14:吾輩は獣人に遭遇する!


山脈に行くまでには、長い雪原を歩いていかなければならない。
一気に寒くなったから、僕は毛布をかぶりながら歩くことにした。
そうしないと人間の体には毛皮がないから震えてしまうし、多分猫だった時の僕でもここに放り出されたら凍死しちゃったと思う。ご主人のお部屋はいつも暖かかったり夏は寒かったりして快適だったんだよね。なんだか懐かしくなっちゃった。

「あれ?」

その時正面に倒れている人を見つけた。
人間……だよね?
耳には懐かしの猫耳が、ちゃんと頭の上に生えていて、尻尾もあるけど……。
雪の上には点々と紅が続いて、鉄の鎖でぎちぎちに抉られている足から流れていたみたいだ。倒れてる。大変だ!

「大丈夫ですか?」

声をかけてみると、全裸に近い姿で腰にだけ布を巻いているその人が、顔を上げて僕のことを睨んだ。顔が真っ青なのに、威嚇する時みたいな表情な気がした。僕と一緒で人間になった猫なのかな? だけど僕のお耳はなくなっちゃったんだけど……。

「お前ら人間が勝手に俺を捨てて行ったんだろうが」

怒りになのか寒さになのか、その人はすごく震えている。
だけど捨てられちゃったっていうのは悲しいと思う。僕はご主人様に捨てられたらって考えると泣きたくなってしまう。……もしかしてもう捨てられちゃったのかな……?

「っ、なに泣いてんだよ! 同情か、そんなもんいらねぇよ、さっさと洞窟に行け」
「洞窟……?」
「そこで野宿する気なんだろ、旅人なら」

そんなことを言われても僕は場所がわからないし、怪我をしてるのに放っておくなんてできない。そうだ、僕には癒しの杖があるし、怪我を治して一緒に洞窟に行ったらいいよね?

「我が杖に宿れーー癒しの尻尾!」

すると周囲に淡い光が漏れて、倒れていた人の体に舞い散って行った。
ぽかんとしたようにその人は僕を見ている。
そして、そうしているうちに、怪我は治った。
片足には相変わらず鉄の輪が着いていて、鎖に繋がれその先には重りがついているけど。あれじゃ歩くのが大変だと思う。なので今度は爪を出して、僕は聞いた。

「これはご主人様からもらった大切なもの? 切っちゃダメ?」
「奴隷商なんか主人じゃねぇ! 切ってくれ!」

そっかぁ、ひどいご主人様だったのかな。この世界に来てから僕も良く奴隷だったのかって言われるけど、イマイチその意味がわからないんだよね。
僕が重りを切ると、その人が立ち上がろうとした。
だけどうまく立てないみたいで、顔面から雪に突っ込んでいた。
やっぱりこの人も猫だったのかな?

「大丈夫? 猫から人になるって大変だよね!」
「は? バカにしてんのか、俺は猫獣人だよ??」
「ねこゅうじん? それって何?」
「……お前こそなんなんだよ?」
「僕は、アサヒっていうんだ。Sランクを目指して旅をしているんだよ。とりあえず今はフカフカな布団を目指してる!」
「……俺はアスカ。足の傷口がひどいって言って、奴隷商に捨てて行かれたゴミだな。お前にとっては」
「え? ここではゴミも言葉を喋るの? アスカは猫から人間になった人じゃなくてゴミなの?」
「あのな……てか、なんで足なおしてくれて、鎖切ってくれたんだよ。高度な魔術だろ、気まぐれか? それとも俺を奴隷として拾う気か?」
「あ、そうだった。僕洞窟の場所がわからないから、一緒に行って欲しいんだ」
「……それだけか?」
「うん!」
「本当だろうな。行っとくけど、今はガリガリでもな、お前をねじ伏せるくらいには俺は強いからな」
「ちゃんとご飯を食べた方がいいよ。だけど山だと何が食べられるんだろうーーあ! 僕の鞄に缶詰が入ってるんだった!」
「……」
「それにその格好寒くない? 僕、ローブなら持ってるよ! すごく沢山。買ってもらったんだ」
「貴族のガキが旅してんのか?」
「貴族……何処かで聞いたけど、何それ?」
ウィズが言っていた気がする。
「よくわかんないやつだな。ただ足のお礼に案内してやるから。ただそれだけだからな!」

そういうとアスカが震えながら立ち上がった。
僕が慌ててローブを取り出すと、強く引き寄せるようにつかんで、アスカが後ろから羽織った。よっぽど寒かったみたいだ。どのくらいあそこに倒れていたのかな。
まだよろよろしながらも、それでもアスカは僕を洞窟まで案内してくれた。



洞窟の中で僕は、森でいっぱい拾っておいた木の枝をまとめて、魔石で日をつけた。そこに缶詰の蓋を開けて、載せた。二個だ。誰かと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。

「もう食べていいのかな? もうちょっとかな? どう思う? それに、どっちをアスカは食べたい?」

僕が言うと、ずっと無言でいた明日かの視線が右に動いた。
多分右のが食べたいんだと思う。
フォークを用意して、僕はアスカに渡した。
すると素直にアスカが受け取ってくれた。
僕ばっかり話しているけど、やっぱり誰かと一緒にご飯を食べる方が美味しいなって思った。それから、僕はどうしても聞いて見たいことを聞いた。

「どうして、アスカには猫のお耳がついてるの?」
「ッ」
「どうして僕にはないのかな。お顔洗う時、どうやってる?」
すると怪訝そうな顔で、アスカが僕のことをじっと見た。
「お前もしかして、獣人を見たのは初めてなのか?」
「うん。人間とはどう違うの? 猫とはどう違うの?」
「ーー人間の亜種族で、猫に似た特性を持っているのが猫獣人。兎に似た特性なら兎獣人、虎なら虎獣人」
「じゃあ人間なんだ」
「……まあ猫か人かの二択ならな」

そんなやり取りをしてから、僕は毛布にくるまった。毛布は一枚しかないから、アスカと一緒にかけたんだ。なぜなのか僕がフードを取ると、毛布がなくてもいいって急に言い出したんだけど、寒いからダメって僕が言ったんだ。
そして寝て起きると、なぜなのかアスカが前かがみになっていたけど、トイレを我慢していたのかな? この洞窟にはトイレがないんだ。だって洞窟だしね!
さぁ、今日から本格的に山脈に行かないと。
頑張ろうと僕は思った。