15:吾輩は山脈を行く!



僕は、これまでよりもたくさん着込んで、毛布はくるくる巻いて鞄にしまった。
朝になったし、今日は昨日よりも晴れているから、一気に進むにはいい日だと思うんだよね。そんな感じで準備はできた。だから外に出かけようとして、ふと思った。

「アスカはこれからどこに行くの?」
「……」
「山脈の下から来たけど、どこも宿が満員で泊まれないんだって。あっちにはまだ行かない方がいいと思うよ!」
「……宿に止まる金なんかあるわけねぇだろ」
「野宿するの? ーーあ! 僕今はちょっとお金持ってるからあげようか?」
「なんなんだよ本当、お前。奴隷の俺に対して嫌味言ってんのか?」
「どれい? そういえば、どれいってなんなの?」
「……本気で奴隷を知らねぇのか?」
「うん。だけど僕の首輪を見ると、みんな僕のことを奴隷だっていうんだ」
「え」

それまで怒るような怠そうな顔で僕を見ていたアスカが、目を見開き息を飲んだ。その前で僕が首元を緩めると、その瞳が鋭くなった。

「……お間も奴隷だったのか、それで……」
「だから奴隷ってーー」
「奴隷について教えられずに育てられたんだな。同族でも人間は奴隷の人権なんて認めちゃいねぇんだよ、本当、吐き気がする!」
「? 吐きそうなの? 缶詰のせい? 腐ってたのかなぁ」

僕は平気なんだけど。あげない方が良かったのかな。
僕は習性で、必ず食べ物はちょっと残すんだけど、アスカは全部食べていたし。

「いいか、アサヒ。逃げ出してきたんならそんな首輪さっさと捨てて、好きに生きるんだ!」
「逃げ出してないよ、僕はご主人に僕だってわかってもらうために、ご主人様にもらった大切なこの首輪を絶対に離さないようにしているんだよ!」
「なっ」
「僕は早くSランクになってご主人に会いに行くんだ!」

するとアスカが考え込むような顔をした。

「……随分と良い人間が主人だったんだな。考えてみれば装備もその辺にいる普通の人間なんかよりも立派だし、魔術の才能もあるし……でもなんでじゃあ一人で旅なんて?」
「強くなるまで会いに来ちゃダメだって言われたから」
「……それは、逃がしてくれた口実なんじゃないのか?」
「口実? よくわからないけど、僕はそばにいたいんだ、どうしても!」

アスカは今度は何も言わずに僕を見て頷いた。

「解放されたんならどこに行こうと自由だしな。俺は、猫獣人の国に帰る」
「そうなんだ」
「だから俺もこの山脈を超える」
「そうなの? じゃあ一緒に行けるね!」
「……ああ。寄生させてもらっていいか?」
「寄生?」
「このまま借りてるアイテム類もらって、最低山脈抜けるまで食べ物もくれっていってんだよ。流石にそこまでお人よしじゃねぇか」
「? 別にいいよ。僕もこれ全部もらったものだから」

僕は猫だから、お人好し、の意味がちょっとよくわからないのかもしれない。
だがアスカはぽかんとした後、なぜか苦しそうな表情をしてから顔を背けた。
それはともかく、出発だ。

「行こう、アスカ!」
「お、おう!」

こうして二人で外に出て、僕は山脈を見上げた。
高い山の一番上の方がくっついて連なっているんだ。
あそこを歩いて行くのか。

「何日くらいかかるかな?」
「二ヶ月ってところじゃねぇの」
「え、そんなに?」
「ま、あの山脈がなければ十分で向こうにつけるだろうけどな」
「そうなの?? じゃああのお山がなくなればいいんだね!」

僕は悟りを開いた気持ちになった。

「我が爪に宿れーーチェシャキャット!」

叫ぶようにそう言って、山が切れる姿を念じながら爪を振った。
ぎゅっと目を閉じてやったんだ。
そうしたら、ドゴォオオオオオオオオと轟音がしたので、慌てて目を開けた。
山があった部分がガンボツしたかのようにぽっかりと地面を覗かせていた。

「やった! これで十分で着くよ、アスカ急ごう!」
「え」

僕は呆然と立っているアスカの手をつかんで全力で走った。
すると次第に山の向こう側の麓にあったらしい村が見えてきた。
走りそこへ急いで、民家からポツポツと人が出てきているのを見ながら、僕はアスカをそこに促した。それから杖を手にして、山脈があった場所へと振り返った。

「我が杖に宿れーー癒しの尻尾!」

そして僕が山脈が元通りになるところを念じると、無事にお山は元に戻った。
お山の中にいた猫とかの気配も戻っているから、誰も痛いことになったりはしていないと思うんだ。

「すげぇ……」
「なにものだよ……」
「そういえばギルドに眠りの湖の話が……」
「いや、山脈消すって次元が違うだろ!」

村の人たちの声がしたので我に返って、僕はアスカのところに行った。

「今日はここで泊めてもらえるところを僕は探すよ。フカフカのお布団がいいんだ。それにギルドにも挨拶に行かなきゃならないって覚えたから、そこにもいかなきゃ」
「……ああ、うん」
「明日かも一緒に泊まる?」
「……いいの? 本気か? ちょ、え?」
「僕二人用のお部屋ってどうやって探すのかわからないんだけど、頑張ってみる! それともアスカは知ってる?」
「……まぁ」
「じゃあ探すの一緒に手伝って!」

二人で旅をするって良いなって僕は思ったんだ。