13:吾輩は湖に行く!
僕は地図をがんばって見られるようになった。
今度は森沿いに歩いて行けば、"眠りの都"に着くらしい。大きな湖があって、中央の浮島には水竜というものが住んでいるから、湖は危険らしい。地図に赤丸がしてあって注意書きが書いてあったんだ。
それに、よくご主人が初心者のお手伝い、というものでここに来ていたから、僕も道がちょっとだけ分かったんだ。
森のそばには小さな川があったから、僕は今度はその流れに沿って歩いている。
食事には困らなかった。
木々を集めて、そこにローブのオジサンから貰った火打の魔石で日をつけてお魚を焼いた。お魚は紫色をしていたけど、焼くと真っ赤になって、今までに食べたどのお魚よりも美味しかった。やっぱり焼きたてだからなのかな。
だけど僕は猫舌だから一生懸命ふぅふぅしたんだよね。
それでも焼きたてっていうのかな?
夜は毛布にくるまって眠った。
お星様がたくさん見えて、月の形は毎日ちょっとずつ変わって行く。
僕はお空がそうなっているって知らなかった。いつもお昼に、ご主人さんに縄をつけてもらってお散歩していたからなんだ。
前に旅をした時は、そんなお空のことを見ている余裕がなかった。
今は最初に旅に出た時よりも暖かくなってきていて、時折ピンク色のお花がついた気を見た。ひらひらと花びらが散ってきて綺麗だった。
ご主人にも見せてあげたいな。
一緒に眺めたらきっと幸せな気持ちになれると思うんだ。
そんなこんなで僕はしばらく、歩いては食べて眠り、歩いて食べては眠りを繰り返したんだ。
お月様がその間に七回でたからちょうど一週間が経ったんだと思う。
その時森が消え、徐々に大きくなって行った川が、大きな湖に流れ込んで行くのが見えた。大きな水たまりに見える。多分あれが湖なんだと思う。湖には、中央の浮島に伸びるまっすぐな橋がかかっている。
地図には回避するように書いてあるけど、その道以外、僕には行き先がわからなかった。ここを何とかして渡らないと、眠りの都市には行けないらしい。
僕は猫だった頃から水が大嫌いだから泳げない。溺れちゃうよ。
だとしたらこの橋を渡るしかない。
意を決して僕が足を踏み出すと、ギシギシと音がした。途中で壊れちゃったらどうしよう……ちょっとだけ怖かった。
浮島まで行くと、その左右にぐるりと道があった。だけど、まっすぐ進んできたんだから、このまままっすぐ進んだ方が、早く眠りの都市につけると思うんだ。だから僕は迷わずまっすぐに進んで、そこの中央にーーまた羽のある巨大なトカゲを見つけた。今度は青い色をしていた。やった、また遊んでもらえる。
気づくと僕は走り寄っていた。
「我が爪に宿れーーチェシャキャット!」
すると目を開けた眠そうなトカゲが、面倒臭そうに口を開けた。
そこに湖じゅうの水が集まって行く。
僕は水が大嫌いだから、飛び散ってくるのが嫌で、これまでよりも素早く動いた。
そしてトカゲのような生き物が全ての水を飲み込み、再び口を開けようとした瞬間、それを阻止するべく、喉を何度も引っ掻いた。水浴びなんか絶対にしたくない。不思議だけど、温泉ていう温かい水は、人間になってから僕は好きになったんだよね。そんなことを考えていたら、ドシンバシャンと音がして、トカゲっぽいものが横に倒れた。
「あ」
僕はそこで周囲を見渡し、湖が干からびてしまったことに気がついた。
お水をトカゲが全部飲んだまま倒れちゃったからだ。
湖は名物らしいから、これじゃあまた誰かに怒られちゃうよ……!
「我が杖に宿れーー癒しの尻尾!」
僕が水が戻りますようにとお祈りしながらそう言うと、湖が再び青さを取り戻して行った。良かった!
今度はひと気がなかったし、誰にも怒られないよね?
そうであるようにってお祈りしながら、僕は眠りの都市へとたどり着いた。
僕は覚えた。まずは宿を探して、それからギルドに挨拶に行くんだ。
だけど都市は静まり返っていて、暁の都市とは違って、誰も宿があるって叫んでいなかった。どうしよう?
だけど大通りは見つけたから、とりあえず最初にギルドに行くことにした。
するとその中は大騒ぎだった。
「水竜が倒されたぞ!」
「一体誰が?? 今はみんな大規模討伐で出払ってるから、パーティくんだとも思えないぞ!」
「一人でなんてSランクでしか考えらない!」
「それにしてもあの水竜を……」
「倒した奴がこれから来ると思うか?」
「いや、依頼を受けずに挑んだから、ただの力試しじゃないのか?」
「力試しって……水竜相手に?」
「相打ちで今頃死んでるかもな……」
「いや生きているかもしれない、現地に救助に行こう」
「案外教会の療養院に向かってるかもしれないぞ??」
「療養院からはまだ連絡はない……」
ざわざわしていたが、水竜ってなんなのか僕にはわからなかった。
ただSランクというのはわかる。
そっか、僕の他にもSランクを目指している人がいるのかな?
誰も知らない人が戦ったみたいだし。なんだか勇気が出てきた。
きっと僕も頑張ればSランクになれる!
僕は深々とローブのフードをかぶりながらそんなことを考えた。
それにしてもみんな忙しそうだよ。だけど僕は、挨拶しなきゃならない。
「あ、あの」
「ん? なんだ、今は依頼どころの騒ぎじゃないんだ。後にしてくれ」
受付にいた背の高いおじさんに言われた。黒いエプロンをつけている。
切れ長の目をしていて、目尻に赤いクマがあった。
「僕挨拶に来たんです」
「はいはい、どーも。俺はワンド。受け付け事務だ。ギルマスは出てる。お前宿は? 今うちの客室は満杯だから、決まってないんならこのリストを当たってみろ」
「え」
手渡された紙には、街の詳細な地図が書いてあった。
「ありがとうございます!」
僕は宿が見つかりそうで嬉しくなったのだった。
だが。
どこの宿も満室だった。
皆、水竜というものの話と、新たなSランク(仮)の人間の話に夢中で、その噂を遠くから聞きつけた人たちも、遠くから報告魔鳥経由で予約しているから、空き部屋がないと言われたのだ。せっかくフカフカの布団で眠れると思ったのにな……。
仕方がないので僕は、最初の街でもらった地図を見た。
次の都に行くには"茜の山脈"を通らなければならないらしい。
そこには一年中雪が積もっていると注意書きがある。
ご主人はいつも課金のワープアイテムで山脈を通らなかったから、僕はそこの道はよくわからない。だけど、早く行かないとフカフカの布団で眠れない。
仕方が無いので僕は、また旅に出ることにした。
だけどお山では何を食べたらいいんだろう?