう……フェニル、換金しておいてくれ」
「あんたも大概人使いが荒いよな」
頷いたフェニルに苦笑してから、アクアはギルドの奥にある酒場に僕を連れて行ってくれた。メニューを見せてもらい、僕は、牛肉のタタキと、海鮮サラダを頼んだ。飲み物は、アクアがリンゴジュースというものを頼んでくれた。アクアは唐揚げと生ビールという奴を頼んでいた。
「アサヒ、聞いてもいいか?」
「うん」
「冒険者になる前から戦闘経験があるのか?」
魔竜や魔蛙を倒したことがあるから、僕は頷いた。
「だというのに今になって冒険者になるということは……騎士団を脱退したか、逃げてきたのか……いや、いい。言いたくなかったら、言わなくていいから」
「僕、騎士団にいたよ」
「っ」
僕が正直に答えると、アクアが息を飲んだ。だけど別に隠すようなことじゃないと思うんだ。
「ど、どこの騎士団だ?」
「ウィズがいたところ」
「初心者の街の、ウィズライドの事じゃないだろうな?」
「そうだよ」
その言葉に、アクアが難しい顔で黙り込んでしまった。
何か悪いことを言っちゃったかな?
「ジェファードのいるクラン・ミラルダもあそこが拠点だ。知っているか?」
「もちろん!」
何ていったってご主人の名前だし。
だがさらに難しい顔で、アクアが黙り込んでしまった。
それからしばしの間をおいて口を開いた。
「俺のことも知っていて君は声を掛けたのか?」
「?」
「ーー本当に違うみたいだな」
するとアクアがため息をついた。なんでなんだろう?
僕は正直人間の顔の判別が苦手なんだ。ご主人様は特別だけどね!
「ここは俺が支払うから、君はしっかり食べろ。その細い体が心配だ」
アクアにそう言われたので、僕はお刺身も追加で頼んだ。
ウィズは何にも言わずに払ってくれたんだけど、こうやってメニューを見るとお刺身は結構高いんだ。
だけど失礼だ。
ご主人は僕をしなやかな体つきだっていつも褒めてくれたのに。
それから僕たちは宿へと戻った。
リンゴジュースは美味しかった。