22:吾輩は恋を知る!
お茶を飲んでいると、ご主人が隣に座った。
触れ合っていないのに、その体温だけで僕は安心する。
やっぱり一番目に好きなのは、ご主人だ。僕はずっとご主人と一緒にいられたら、それだけで満足なんだ。
「お前さ」
「何?」
「人間で一番一緒にいて、好きなやつは誰?」
「ご主人だよ! 一番目に好きなのはご主人だよ!」
「一番目って……二股? いや、何股?」
「股?」
「俺はな、俺だけを好きな奴がいい。一緒にいるんならな」
「だけど……みんな優しいから、好きだよ」
「俺は優しくねぇだろう」
「ご主人は特別だもん!」
「その特別の意味、分かってんのか?」
「特別は特別だよ? 意味?」
僕は、ご主人が何を言いたいのかイマイチわからなかった。
だけど僕の中で、ご主人は特別なんだから、特別なんだ。だって特別だから、特別なんだよ。ご主人のそばにいると安心するんだ。そばにいてくれるだけで、今はいいんだ。餌をくれるのを忘れたりお水が空っぽになったり、トイレ掃除をしてくれなかったって、僕はご主人のことが大好きだったし、今だってどうしようもなく大好きだ。
「ーーお前のご主人ってどんな奴?」
「ジェフだよ!」
「なんで俺のことをご主人だと思うんだ?」
「僕ね、一回死んじゃったんだ。それまでは猫で、ご主人様に飼ってもらってたんだよ! 忘れちゃったの?」
僕は悲しくなって、下を向いた。考えないようにしていたんだけど、やっぱりそうだったのかな。
「……お前さ、異世界から来たとかってことありえる?」
「うん!」
「……俺な、最近変な夢見んだよ。白いヒゲつけた神様って奴が最初に出てきて、言うんだよ。別の世界で俺は、"大学生"だって、さ。その後で、いつも辛い夢を見るんだ。大事にしてた猫がさ、死んじゃう夢だ」
「!」
多分それは僕だ。ご主人は……僕が死んじゃった時、悲しんでくれたんだ!
するとご主人が僕の頭を撫でてくれた。
「で、その猫はお前とおんなじ首輪してんの。で、お前と一緒でバカなんだよ。俺なんかと一緒にいて、喜んでるんだよ。お前そっくりだ」
「ご主人は、なんか、じゃないよ! 僕のすごいご主人様なんだ!」
「ーーだとしても、だ。この世界の俺は俺だから、お前のご主人様じゃない。お前だってもう猫じゃない。俺はお前を猫だなんて思えない。だから好きになるんなら、ちゃんと俺のことを好きになってーー恋してくれよ」
ご主人はそう言うと僕を抱きしめてくれた。ウィズにも抱きしめられたけど、それとは全然違って、嬉しくて嬉しくて、僕は涙が出てきた。ずっとご主人にこうされたかったからだ。
「好きだ、アサヒ」
ご主人が僕を呼ぶ声は、僕は猫だった時と変わらない。
胸騒ぎがして、僕は苦しくなった。
「僕も」
「ちゃんと、俺のことを好きになってくれるか?」
「うん、うん。そうしたら、またこうやってくれる?」
「ああ、いくらでもな」
「大好きだよ! ずっと一緒にいて」
「ーー本気で離さないぞ」
ご主人はそう言うと、僕をベッドに押し倒した。
お茶がこぼれたけど、もう冷めていたから熱くはなくて、転んと音を立ててお茶碗が落ちた。
「今、どんな気分だ?」
「お胸がすごく痛いんだ。僕、病気なのかな?」
「違う。それがーー恋してるってことなんだろ」
「恋?」
「お前さ、旅をしていて、俺のことを思い出したか?」
「毎日思い出してたよ」
「俺とキスしたいと思ったか?」
「うん! ご主人がチュってしてくれるのが、僕は大好きなんだ」
「ご主人じゃなくて、"俺"」
「ーー多分。僕は、大学生のご主人のことも好きだけど、ずっと強いご主人様に追いつきたいって思ってたから……ジェフにチュってされるの、好きなのかな」
「そういうのを恋っていうんだよ。俺に会いたかったか?」
「勿論! だから強くなったんだ!」
僕がそう言うと、苦笑してから、ご主人が僕にキスをしてくれた。
触れ合うだけのキスだったのに、他の誰かにされたときのどれともちがって、頬が真っ赤になった。頬っぺたが熱くなったんだ。
「そんな顔で見るなよ」
「もっともっとご主人のことを見てたい」
「これからはご主人って言うの禁止な。ジェフだから、俺は」
「ジェフ……!」
「これからは、俺以外の誰にもこういうことさせるなよ。もちろん、体を触られるのもダメだ。その分、俺がしてやるから」
「うん!」
僕はご主人ーージェフがそうしてくれるんなら、それだけでよかった。
この日、たぶん僕は恋を知ったんだ。
だって声を聞いているだけでも、ドキドキするし、胸が騒ぐんだから。